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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ III 記録を喰らう獣

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第45話 光る尻尾

 地下区画の調査は、一度止まることになった。


 黒い個体が逃げ込んだ亀裂の先は、古い管理通路と繋がっている可能性があるらしい。ただ、どこまで続いているのか分からないうえに、壁の向こうには使われていない設備区画も残っているという。


 さすがに、そのまま追いかけていい場所ではなかった。


 追加の調査員を集め、古い図面も確認する。


 それまでは待機。


「待機って、一番苦手なんだよな」


 ギルドを出ながら呟くと、フィアが隣で首を傾げた。


「そう?」


「何もできないから」


「何もしないのも仕事でしょ」


「それは分かってる」


「じゃあ待つ」


「簡単に言うなあ」


 フィアは気にした様子もなく歩いていく。


 俺もその横に並んだ。


 昼を少し過ぎた街は、人通りが多かった。ギルドの前を離れて市場へ近づくにつれ、焼いた肉や香辛料、それから焼きたてのパンの匂いが混ざってくる。


 腹が鳴った。


 フィアがこっちを見る。


「お腹空いた?」


「……聞こえた?」


「普通に」


『俺様にも聞こえたぞ!』


「ベルは黙ってろ」


「今のベル?」


「うん」


「なんて?」


「余計なこと」


「いつも通りだね」


 否定できない。


『聞こえてるぞ小娘ぁ!』


 もちろんフィアには聞こえていない。


 俺だけが少しうるさい。


 市場の入口で、俺たちは適当に昼飯を買うことにした。


 串焼き。


 丸いパン。


 干した果物。


 フィアは肉より果物を多めに選んでいた。


「それで足りる?」


「足りる」


「絶対あとで腹減るだろ」


「ルカが食べすぎ」


「今日はまだ何も食べてないんだって」


 銅貨を払おうとした、その時だった。


「こらっ!」


 少し離れた店から、大きな声が飛んだ。


 振り返る。


 果物を積んだ屋台の店主が、店先から飛び出してくる。


「またお前か!」


 何かが足元を走った。


「え?」


 灰色の影。


 小さい。


 俺たちの間を抜け、そのまま向かいの路地へ飛び込んでいく。


 口には何かくわえていた。


 たぶん、パンだ。


「泥棒?」


「人じゃない」


 フィアの耳が動く。


「小さい魔獣」


 店主が路地の入口まで来たところで立ち止まった。


「最近ずっとだよ。パンだの干し肉だの、ちょっと目を離すと持っていきやがる」


「危ないやつですか?」


 俺が聞く。


「知らん。今のところ噛まれた客はいないが……捕まえようとすると逃げるんだ」


 フィアが路地を覗く。


「追うの?」


「いや」


「珍しい」


「なんでだよ」


「さっき地下で追わなかったから」


「俺だって毎回なんでも追うわけじゃないぞ」


「そういうことにしておく」


 信用が薄い。


 俺たちは昼飯を受け取り、市場の端にある石段へ移動した。


 食べ始めてしばらくすると、フィアが俺の肩越しへ視線を向けた。


「いる」


「何が?」


「あれ」


 振り返る。


 路地の奥。


 木箱の陰から、何かがこっちを見ていた。


 さっきの小型魔獣だ。


 猫より少し細長い身体。


 淡い灰白色の毛。


 耳の先と4本の足だけが黒い。


 丸い琥珀色の目が、じっとこちらを見ている。


 そして一番目立つのは、身体と同じくらい大きな尻尾だった。


 その先が、淡く青白く光っている。


「……光ってるな」


「うん」


 魔獣は木箱の陰から顔だけ出し、俺たちの手元を見ていた。


 正確には。


 俺のパンを見ている。


「これが欲しいのか?」


「たぶん」


「やる?」


「近づかない方がいい」


 フィアはそう言った。


「警戒してる」


「じゃあ置くか」


 パンを少しちぎる。


 路地の入口から数歩入ったところに置いて、すぐに下がった。


 魔獣は動かない。


「遠い?」


「ルカが見てるからじゃない?」


「じゃあ見ない」


 俺は横を向いた。


「それも怪しい」


「どうしろっていうんだ」


 フィアが小さく笑う。


 しばらく待つ。


 カサッ。


 音がした。


 横目で見ると、灰白色の魔獣が少しだけ前へ出ている。


 また止まる。


 匂いを嗅ぐ。


 さらに1歩。


 逃げられる距離を残しながら、少しずつパンへ近づいていく。


