第50話 正解を捨てる
負けた理由を考える。
それ自体は、いつもやってきたことだった。
何が悪かったのか。どこで判断を間違えたのか。次に同じ相手と戦うなら、どう直せばいいのか。
灰牙狼の時もそうだったし、12人を連れて帰る時だって、目の前にあるものを1つずつ整理してきた。
だから今回も、そのつもりだった。
「右から来るなら、最初から左へ誘導する。フィアの射線も変えて、クロは」
「ルカ」
フィアに止められた。
ギルドの調査室。
机の上には地下区画の簡単な見取り図と、残っている記録板が広げられている。
セイルは少し離れたところで晶石の欠片を調べていた。トワは机の下で丸くなり、尻尾の青白い光だけが時々揺れている。
「何?」
「また全部組み立てようとしてる」
「対策は必要だろ」
「必要。でも、そこまで細かく決めたら、また同じじゃない?」
俺は口を閉じた。
「次に同じことをされたら変えればいい」
「その変え方まで読まれたら?」
「……また変える」
「ずっと?」
答えが止まる。
フィアは責めている感じではなかった。ただ、本当にそれで追いつけるのかと聞いている。
「じゃあ、どうするんだよ」
「最初から全部固めない」
フィアが地図の中央を指した。
「例えば?」
「継ぎ獣を止める。職員を巻き込まない。危なくなったら帰る。まずはそれでいいと思う」
「それだけ?」
「そこから先は、見てから変える」
思わず地図を見る。
最初に誰が動く。
どこでベルを構える。
フィアがどの位置から矢を撃つ。
クロをどの間合いで使う。
そこまで考えて初めて作戦になると思っていた。
「雑すぎない?」
「ルカならそう言うと思った」
「だって本当に雑だろ」
「じゃあ、細かく考えて勝てた?」
痛いところを突かれた。
「……勝てなかった」
「でしょ」
フィアが椅子の背にもたれる。
「私たち、危なくなったらいつもの形に戻ってた。ルカが前、私が後ろ。ベルが守って、クロで斬る」
「それが一番戦いやすいからな」
「だから一番知られてた」
「うん」
そこは認めるしかない。
継ぎ獣は俺たちの戦い方を知っていた。それも、たぶん俺たち自身より細かく。
盾を出す角度。踏み込む足。剣を振る前の構え。フィアが矢を放つ直前の動き。
「でも、何も合わせないで戦うわけにもいかないだろ」
「そこまでは言ってない」
フィアが少し呆れた顔をする。
「目的は合わせる。でも、誰がどうやるかまで最初から固めなくていいってこと」
「本当にそんなので連携できる?」
「灰牙狼を倒した時、最後まで全部予定通りだった?」
「それは……」
思い出す。
短槍を壁の亀裂へ固定した。
ベルで受ける。
飛び越えさせる。
そこまでは考えた。
でも、全部が思った通りだったわけじゃない。
「12人を連れて帰った時は?」
「途中で変えた」
「何回?」
「何回か」
「じゃあ、途中で変わること自体は珍しくないでしょ」
言われてみれば当たり前のことだった。
なのに、すぐには飲み込めない。
俺は今まで、考えることで生き残ってきた。
強くなれなかった頃からそうだ。
速さで勝てない。
力でも勝てない。
だったら相手を見て、地形を見て、少しでも勝てる形を作る。
そのやり方を間違いだと思ったことはない。
今だって間違いじゃないと思う。
ただ。
継ぎ獣は、その形まで覚える。
「……作戦を作ることが悪いんじゃないんだよな」
呟くと、セイルがこちらを見た。
「そうでしょうね」
「セイルもそう思う?」
「はい。問題は、相手が過去の行動を材料にしていることです」
セイルは晶石の欠片を置き、こちらへ来た。
「それと、1つ確認しておきたいことがあります。相手は本当に未来を見ているのでしょうか」
「違うと思う」
答えたのは俺だった。
「晶石の破片を蹴った時は止まった。棚を倒した時も」
「知らない動きには遅れてた」
フィアも頷く。
「なら、未来予知ではないと考えた方が自然ですね」
セイルが机の記録板を見る。
