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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ III 記録を喰らう獣

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第49話 全部、知っている

 継ぎ獣が俺の戦闘記録を食べている。


 それが分かった以上、もう一度地下へ入るなら準備が必要だった。


 ギルドは古い区画への立ち入りを止め、残っている記録晶を別の場所へ移し始めた。俺たちも勝手に動くつもりはなかったけれど、問題は継ぎ獣の方が待ってくれなかったことだ。


 報せが来たのは、その日の夕方だった。


「地下の封鎖が破られました」


 調査員の言葉に、俺とフィアは同時に立ち上がった。


「継ぎ獣は?」


「古い記録区画にいます。職員は退避させていますが、移送前の晶石がまだ残っています」


「人は?」


「確認できている範囲では全員無事です」


 それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。


「セイルは?」


「上で負傷者が出た場合に備えて待機しています」


 その方がいい。


 継ぎ獣の動きを調べるために、全員で地下へ入る必要はない。


 俺はベルを背負い直し、クロの柄に手を置いた。


「行こう」


「うん」


 フィアも弓を確認する。


 足元ではトワがこちらを見上げていた。


「トワは残れ」


「キュイ」


「今回は本当に残るんだぞ」


「キュイ」


「分かってる?」


 たぶん分かっていない。


 でも、さすがに今回は連れていけない。フィアが近くの職員へ預けると、トワは少し不満そうに鳴いた。


「戻ってくるから」


「クルル……」


 青白い尻尾が揺れる。


 俺たちは調査員2人と一緒に地下へ向かった。


 石板を開けた瞬間、冷たい空気と一緒に、硬いものを噛み砕く音が聞こえてきた。


 ガリ。


 ガリ。


 前より近い。


「また食べてる」


 フィアが小声で言う。


「たぶん」


 俺はベルへ手をかける。


『小僧』


「分かってる」


『いつも通りにやるなよ』


「……分かってるって」


 答えながら、自分でも少し引っかかった。


 いつも通りにやるな。


 簡単に言うけれど、それができるなら苦労しない。


 俺がベルを前に出す。


 フィアが後ろから射る。


 隙ができたらクロで斬る。


 今まで何度も助けられてきた形だ。


 それを捨てる。


 頭では分かっていても、身体がどう動くかは別だった。


 階段を下りる。


 通路の奥に、黒い影が見えた。


 大きくなっている。


 犬ほどだった身体が、もうそれより一回り大きい。片方だけ厚くなった肩、細長い脚、背中から突き出した硬い棘。噛み合わせの悪い部品を無理に1つへまとめたような姿だった。


