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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ Ⅱ 重なる迷宮/12人の帰還

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第37話 フィアの道

 フィアの足が、壁の上に開いた細い隙間へ消えていった。


 昨日決めた通り、ここから先はフィア一人で確認する。あの隙間は俺では肩が通らず、護衛の男ならなおさら無理だ。まして、負傷者を連れて使える道ではない。


 だから俺たちは、追わない。


 決めていた時間まで、ここで待つ。


「こういうの、落ち着かないな」


 隣に立つ護衛が、隙間を見上げたまま言った。


「俺もです」


「お前でもそうなのか」


「むしろ俺だからじゃないですかね」


 自分で見られない場所で何かが進んでいると、どうしても気になる。今どこを歩いているのか、危険はないのか、本当に戻れる道を残しているのか。考え始めればいくらでも出てくる。


 それでも、今回は任せると決めた。


 迷宮の痕跡を読むことも、狭い道を進むことも、引き返す時を判断することも、俺よりフィアの方がずっと上手い。


『珍しく大人しく待ってんじゃねえか』


 ベルの声が頭に響く。


『今までなら、無理やりでも追いかける方法を探してた』


「そこまで無茶じゃないだろ」


『そうか?』


『怪しい』


 クロまで同意する。


「二人とも俺を何だと思ってるんだよ」


 思わず小声が漏れた。


「何か言ったか?」


 護衛がこっちを見る。


「いや、独り言です」


「お前、結構多いよな」


「最近よく言われます」


 これについては、そろそろ本気で気をつけた方がいいかもしれない。


     ◇


 待っている間、俺は昨日作った移動順の紙を確認していた。


 十二人を一度に動かすのではなく、自力で動ける人を先に通して向こう側の安全を確保する。その後、補助が必要な人を送り、最後までこちら側にも動ける人員を残す。


 順番そのものは決めた。


 問題は、それを実行できる道がまだないことだ。


 フィアが今調べている隙間は、その答えにはならない。仮に外まで続いていたとしても、通れるのはフィアくらいだ。


 それでも確認する価値はある。


 高い位置を通っているあの道からなら、これまで見えなかった場所を確認できるかもしれない。《岩喰い大百足》が向かっている方向と、昨日見つけた広い削り跡。その位置関係が分かれば、全員が通れる道を作る手がかりになる。