「蓄積された情報と、目の前の動きから次を予測している。少なくとも今ある材料だけなら、そう見えます」
「全部分かってるように見えたけどな」
「分かっているというより、当てるための材料が多すぎるのかもしれません」
その言い方なら納得できる。
俺の戦闘記録。
フィアの動きに近い古い弓や短剣の記録。
盾。
剣。
負傷した時の反応まで食べている可能性がある。
それだけ材料があれば、次にどう動くかを当てやすくなる。
「じゃあ、でたらめに動く?」
俺が言うと、フィアがすぐ首を振った。
「それは違う」
「違う?」
「適当に動いたら、私たちの方が危ない」
確かに。
予測されたくないからといって、全員が好き勝手に走り回ればいいわけじゃない。
それは連携を捨てるのと同じだ。
「じゃあ、何を変える?」
「役割」
フィアが答えた。
「役割?」
「ルカがいつも前にいる必要はないし、私がずっと後ろから撃つ必要もない。ベルも守るだけじゃなくて、道を塞ぐことに使える」
『俺様を壁扱いか!』
「今、ベル?」
「うん。文句言ってる」
「いつものことだね」
『聞こえてるぞ!』
俺は少し笑った。
「クロは?」
『何が?』
「いつも俺がどう斬るか決めてるだろ」
『うん』
「次は、クロが動きたい方に俺が合わせてみる?」
少し沈黙があった。
クロがこちらを見る。
『私が?』
「嫌ならいい」
『……やる』
即答ではなかった。
でも、拒まなかった。
「じゃあ、クロが行きたいところに俺が合わせる」
『難しい』
「俺もそう思う」
『でも、やる』
「うん」
フィアが俺たちのやり取りを見ている。
「クロ、やるって?」
「自分で動きを選ぶって」
「それでいいと思う」
俺は机の上の地図へ目を戻した。
考えることをやめるわけじゃない。
作戦をなくすわけでもない。
必要なことは共有する。
危険なら止める。
目的も決める。
でも、その目的へ向かう道を1つに固定しない。
「正解を1つにしない、か」
俺が言う。
フィアが頷いた。
「たぶん、そんな感じ」
俺はずっと、勝つための形を探してきた。
どうすれば全員が無事に帰れるか。
どうすれば今の力で格上を倒せるか。
どうすれば失敗しないか。
そのたびに、一番いい答えを探してきた。
でも今回は、その答えを握りしめるほど継ぎ獣に追いつかれる。
「じゃあ」
俺は地図を畳んだ。
「次は、余白を残して動く」
フィアが少し驚いた顔をする。
「本当に?」
「その顔やめろよ」
「ルカが言うと思わなかった」
「俺も思わなかった」
完全に何も考えないわけじゃない。
「目的だけ合わせる。必要なことだけ共有する。あとは、状況を見て変える」
「うん」
「フィアも、俺が言うまで待たなくていい」
「最初から待ってないけど」
「……そうだった」
「でも、分かった」
「ベルも」
『俺様?』
「俺だけ守ればいいって考えなくていい」
『おい、それは』
「まだ分からない。必要になったら、その時考えよう」
ベルは何か言いかけて、黙った。
「クロも、自分で選んでいい」
『うん』
「俺も、全部抱え込まない」
口にすると、それが一番難しく思えた。
フィアが立ち上がる。
「じゃあ練習しよう」
「今?」
「今」
「何を?」
「普段と違う動き」
「急に雑になったな」
「分かりやすいでしょ」
「まあ」
フィアはもう部屋を出る準備をしていた。
セイルが少し笑う。
「面白い練習になりそうですね」
「見るだけ?」
「治療役が必要になったら呼んでください」
「怪我する前提なの?」
「ルカ君ですから」
「どういう意味だよ」
トワが机の下から顔を出した。
「キュイ」
俺は小さく息を吐いて、立ち上がった。
継ぎ獣は、俺たちが今まで選んできた動きを知っている。
なら、そこから少し外れてみる。
誰が前に出るか。
誰が守るか。
誰が先に動くか。
それを、その場で変えていく。
うまくできるかは分からない。
でも。
過去を知られているからって。
次まで同じにする必要はない。




