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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ III 記録を喰らう獣

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第53話 戦歴捕食

 大型測定晶は、その日のうちに完全停止になった。


 継ぎ獣と接触した部分だけじゃない。内部に保存されていた記録そのものが、ところどころ抜け落ちているらしい。


 特に被害が大きかったのは、俺とベル、クロに関わる領域だった。


「ここです」


 翌朝。


 俺たちは再び調査室へ集められていた。


 机の中央には、大型測定晶から回収された記録板が置かれている。セイルの隣には、測定晶の管理を担当していた職員も座っていた。


 フィアは俺の向かい。


 トワは俺の椅子の横で丸くなっている。


「欠損した情報を、残っている管理記録と照らし合わせました」


 職員が数枚の紙を広げる。


「完全ではありません。ただ、何が失われたのかはある程度絞れています」


「俺のレベルとか?」


「現在のレベル情報そのものは残っています」


「じゃあ何が?」


「戦闘に関するものです」


 職員が指を滑らせる。


「使用武器。攻撃時の距離。防御時の反応。負傷した際にどちらへ退く傾向があるか。魔物と戦った際の行動記録」


 聞き覚えのあるものばかりだった。


 継ぎ獣が先回りしてきた理由に、そのまま繋がる。


「フィアさんと戦った時に見せた短剣への対応も、これで説明できますね」


 セイルが言う。


「昔の短剣使いの記録?」


「おそらく。ただし、それだけではありません」


 セイルは別の記録板を俺たちへ向けた。


「地下で回収された晶石の損傷と、継ぎ獣の身体変化を比較しました」


「身体?」


「はい」


 書かれている内容を見ても、俺には半分くらいしか分からない。


 セイルが説明を続ける。


「盾を使う戦士の記録が集中していた場所を荒らしたあと、肩の外側に硬い甲殻が発達しています」


「弓は?」


 フィアが聞く。


「射撃への回避記録が多かった晶石の損傷後、後脚と胴の形が変わっています。急に横へ動くための変化だと考えれば、辻褄は合います」


「じゃあ」


 俺は前に見た継ぎ獣を思い出す。


 左右で太さの違う脚。


 肩に増えた硬い板。


 背中の棘。


「動きを覚えるだけじゃない?」


「そう考えています」


 セイルが頷いた。


「食べた戦闘記録に合わせて、自分の身体まで変えている」


 部屋が静かになる。


 ただの真似じゃない。


 だから、あれほど変な姿になっていったのか。


「でも、それって」


 フィアが眉を寄せた。


「晶石を食べたら、どうして記録まで分かるの?」


「分かりません」


 セイルはあっさり答えた。


「そこを想像だけで埋めるのは危険です。ただ、結果だけなら確認できます」


 継ぎ獣は記録を食う。


 食ったものを使う。


 必要なら身体まで変える。


「名前、付けた方がいいですね」


 職員が言った。


「継ぎ獣じゃなくて?」


「それは個体への仮称でしょう。現象の方です」


「ああ」


 確かに。


 これから報告を残すなら、毎回長く説明するわけにもいかない。


 職員が一度セイルを見る。


「候補はありますか?」


 セイルは少し考えてから、机の記録板へ目を落とした。


「食べているのが戦闘記録に偏っているなら……《戦歴捕食》」


「戦歴捕食?」


「仮称です」


 セイルが付け加える。


「戦った記録を取り込み、その履歴を自分へ反映させる。今確認できている現象には合っています」


 俺は小さく繰り返す。


「戦歴捕食」


 継ぎ獣。


 そして戦歴捕食。


 名前がついたからといって、分かったことが急に増えるわけじゃない。


 でも。


 今までの出来事が、1本に繋がった気はした。


「未来が見えてるわけじゃないんだよな?」


 確認すると、セイルは頷く。


「その可能性はかなり低いと思います」


「かなり?」


「絶対とは言いません」


「研究者ってそういう言い方するよね」


 フィアが言う。


「断言して外すよりいいでしょう」


「それはそう」


 セイルが俺へ向き直る。


「ただ、ルカ君たちの話を聞く限り、未来予知では説明しづらい部分があります」


「棚を倒した時?」


「はい。晶石の欠片を蹴った時もそうです」


 フィアも頷く。


「知らない動きには遅れてた」


「さらに、先ほど確認した欠損領域には、行動の結果ではなく過去の戦闘履歴が保存されています」


 セイルが記録板を軽く叩く。


「過去から次の行動を予測している。そう考えた方が自然です」


 俺は椅子へ深く座った。


 昨日より少しだけ楽になった。


 全部知られているわけじゃない。


 これからすることまで見えているわけでもない。


「だったら、練習したことは無駄じゃない」


「そうですね」


 フィアが言う。


「でも、1回見せたら?」


「覚えられる」


 そこが一番面倒だ。


 新しいことをすれば通る。


 でも。


 通った瞬間、それはもう新しくなくなる。


「同じ手は2回使えないと思った方がいい?」


「そこまで極端ではないと思います」


 セイルが首を振る。


「1度見ただけですべて完全に対応できるなら、フィアさんの短剣を受けた直後から一切隙がなくなるはずです」


「少し時間はあった」


「はい。つまり、観察してから適応するまでには差がある」


「その差を使う?」


「それが1つ」


 1つ。


「他にも?」


「身体を変えるなら、何にでも同時に対応できるとは限りません」