「慎重だな」


「普通」


「俺より?」


「たぶん」


「そこまで?」


 やがて魔獣はパンの前まで来た。


 匂いを嗅いで。


 ぱくっ。


「食った」


「静かに」


 俺は声を落とした。


 魔獣はパンをくわえると、すぐには逃げなかった。


 その場で食べ始める。


 小さく前足で押さえながら、夢中で噛んでいる。


『なんだあれ』


 ベルが念話で言った。


「知らない」


『俺様には分かるぞ』


「本当か?」


『俺様に恐れをなして近づけないんだ』


「パン食ってるだけだろ」


 その時。


 魔獣が顔を上げた。


 俺ではない。


 少し上。


 俺の横。


 何もない空間を見ている。


「……ん?」


 そこにはベルの人型がいた。


 腕を組み、妙に偉そうに立っている半透明の大男。


 もちろん、フィアにも周囲の人にも見えていない。


 魔獣はベルを見ていた。


 はっきりと。


『……おい』


 ベルも気づいた。


 魔獣の顔が、ゆっくり動く。


 今度は反対側。


 黒髪の少女。


 クロの人型。


 クロも、じっと魔獣を見返している。


『見えてる』


「……だよな」


 思わず声が出た。


 フィアがこっちを見る。


「何が?」


「いや」


 俺は魔獣へ目を戻す。


 試しに1歩横へ動く。


 魔獣の目は俺を追わなかった。


 ベルを見ている。


 さらにベルが俺の反対側へ移る。


 魔獣の視線も動いた。


『おお!』


「騒ぐな」


『こいつ、俺様が見えてるぞ!』


『私も』


 クロが言う。


『見てる』


 確かに。


 魔獣はベルを見たあと、クロへ視線を移している。


 俺以外の人間には見えないはずの2人を。


「ルカ?」


 フィアの声が少し低くなった。


「何かある?」


 誤魔化しても仕方がない。


 フィアはベルとクロに意思があることまでは知っている。


「こいつ」


 小声で言う。


「ベルとクロを見てるかもしれない」


「……見えるの?」


「たぶん」


 フィアの表情が変わった。


 驚いてはいる。


 でも、すぐ魔獣へ近づこうとはしなかった。


「試す?」


「どうやって?」


「ベルに動いてもらう」


『任せろ!』


 ベルの人型が大きく横へ歩く。


 魔獣の顔も、そのままベルを追った。


「……見えてるな」


「みたいだね」


 ベルが胸を張る。


『どうだ! やはり俺様の偉大さは種族を越えて』


 魔獣は途中でベルから目を逸らし、またパンを食べ始めた。


『おい』


 俺は笑いそうになった。


「興味なくされたな」


『違う! 腹が減っているだけだ!』


『うるさい』


 クロが短く言う。


 魔獣が今度はクロを見る。


 ベルの時より、少し長い。


 クロも黙って見つめ返していた。


『……変なの』


「どっちが?」


『あれ』


「クロに言われてるぞ」


 魔獣は意味が分からないはずなのに、耳だけぴくりと動かした。


 食べ終わる。


 それでも逃げない。


「もう1個やる?」


「少しだけ」


 フィアが干し肉を小さくちぎった。


 俺ではなく、今度はフィアが地面へ置く。


 魔獣はしばらく警戒したあと、そちらにも近づいた。


 ぱくり。


「食いしん坊だな」


 今度は否定する者はいなかった。


 干し肉を食べ終えた魔獣は、少しだけ俺たちとの距離を縮めた。


 それでも手を伸ばせば逃げるくらいの距離は残している。


「名前あるのかな」


 俺が言う。


「野生なら、ないんじゃない?」


「ずっと『こいつ』もなあ」


「もう名前つけるの?」


「呼びにくいだろ」


「連れていくつもり?」


「いや、そういう意味じゃないけど」


 魔獣の尻尾が揺れる。


 先端の青白い光が、昼間でも薄く見えた。


 ゆっくり。


 途切れそうで、消えない。


「トワ」


「え?」


「なんとなく」


 自分でも、なぜその音が出たのか分からない。


「トワ」


 もう1度呼んでみる。


 魔獣が顔を上げた。


「反応した」


 フィアが言う。


「本当に?」


「たまたまかも」


「じゃあ、もう1回」


「トワ」


 今度はフィアが呼んだ。


 魔獣の耳が動く。


「……気に入った?」


「キュイ」


 初めて声を聞いた。


 小さく、高い鳴き声。


「返事した」


「たぶん」


「じゃあ決まりでいいか」


「本人が嫌なら逃げるでしょ」


「それもそうか」


 俺はもう1度呼んだ。


「トワ」


「キュイ」


 なんとなく。


 本当に、なんとなくだった。


 でも、その名前は不思議なくらい口に馴染んだ。