 足元には、砕かれた晶石。


「継ぎ獣」


 俺が呼んでも、反応はない。


 ただ顔だけがゆっくりこちらへ向く。


 そして。


 俺を見る。


 ベルを見る。


 クロを見る。


 最後にフィア。


 背中が冷えた。


「やっぱり見てる」


「うん」


 フィアが弓へ手をかける。


「どうする?」


「まず俺が前に出る」


「いつも通りじゃない?」


「……そうだな」


 言われて止まった。


 もう始まってる。


 何を選んでも、今までの癖がついて回る。


「じゃあ、フィアが先に」


「弓?」


「いや……」


 考えている間に。


 継ぎ獣が動いた。


「来る!」


 反射的にベルを前へ出した。


 その瞬間。


 継ぎ獣が横へ跳ぶ。


「しまっ」


 右。


 また右だ。


 ベルを回す。


 そこへ来る。


 分かっている。


 だから今度は左へ。


 俺は途中で動きを変えた。


 でも。


 継ぎ獣はもう左側にいた。


「っ!」


 前脚が振られる。


 ベルを戻す。


 間に合わない。


 肩へ鈍い衝撃が入った。


「ルカ!」


「大丈夫!」


 痛い。


 でも動く。


 フィアの矢が飛ぶ。


 継ぎ獣は振り向きもしなかった。


 身体を沈める。


 矢が頭上を抜ける。


「次!」


 2本目。


 避ける。


 3本目。


 それも。


「全部……」


 フィアの顔が歪む。


「撃つ前に分かってる」


「分かってたことだろ!」


「前より早い!」


 その言葉に嫌な予感がした。


 俺の記録だけじゃない。


 フィアの弓。


 短剣。


 地下に残っていた古い戦闘記録。


 食べた数だけ、増えている。


「クロ!」


『うん』


 黒剣を抜く。


 斬る。


 避けられる。


 切り返す。


 もうそこにいない。


 踏み込む。


 その前に距離を取られる。


「くそっ」


 何も届かない。


 継ぎ獣は速い。


 でも、速さだけじゃない。


 俺がクロをどう使うかを知っている。


 どこまで届くか。


 どの角度から振るか。


 踏み込む時にどちらの足へ力を入れるか。


 全部。


「ルカ、下がって!」


 フィアの声。


 俺が下がる。


 そこへ矢。


 継ぎ獣が避ける。


 分かっていたように。


 そして、そのままフィアへ走った。


「フィア!」


 俺は追う。


 それも知っていた。


 継ぎ獣が急に方向を変えた。


 俺の方へ。


「なっ!」


 追っていた分、止まれない。


 ベルを上げる。


 前脚がベルの下を抜ける。


 脚を払われた。


 床が近づく。


「ぐっ!」


 肩から落ちる。


『小僧!』


「平気!」


 立ち上がろうとする。


 その時には、継ぎ獣はもうフィアへ向いていた。


 フィアが弓を捨てる。


 短剣。


「それも知ってる!」


「分かってる!」


 フィアは踏み込まない。


 待つ。


 継ぎ獣も止まる。


 ほんの少しだけ、間ができた。


「今なら」


 俺が立つ。


 ベルを構え直す。


 継ぎ獣の視線が俺へ移った。


 また。


 俺が前。


 フィアが横。


 いつもの形。


「ダメ」


 フィアが呟いた。


「何が?」


「私たち、戻ってる」


 言われて気づいた。


 結局。


 危なくなればなるほど、いつもの形へ戻っている。


 俺が前。


 フィアが後ろ。


 ベルで守って。


 クロで斬る。


 それが一番慣れているから。


 それが一番安心できるから。


 そして。


 継ぎ獣が一番よく知っている形だから。


『来るぞ!』


 ベルが叫ぶ。


 今度は正面。


 俺はベルを構える。


 継ぎ獣が突っ込む。


 受ける。


 衝撃。


 重い。


「っ!」


 押し負ける。


 身体が下がる。


 そこへ継ぎ獣の前脚がベルの縁へ掛かった。


 引かれる。


「ベル!」


『離すな!』


「分かってる!」


 踏ん張る。


 でも継ぎ獣はベルを奪おうとしているわけじゃなかった。


 一瞬だけ引いて。


 俺が力を入れた瞬間。


 押す。


「うわっ!」


 完全に逆を取られた。


 背中から床へ倒れる。


 息が抜けた。


 クロを握った手が緩む。


 黒剣が床を滑った。


『ルカ!』


 クロの声。


 継ぎ獣が俺へ飛びかかる。


「ルカ!」


 フィアの矢が飛ぶ。


 継ぎ獣は見ない。


 それでも避ける。


 矢が壁へ刺さった。


 爪が近づく。


 ベルを上げる。


 ぎりぎり。


 金属が鳴った。


 衝撃で腕が痺れる。


『小僧、こいつ……』


「分かってる!」


『違う!』


 ベルの声が低くなった。


『俺様らの動きだけじゃねえ』


「何?」


『次にお前が何するかまで、分かってるみてえだ』


 嫌な言い方だった。


