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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ III 記録を喰らう獣

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第48話 継ぎ獣

 フィアの肩口に傷はなかった。


 ギルドへ戻ってから念のため治療室で診てもらったけれど、裂けていたのは服だけだった。俺も打ち身が少しある程度で、ベルにもクロにも目立った損傷はない。


 問題があるとすれば、俺たちじゃなく地下の方だった。


「なるほど。想像していたより厄介そうですね」


 小さな丸眼鏡の奥で、セイルの目が細くなる。


 セイルはエルフの治癒術師で、古代遺物の研究もしている。前に黒い結晶を調べてもらった時、その正体を探るには隠したままでは無理だと判断して、人のいない部屋でベルとクロに意思があることを俺から話した。


 それ以来、フィアと同じく、2人の秘密を知る数少ない相手だ。ただし、ベルとクロの人型が見えているわけじゃないし、念話なら声も俺にしか聞こえない。


 地下から戻った俺たちは、調査用の小部屋へ移っていた。机の上には回収された晶石の欠片や古い記録札が並べられ、セイルはそれらを1つずつ確認している。


「怪我人が出なかったのは幸いでした」


「研究者なら、先にそっちじゃなく晶石を気にするかと思った」


 俺が言うと、セイルが眼鏡を押し上げた。


「僕を何だと思っているんですか」


「古い物を見ると周りが見えなくなる人」


「否定しづらいですね」


「否定してよ」


 フィアが呆れた顔をする。


 セイルは少し笑ったあと、すぐ机へ視線を戻した。


「ただ、今回はルカ君たちが戻ってきた判断で正解です。相手の性質が分からない段階で、狭い地下区画に留まり続ける理由はありません」


「そこはフィアと同じ意見だった」


「珍しく」


「フィアまでそれ言う?」


 俺が見ると、フィアは何も答えず椅子へ座った。


 前なら、もう少し粘っていたかもしれない。何か分かりそうなら、その場で確かめたくなる。倒せそうなら倒したくなる。


 でも、あの黒い個体は戦うほどこちらを知っていく。そんな相手に、分からないまま付き合う方が危ない。


「それで、何か分かりそう?」


 俺は机の晶石を見る。


「順番に整理しましょう」


 セイルが数枚の記録札を並べた。


「まず、地下で損傷していた晶石です。盾術、弓術、短剣、剣術。ここまでは聞いた通りですね」


「うん」


「さらに保管記録を調べてもらいました。削られた晶石に何が保存されていたのか、可能な範囲で確認しています」


 別の札が置かれる。


「槍術。対大型魔物の回避訓練。負傷時の動作記録。魔法を受けた際の防御反応」


 俺は眉を寄せた。


「やっぱり戦うための記録ばっかりだ」


「今のところは、そう見えます」


「戦闘以外は?」


 フィアが聞く。


「身長や体重だけを保存したもの、基礎魔力量、一般的な健康記録。そのあたりは被害がかなり少ないです」


「少ないだけ?」


「完全に無傷とは言い切れません。古い晶石ですから、元から欠けているものもあります」


 セイルはそこで言葉を切った。


「だから、戦闘記録だけを食べると決めつけるのは早い。ただ、偏りはあります」


 それなら、俺たちが見たものとも合う。盾の正面を避ける動き。矢を撃つ前に射線から外れる動き。フィアの短剣。どれも、地下に残っていた記録と繋がっていた。


「真似してるんじゃないの?」


 フィアが聞く。


「それが一番簡単な説明ではあります」


 セイルは俺を見る。


「実際に戦った時、相手は君たちの動きを見ていましたね?」


「見てた。新しい動きなら最初は少し遅れる。でも、1回見た後は反応が早くなった」


「それだけなら、観察して学習しているとも考えられます」


「でも、それじゃ最初から俺たちの癖を知ってた理由が分からない」


「はい」