 セイルは継ぎ獣の簡単な図を紙へ描いた。


「速く動くための形と、重い攻撃を受け止めるための形。両方を完全に成立させるのは難しいはずです」


「片方を強くしたら、片方が弱くなる?」


「可能性はあります」


 フィアが少し身を乗り出した。


「じゃあ、こっちが役割を変え続けたら」


「相手も変わり続けることになる」


 俺が言う。


 セイルが頷く。


「少なくとも、一方的に完成された対策を押しつけられるよりは可能性があります」


 なるほど。


 読ませない。


 だけじゃない。


 読んだ後に、何を選ばせるか。


 そこまで使えるかもしれない。


『小僧』


 ベルの声。


「何?」


『難しい顔すんな。要するに、あいつが俺様を避ける形になったら、別の奴が殴りゃいいんだろ』


「かなり雑だけど」


『分かりやすいだろ』


「まあ」


 フィアが俺を見る。


「ベル?」


「俺を対策したら他で攻めろって」


「珍しく分かりやすい」


『珍しくとは何だ!』


 俺は笑いそうになった。


 少しだけ。


 重かった空気が抜ける。


 でも。


 次の問題がある。


「ベル」


『ん?』


「この前、俺とフィアが離れた時さ」


『ああ』


「どっちかしか守れないよな」


 ベルの人型が黙る。


 俺の隣。


 半透明の大男が腕を組んだまま、少しだけ眉を寄せた。


『今はな』


「今は?」


『……知らん』


「知らないのかよ」


『うるせえ。なんか引っかかるんだよ』


「何が?」


『お前以外を守ろうとすると』


 ベルが胸の辺りを叩く。


 もちろん、その手は半透明の身体をすり抜けるだけだ。


『奥で何か動く』


 俺はベルを見る。


「前から?」


『最近だ』


「フィアを?」


『別にあいつだけじゃねえ』


 ベルが少し不機嫌そうに言う。


『誰かが俺様の後ろにいる時だ。小僧だけじゃなく、まとめて守れたらって思うと……なんつうか』


 言葉を探している。


『熱い』


「熱い?」


『分からん!』


 投げた。


「そこはもう少し頑張れよ」


『分からねえもんは分からねえ!』


 でも。


 何もないわけじゃない。


 それだけは分かった。


 ベルの力が変わりかけている。


 ただ。


「無理にやるなよ」


『あ?』


「今できないなら、それでいい」


『でもよ』


「試すために誰かを危険にするのは違うだろ」


 ベルはしばらく黙っていた。


『……まあな』


「必要になったら、その時考えよう」


『お前、最近そればっかだな』


「便利なんだよ」


 フィアが首を傾げる。


「何の話?」


「ベルが、俺以外もまとめて守れそうな気がするって」


「できるの?」


「本人も分からない」


「そっか」


 フィアはそれ以上聞かなかった。


「じゃあ、当てにしない」


『潔いな!?』


「できたら助かる。でも、できる前提では動かない」


「うん」


 それでいい。


 まだ使えないものを作戦に入れたら、それこそ前と同じだ。


 俺は今度はクロを見る。


「クロ」


『うん』


「継ぎ獣と戦う時、自分で選べる?」


『何を?』


「どこを斬るか」


 クロが少し考える。


『昨日みたいに?』


「そう」


『選ぶ』


「俺が違うと思っても?」


 少し間。


『言って』


「止めてほしい?」


『違う』


 クロは首を振った。


『ルカが見えたこと、言って。私が見えたことも言う』


「そこから決める?」


『うん』


 前とは違う。


 俺が答えを渡して、クロが従うんじゃない。


 クロが答えを出して、俺が従うだけでもない。


 互いに見えたものを出す。


 その時に選ぶ。


「分かった」


『うん』


 フィアが腕を組む。


「じゃあ、次に戦うなら」


「俺が前とは限らない」


「私が後ろとも限らない」


「ベルは守る以外にも使う」


『もっと格好いい言い方にしろ』


「クロは狙う場所を自分で決める」


『うん』


「それと」


 俺は少し考える。


「同じ動きが通ったからって、もう1回やらない」


 フィアが頷いた。


「その場で変える」


「うん」


 まだ雑だ。


 作戦と呼べるほど形もない。


 でも。


 前みたいに、俺が全部を並べるよりいい。


「問題は」


 フィアが言う。


「次に継ぎ獣がどこへ行くか」


 そこだった。


 今は大型測定晶のある区画を封鎖している。


 でも、あの隔壁がいつまで持つか分からない。


「俺たちの記録を食べた理由も分からない」


「測定晶そのものを狙った理由も」


 セイルが続ける。


「単純に強くなるためなら、他の戦闘記録でもいいはずです」


 確かに。


 俺の記録が一番大きく削られていた。


 ベル。


 クロ。


 そして最後には《対象照合》という見たこともない文字。


「俺たちを探してる?」


「可能性はあります」


「誰が?」


 セイルは答えない。


 答えられない。


『見られてる』


 クロが言った。


「継ぎ獣に?」


『違う』


 短い返事。


 俺はクロを見る。


「じゃあ、何に?」


 クロは目を閉じた。


『分からない』


 少しして。


『でも』


「うん」


『あれだけじゃない』


 背中に冷たいものが走った。


 継ぎ獣の向こう側。


 測定晶の白い線。


 消えた記録。


 《対象照合》。


 まだ、全部は繋がらない。


 ただ。


 戦う相手が、目の前の1体だけじゃない気がした。

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