 昼飯を食べ終え、俺たちは市場を離れることにした。


「じゃあな、トワ」


 手を振る。


 トワは座ったままこちらを見ていた。


 ついてくる様子はない。


 そりゃそうだ。


 パンをやっただけの相手についてくるほど、警戒心がないわけでもないらしい。


「行こう」


「うん」


 ギルドへ戻る。


 数歩進んだところで。


 カサッ。


 後ろから音がした。


 振り返る。


 トワがいる。


「……来てる」


「来てるね」


 俺たちが歩く。


 トワも歩く。


 止まる。


 トワも止まる。


「ついてくるな」


「言って分かる?」


「トワ、戻れ」


「キュイ」


「分かってないな」


「むしろ返事だけしてる」


 結局、トワは一定の距離を保ったままギルドの近くまでついてきた。


 入口が見えてきたところで、突然その動きが止まる。


「どうした?」


 トワはギルドを見ていなかった。


 その下。


 地面を見ている。


 青白く光る尻尾の先が、さっきまでより少し強く明滅した。


「トワ?」


「クルル……」


 さっきまでとは違う声だった。


 低い。


 警戒している。


 フィアも気づく。


「何かいる?」


 耳を澄ませる。


「私は聞こえない」


 トワが地面の匂いを嗅ぐ。


 右へ数歩。


 止まる。


 また進む。


 向かう先は、ギルドの建物の横だった。


「そっちは……」


 俺も歩く。


 建物の裏手。


 普段ほとんど人が通らない場所へ回り込む。


 トワは壁沿いに進み、ある場所で足を止めた。


 石壁。


 何もない。


 でも。


「ここ、地下の保管室の近くじゃない?」


 フィアが言った。


 俺も位置を考える。


「たぶん」


 トワが前足で地面を掻く。


 カリ。


 カリ。


 鼻を近づける。


「クルル……」


 尻尾の光が揺れている。


『嫌がってるな』


 ベルが言う。


「何を?」


『知らん』


 クロがトワではなく、壁の奥を見た。


『……同じ』


「何が?」


『嫌な感じ』


 その言葉で、胸の奥が少し冷える。


「フィア」


「うん。呼んだ方がいい」


 勝手に掘らない。


 勝手に入らない。


 そこはもう、迷うところじゃなかった。


 俺たちはギルドへ戻り、調査担当を呼んだ。


 古い図面を持ってきた職員が、トワの止まった場所と建物の配置を見比べる。


「ここ……」


 指が止まる。


「何かありますか?」


「現行の図面にはありません。でも、古いものだと」


 別の紙を重ねる。


 ギルドの地下。


 今使われている保管室より、さらに奥。


 そこに小さな区画が描かれている。


「古い設備区画?」


「おそらく。かなり前に閉鎖された場所です」


「管理通路と繋がってる?」


「可能性はあります」


 職員が顔を上げる。


「ただ、入口は塞がれているはずです」


 俺たちはもう1度、建物の裏へ回った。


 調査担当が石壁と地面を確認する。


 しばらくして。


「ここだ」


 地面近くに積もっていた土を払う。


 古い石板の継ぎ目が現れた。


 完全に壁の一部だと思っていた。


 さらに端を調べる。


 黒いものが付いている。


「……これ」


 フィアがしゃがむ。


 触れずに見る。


「同じだね」


 薄い黒色の膜。


 地下で見つけたものとよく似ていた。


 トワが1歩下がる。


「クルル……」


 尻尾の光が、また強く揺れた。


 俺はトワを見る。


 さっきまでパンを盗んでいた小さな魔獣。


 ベルとクロを見ることができる。


 そして今。


 誰も気づかなかった地下の区画の上で、何かを嫌がっている。


「お前……何なんだ?」


 聞いてみる。


 トワは当然、答えない。


「キュイ」


 鳴いただけだった。


 そのまま俺の足元まで来る。


 そして。


 ベルの陰へ身体を隠した。


『おお!』


 ベルが嬉しそうな声を出す。


『見ろ小僧! やはり俺様が一番頼りになると』


 トワはベルの裏側から顔だけ出し、壁を警戒している。


「盾の裏が安全そうだっただけじゃないか?」


『違う!』


『たぶんそれ』


 クロが言う。


『クロォ!』


 少しだけ笑った。


 けれど、壁へ目を戻すと、その気分はすぐ消えた。


 封じられた古い設備区画。


 黒い膜。


 その下へ向かって、低く唸るトワ。


 地下で逃げた黒い個体が、どこへ向かったのか。


 ようやく、その先が見えてきた気がした。

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