 セイルが1枚の記録札を指で押さえた。


「そこが問題です」


 地下で最初に戦った時、黒い個体は俺がベルをどう動かすか知っているようだった。フィアが弓を構えた時も、矢が飛ぶより先に動いた。


 俺たちを直接見た回数だけでは説明しづらい。


「食べた記録に入ってた動きを使ってる?」


「可能性はあります」


「じゃあ、やっぱり真似じゃない?」


 フィアが言う。


『違う』


 クロの声がした。


 俺は反射的に口を閉じる。


「クロが何か言いましたか?」


 セイルが聞く。


「『違う』って」


「何が違うの?」


 フィアが俺を見る。


「クロ?」


『真似じゃない』


「じゃあ何?」


 少し間が空く。


 クロは机の晶石を見つめていた。


『……継いでる』


「前にも言ってたな」


『うん』


「何を継いでる?」


『動き』


 そこから先は出てこなかった。クロ自身も、うまく言葉にできないらしい。


 俺がそのまま伝えると、セイルはしばらく黙って考え込んだ。


「継ぐ、ですか」


「変?」


「いえ。むしろ興味深い言い方です」


 セイルは削られた複数の晶石を見る。


「1人の戦士をそのまま真似ているわけではない。盾を扱う者の動き、弓への対処、短剣の間合い。それぞれ別の記録から必要な部分だけを持ってきているとしたら」


「繋いでる?」


「そう見えるかもしれません」


 フィアが黒い個体の姿を思い出すように目を細めた。


「身体も変だった」


「どんなふうに?」


「右と左で形が違った。片方の脚だけ太くて、肩は硬そうで、背中には刃みたいなのがあった」


「最初に見た時は、もっと小さかった」


 俺も続ける。


「猫くらいだった。でも地下で見た時は犬くらいまで大きくなってた。足跡の幅も途中で変わってた」


 セイルの手が止まる。


「食べた記録によって、行動だけではなく身体まで変えている可能性がありますね」


「そんなことできるの?」


「普通の魔物なら、僕は知りません」


「普通じゃないなら?」


「それを調べているところです」


 あっさり返された。


 分からないものを無理に説明しないのは、フィアだけじゃないらしい。


 机の下で、トワが小さく鳴いた。


「キュイ」


 いつの間にかフィアの椅子の横まで来ている。ここへ連れてくるつもりはなかったけれど、ギルドの入口で離れようとせず、結局そのままついてきた。


「この子がトワですか」


 セイルがしゃがむ。


「触っても?」


「本人に聞いて」


「キュイ?」


「今のは許可?」


「知らない」


 セイルがそっと手を伸ばす。


 トワは匂いを嗅ぎ、すぐに1歩下がった。


「あ」


「拒否されたね」


「まだ何もしていませんよ」


「顔じゃない?」


「ルカ君」


 少し傷ついた声だった。


 トワはそのまま俺の横を通り過ぎ、ベルの裏へ隠れる。


『やはり俺様か!』


「たぶん盾の陰が落ち着くんだよ」


『認めろ。こいつには見る目がある』


 セイルが不思議そうにトワの顔を見る。


「ベルさんの方を見ていますね」


「分かる?」


「位置が正確すぎます」


 トワの視線は、大盾そのものより少し上に向いている。俺にはそこに、腕を組んだ半透明のベルが見えていた。


「クロも見えてるみたい」


「人ではないからでしょうか」


「分からない」


「そこも調査したいですね」


 セイルの目が少し輝く。


 トワがさらにベルの後ろへ隠れた。


「嫌われてる」


 フィアが言った。


「まだです。これからです」


「その言い方が怖いんじゃない?」


 俺もそう思う。


 少しだけ空気が緩んだところで、扉が叩かれた。


「失礼します」


 入ってきたのは地下の調査を担当していた職員だった。手には何枚かの記録板を抱えている。


「保管目録の照合が終わりました」


 セイルが立ち上がる。


「何か見つかりましたか?」


「はい。古い記録区画で被害を受けた晶石について、保存内容が分かるものをまとめました」