 未来が見えている。


 そんなはずはない。


 そう思いたい。


 でも。


 ベルを出せば回り込まれる。


 クロを振れば、その前に避けられる。


 フィアが矢を撃てば射線から消える。


 助けに行けば、その行動まで利用される。


「全部……」


 口から出た。


「全部、知ってるのかよ」


 継ぎ獣は答えない。


 ただ俺を見ている。


 白い線が、胸の奥で一瞬だけ光った。


「ルカ!」


 フィアの声で我に返る。


「撤退するよ!」


 返事が遅れた。


「でも」


「無理!」


 はっきり言われた。


「あれに今のまま続けても、何も増えない!」


 俺はクロを見る。


 ベルを見る。


 継ぎ獣を見る。


 倒せない。


 それを認めるのは、まだ少し悔しい。


 でも。


 フィアは正しい。


「……分かった」


 言葉にすると、少しだけ頭が冷えた。


「撤退する」


 俺が言うと、フィアが頷いた。


「道は?」


「来た方へ」


「普通に戻ったら追われる」


「分かってる」


 周囲を見る。


 古い棚。


 崩れた木箱。


 床に散らばった晶石の破片。


 前に使った布みたいに、何か。


 継ぎ獣が動く。


 考える時間はない。


 俺は足元の晶石片を蹴った。


 狙っていない。


 ただ蹴った。


 破片が床を滑り、棚の脚へ当たる。


 カン。


 継ぎ獣の顔がそちらへ動いた。


「え?」


 自分でも驚いた。


 ほんの一瞬。


 でも、止まった。


「今!」


 フィアが走る。


 俺も続く。


 継ぎ獣が追ってくる。


 後ろを見ずに、横の棚へ手を伸ばした。


「ルカ?」


「倒す!」


「棚を?」


「そう!」


 押す。


 古い棚が傾く。


 中に残っていた空の箱と晶石片が一斉に落ちた。


 ガラガラッ!


 大きな音。


 継ぎ獣が止まる。


 完全に。


 一瞬だけ。


「……通った」


 フィアが呟く。


「走れ!」


 その隙に通路へ出る。


 継ぎ獣もすぐ追ってきた。


 もう棚なんて使えない。


 同じことをすれば、次はたぶん読まれる。


 階段まで走る。


 後ろから爪の音。


 近い。


「右!」


 フィアが叫ぶ。


 俺は反射的に右へ行きかけた。


 止める。


「違う!」


 左へ。


 継ぎ獣が一瞬だけ右へ動いた。


「やっぱり!」


 フィアが先へ走る。


 俺も続く。


 知らない動きなら。


 決めていない動きなら。


 ほんの少しだけ。


 遅れる。


 階段を駆け上がる。


 上では調査員が待っていた。


「閉めます!」


「まだ!」


 俺とフィアが飛び込む。


「今!」


 石板が閉じる。


 直後。


 ドンッ!


 向こうから重い衝撃が来た。


 石板が揺れる。


「押さえて!」


 調査員たちが支える。


 俺もベルを当てた。


 もう一度。


 ドンッ!


 耐える。


 3回目。


 来ない。


 静かになった。


「……止まった?」


 誰かが言った。


 分からない。


 でも、すぐには追ってこない。


 俺はベルへ額を預けた。


 息が苦しい。


 腕も震えている。


「負けたな」


 自分で言った。


 誰も否定しなかった。


 フィアも壁へ背中を預け、荒い息を整えている。


「怪我は?」


「服の次は腕」


 見ると、左腕に浅い傷があった。


「ごめん」


「なんでルカが謝るの?」


「俺がもう少し」


「それやめて」


 遮られた。


「私も戦った。私も読まれた。ルカだけのせいじゃない」


「……うん」


 今度は、ちゃんと頷いた。


 しばらくして、クロが小さく言った。


『最後』


「何?」


『遅かった』


「何が?」


『棚』


 俺は顔を上げる。


『知らなかったから』


 その言葉が胸に残った。


 晶石の破片を蹴った。


 棚を倒した。


 どちらも作戦じゃなかった。


 その場でやっただけだ。


「知らないことには、遅れる」


 フィアが俺を見る。


「うん」


「でも、1回見たら覚える」


「たぶん」


 じゃあ、同じ即興を繰り返しても意味はない。


 今までの俺なら、そこから新しい作戦を考えただろう。


 動きを変える。


 順番を変える。


 囮を置く。


 もっと上手いやり方を探す。


 でも。


 その作戦だって、一度使えば記録になる。


 継ぎ獣に見られる。


 また覚えられる。


 なら。


「……俺たちが、知らない俺たちになればいいのか?」


 自分で言って、変な言葉だと思った。


 フィアもすぐには答えなかった。


 閉じた石板の向こうからは、もう音が聞こえない。


 それなのに。


 まだ見られているような気がした。

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