「時間、どれくらいだ?」


 護衛に聞かれて、俺は簡単な時間計を確認した。


「まだ大丈夫です」


「なら待つか」


「はい」


 言葉にすると簡単だった。


 待つ。


 ただそれだけなのに、自分で動くより難しい。


 俺は隙間から目を離し、壁際へ座った。


『信用してんのか』


 ベルが聞く。


「してるよ」


『心配はしてる』


「それとこれとは別だろ」


 フィアなら大丈夫だから何も考えない、じゃない。


 心配でも任せる。


 それが今の俺にできることだった。


     ◇


 決めていた時間より少し早く、上から小さな石が落ちてきた。


 俺と護衛が同時に顔を上げる。


 まず尻尾が見え、そのあとに足が現れた。フィアは後ろ向きのまま身体を滑らせ、最後のところだけ壁を蹴って床へ降りる。


「おかえり」


 考える前に言っていた。


 フィアは着地した姿勢のまま一度こっちを見て、それから軽く息を整えた。


「ただいま」


「怪我は?」


「ない」


「道は?」


 フィアはすぐには答えず、腰につけた地図を取り出した。


「かなり先まで行けた」


 床へ地図を広げ、これまで空白だった部分へ新しい線を足していく。最初の細い通路を抜けた先で二つに分かれ、片方は下へ、もう片方は上へ続いていたらしい。


「上を選んだ。風があったから」


「外へ抜ける風?」


「たぶん。奥へ行くほど強くなった」


 フィアの指が、地図のさらに外側へ伸びる。


「石も途中から変わった。最後に見えた場所は、ルーメン迷宮の普通の通路にかなり近い」


 俺は思わず地図から顔を上げた。


「見えたの?」


「照明石だけ。でも色と間隔は同じだった」


 それなら、かなり外に近い。


 もしかすると。


「そのまま進めば、帰れた?」


 フィアは少しだけ考えてから頷いた。


「たぶん」


 護衛が息を吐いた。


 前から、フィアだけなら出られる可能性はあった。でもそれはあくまで予想だった。


 今回は違う。


 本人が実際にそこまで行って、通常区域らしきものを見てきた。


「それで戻ったのか」


 護衛が聞く。


「うん」


「迷わなかった?」


 フィアは地図を見たまま、ほんの少しだけ間を置いた。


「少しは」


 その答えが、妙にフィアらしかった。


「外まで行けば、救援を呼べたかもしれない。でも一度抜けたあと、この道が残る保証がない。戻れなかったら、ここにいる人たちの道を読む人が一人減る」


 それだけ言って、フィアは新しく書いた線の先へ小さな印をつけた。


 前ならどうしたとか、一人の方が楽だとか、そういう話はしなかった。


 もう必要ないんだと思う。


 第31話で、フィア自身が決めていた。


 あれは自分の出口であって、救助の道じゃない。


 今回は、その言葉通りに行動して帰ってきた。それだけで十分だった。


「じゃあ、この道は使わない?」


 俺が聞く。


「十二人を通す道としては使えない」


「でも調べた意味はあった?」


「ある」


 フィアの指が、今度は自分が通った細い線の下へ移った。


「帰りに気づいた。ここ、下に空間がある」


     ◇


 フィアが見つけたのは、細い道そのものではなかった。


 その下だ。


 帰る途中、壁の隙間から風が抜けている場所があったらしい。フィアが位置を確認すると、ちょうど俺たちが昨日まで調べていた広い削り跡の近くに重なる。


「空間の大きさは?」


「見えない。でも風の抜け方からすると、細い隙間だけじゃないと思う」


「壁の石は?」


「脆い」


 その言葉で、俺も気づいた。


「大百足が選ぶ石に近い?」


「うん」


 地図を三枚並べる。


 フィアが通った高い道。


 十二人がいる現在地から続く広い通路。


 そして、《岩喰い大百足》が最近移動している範囲。


 それぞれ別々に見れば、繋がっているようには思えない。


 でも重ねると、かなり近い。


「ここを削らせたら」


 俺は大百足の進路から、フィアが見つけた空間まで指を滑らせた。


「広い方と繋がる可能性がある」


「あると思う」


「穴の幅も、大百足が通れるなら十分」


 フィアの細い道は、一人しか通れない。


 けれどその道を調べたことで、全員が通れるかもしれない別の場所が見つかった。


 俺は地図を見ながら、少しだけ笑った。


「結果的に、戻ってきたから見つかったんだな」


「帰り道で気づいたから」


「じゃあ戻って正解だった」


「まだ繋がってない」


「相変わらず厳しいな」


「繋がったら言って」


 でもフィアの声は、少しだけ柔らかかった。


     ◇


 俺たちは生存者たちが待つ場所へ戻り、すぐに情報を共有した。


「出口が見つかったのか?」


 誰かが聞く。


「まだです」


 フィアが先に答えた。


 こういうところは絶対に曖昧にしない。


「私だけなら通常区域まで出られる可能性が高い道は見つけた。でも狭すぎて、救助には使えない」


 期待しかけた顔が少し曇る。


 そこで俺が地図を広げた。


「ただ、その途中で別の空間が見つかった」


 フィアの道の下。


 広い削り跡。


 大百足の移動範囲。


 三つの位置を順番に示す。


「この壁を《岩喰い大百足》に削らせられれば、十二人が通れる幅の道ができるかもしれない」