 机へ置かれた記録板は、かなりの数だった。俺たちも覗き込む。


 剣士。弓士。盾役。槍使い。魔法使い。


 職業も戦い方も違う。


「同じ人の記録じゃない」


 フィアが言う。


「はい。年代も違います」


 職員が1枚ずつ指す。


「これは約20年前。こちらはもっと古い。保存状態が悪く、正確な年代が分からないものもあります」


「なのに、あいつは全部食べてる」


「少なくとも損傷しています」


 俺は記録板を見た。


「共通してるのは、戦いの記録が多いことだけ?」


「もう1つあります」


 職員が別の束を出した。


「こちらは被害がほとんどなかったものです」


 健康記録。魔力量の基礎値。身体測定。登録時の一般情報。


 やっぱり違う。


「戦う時に使える情報を選んでる」


 俺が言う。


「その可能性が高くなりましたね」


 セイルが答える。


 俺は机の上を見ながら、何となく嫌なものを感じていた。


 別々の人間。


 別々の武器。


 別々の戦い方。


 それを食べ、身体の中へ持っていく。


「継ぎ獣」


 気づけば、口から出ていた。


「え?」


 フィアが見る。


「あいつ。いろんな人の戦い方を継いでるなら、そういう感じかなって」


「正式な名前?」


「いや。俺が今つけただけ」


「勝手につけたんだ」


「トワにもつけたじゃん」


「それとは違うでしょ」


「どこが?」


 セイルが少し考える。


「呼び名としては悪くないと思いますよ」


「ほら」


「正式名称が判明するまでの便宜上、ですが」


「……それでいい」


 何だか負けた気がする。


 フィアは小さく息を吐いた。


「じゃあ、継ぎ獣」


 言葉にしてみると、不思議なくらいあの黒い個体に合っていた。


 誰か1人を真似するわけじゃない。食べた記録から、必要なものを継いでいく。戦うほど、また新しいものを覚える。


 そう考えると、正面から何度もぶつかるのはやっぱりまずい。


「もう1つ、気になるものがあります」


 職員の声で顔を上げる。


「何ですか?」


「地下ではなく、こちらの保管記録です」


 新しい記録板が机に置かれる。


 今までのものとは違う。


 見覚えがある名前が書かれていた。


 俺の名前だ。


「……これ、俺?」


「はい」


「なんで?」


「大型測定晶から一時的に切り分けられた個人戦闘履歴です。測定晶の保守時に、重要な変化があった者について別媒体にも保存することがあります」


 胸の奥がざわつく。


「俺の何が入ってる?」


「残っている目録では、戦闘時の反応傾向、灰牙狼討伐後の測定結果、それ以前との変化。それから最近の救助活動に関する補助記録です」


 俺は記録板を見たまま動けなかった。


「それがどうしたの?」


 フィアが聞く。


 職員の表情が曇った。


「保管されていた棚を確認しました」


「まさか」


「はい。晶石の大半が損傷しています」


 部屋が静かになった。


「どれくらい?」


「保存されていたものの半分以上です」


 俺はすぐに答えられなかった。


 継ぎ獣が食べていたのは、昔の誰かの戦い方だけじゃない。


 俺の記録も。


「他の人の個人記録は?」


「確認中です。ただ」


 職員が一度言葉を切る。


「現時点では、ルカさんの保管棚が最も大きく損傷しています」


『……ルカ』


 クロが呼んだ。


「うん」


 何となく分かっていた。


 あいつが地下で俺を見ていた理由。


 ベルを。


 クロを。


 俺を。


 順番に確かめるように見ていた理由。


 まだ答えは出ていない。


 それでも、嫌な方向だけは見えてくる。


「偶然じゃなさそうだな」


 俺が言うと、誰も否定しなかった。


 机の下で、トワが低く鳴く。


「クルル……」


 俺の名前が書かれた記録板の端には、小さな黒い汚れが付いていた。

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