「出口に繋がる?」


 救護担当の女性が聞く。


「可能性は高くなった。でもまだ確認はできてない」


「大百足をそこへ向かわせられるの?」


「そこが次の問題です」


 俺たちはこれまで、大百足が比較的脆い石を選んで削ることを確認している。完全に操れるわけじゃないけれど、進みやすい方向を作れば選択を偏らせられる可能性はある。


 ただし、失敗すれば別の壁を削る。


 その結果、今ある道まで動くかもしれない。


 やり直しが何度もできる作戦ではない。


「一度で成功させたいな」


 護衛が腕を組む。


「俺もそう思います」


「その割には難しそうだぞ」


「それも同じ意見です」


 困ったことに、反論するところがない。


     ◇


 大百足の進路をもう一度確認するため、俺とフィアは地図の上で過去の削り跡を追った。


「こっちへ来るなら、この分岐を通る」


 フィアが指したのは、目的の壁から少し離れた場所だった。


「問題はその先か」


「うん。二方向とも石が柔らかい」


 片方は目的の壁へ向かう。


 もう片方は、生存者たちがいる場所から離れていく。


 大百足がどちらを選ぶかは分からない。


「柔らかい方を選ぶなら、差を作ればいいんだよな」


「どうやって?」


「食べてほしくない方を、食べにくくする」


 フィアが俺を見る。


「石を硬くするの?」


「それは無理」


「じゃあ?」


 俺は周囲を見回した。


 この辺りには、以前の崩落で落ちた大きな石材がいくつも残っている。全部を動かすことはできないが、動ける人を集めれば、小さな分岐を狭くするくらいならできるかもしれない。


「壁そのものを変えなくても、入口を塞ぐことはできる」


 俺が言うと、フィアも石材を見る。


「完全に塞がなくていい?」


「むしろ完全に塞ぐのは怖い。大百足が無理やり壊したら何が動くか分からない」


「少し狭くして、もう片方を選びやすくする」


「そう」


 大百足を押すわけじゃない。


 挑発して追わせるわけでもない。


 あいつ自身が選ぶ条件を使う。


 フィアは少し考えたあと、地図の分岐に新しい印をつけた。


「試せる」


「よし」


 ようやく、救助作戦の形が見えてきた。


     ◇


 そこから先は、全員で準備した。


 動ける生存者には運べる大きさの石を集めてもらい、護衛が置く位置を調整する。崩れた時に逃げられるよう、通路を完全には塞がない。


 救護担当は、昨日決めた順番に合わせて負傷者の状態を確認していく。


「肩を借りれば歩ける人は、今のうちに少し水を飲んで」


「背負う人は?」


「護衛にお願いする。ただし、道が開くまでは体力を残して」


 それぞれが自分の役割を動かし始める。


 俺はベルを構えられる位置と退路を確認した。


『今回は壁になるのか?』


 ベルが聞く。


「できればならない」


『なんだと!』


「崩れた時だけ頼む」


『最初からそう言え! 俺様に任せろ!』


 勢いだけなら迷宮ごと支えそうな声だ。


 もちろん実際には無理だ。


 ベルが守れるのは、俺たちの周囲に限られる。大きな崩落が起きれば、受け止める場所と時間を選ばなければならない。


「クロは、大百足がこっちへ来た時だけ」


『分かった』


「倒さないからな」


『分かってる』


 短い返事だった。


 昨日までなら、効率だけ見れば倒す方が簡単だったかもしれない。


 でも今は、その選択肢はもうない。


     ◇


 準備が終わった頃、遠くから石を削る音が聞こえた。


 ごり、ごり、と重い音が、ゆっくり近づいてくる。


 全員の話し声が自然と止まった。


 フィアが壁へ近づき、耳を澄ませる。


「来てる」


「予定の方向?」


「今のところは」


 俺は地図と通路を見比べる。


 大百足がこのまま進めば、最初の分岐へ出る。


 そこからが本番だ。


「移動できる人は準備だけしておいてください。まだ動かないで」


 生存者たちが頷く。


 昨日決めた順番がある。


 一人目。


 二人目。


 そのあとに、向こう側で受け取れる人数を増やしてから負傷者。


 道が開いた瞬間から、迷っている暇はない。


「ルカ」


 フィアが呼ぶ。


「ん?」


「さっき見つけた道、本当に外へ繋がってたと思う」


 急に言われて、少し驚いた。


 フィアは大百足の音がする方を見たまま続ける。


「あと少し進めば、たぶん帰れた」


「そっか」


「うん」


 それだけだった。


 俺も、どうして戻ったのかは聞かなかった。


 聞く必要がない。


 フィアは自分で帰れる道を見つけて、それでもここへ戻ってきた。


 俺は戻ってくると信じて待った。


 それでいい。


「じゃあ今度は」


 俺は目的の壁を見る。


「十二人が通れる方を開こう」


 フィアが頷く。


「うん」


 石を削る音が一段と近くなる。


 あの細い道は、フィア一人を帰すことしかできなかった。


 でも、そこを調べたからこそ見つかった場所がある。


 全員で帰れるかもしれない道がある。


 俺たちは武器を握って、大百足が来る方向を見た。


 倒すためじゃない。


 道を開かせるために。

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