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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ Ⅱ 重なる迷宮/12人の帰還

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第34話 倒してはいけない

 《岩喰い大百足》を倒せるかもしれない。


 昨日までは、その考えが頭に浮かぶだけでも少し怖かった。灰牙狼よりはるかに大きく、硬い外殻に覆われた身体は、正面から戦えば俺たちなんて簡単に押し潰せそうに見える。


 それでも観察を続けたことで、勝ち筋らしきものは見え始めていた。


 ベルで頭部の勢いを止める。


 クロで外殻の継ぎ目を狙う。


 一度で倒せなくても、同じ場所へ何度か攻撃を重ねられれば可能性はある。


 そして、あいつが俺より格上なら。


 倒した時、またレベルが上がるかもしれない。


 考えないようにしても、その可能性は頭の隅に残っていた。


「今日は戦わないからね」


 フィアが地図を畳みながら言った。


「分かってる」


「昨日も似た顔してた」


「どんな顔?」


「倒せるか考えてる顔」


 図星だった。


「……そんなに分かりやすい?」


「結構」


「ちょっと嫌だな」


「私は助かる」


 フィアは淡々と答えて立ち上がった。


 今日の目的は、昨日見つけたもう1つの傾向を確かめることだった。


 大百足が動いている間と、止まっている間。


 その違いで《重層迷宮》に何が起きているのか。


 それが分からないまま戦うことはできない。


     ◇


 今回は生存者たちにも協力してもらうことになった。


 といっても、大百足の近くへ連れていくわけじゃない。


 救護担当と負傷者を中心に元の空間へ残り、石の軋みや壁の変化が起きたら記録してもらう。俺とフィア、護衛の3人は少し離れた場所で大百足を観察する。


 同じ時間に別々の場所を見る。


 それだけでも、今までより分かることは増えるはずだ。


「音が3回続いたら印をつける」


 フィアが生存者の男へ確認する。


「壁が動いたら?」


「場所も」


「崩れたら?」


「近づかない。確認できる範囲だけでいい」


「了解」


 俺たちが出発しようとすると、救護担当の女性がこちらを見た。


「危なくなったらすぐ戻ってきてね」


「分かってる」


「ルカ、本当にね」


「なんで俺だけ名前付きなんだろう」


「信頼の積み重ねじゃない?」


「その言い方だと逆の意味に聞こえるんだけど」


 フィアが少しだけ笑った。


 まあ、否定はできない。


     ◇


 大百足を探すのは、前より簡単になっていた。


 ごり、ごり、と石を削る音を追えばいい。


 ただし、まっすぐ近づくわけじゃない。フィアが風と床の状態を見ながら、安全に離れられる道を残して進む。


 途中で一度、乾いた黄色い石の通路へ出た。


 昨日は開いていなかった場所だ。


「また変わってる」


 俺が言うと、フィアが壁際へしゃがみ込んだ。


「新しい」


「分かる?」


「石粉がまだ落ちきってない」


 床には細かな粉が薄く積もっていた。壁の端には削られた跡も残っている。


「大百足が通った?」


「可能性は高い」


 奥から音がする。


 ごり。


 思っていたより近い。


 俺たちは声を落とし、そのまま慎重に進んだ。


     ◇


 大百足は、昨日より狭い通路にいた。


 長い身体を曲げながら、黄色がかった壁を削っている。無数の脚が石を捉え、頭部の大きな顎がゆっくりと壁を噛み砕いていく。


 正面から見れば、やっぱり化け物だった。


 あれと戦う。


 昨日はできるかもしれないと思った。


 今も、その考え自体は変わっていない。


『昨日より近いな』


 ベルが言う。


『クロ。見えるか?』


『見える』


『薄いところは?』


『同じ』


 クロが短く答えた。


 外殻の節。


 脚の付け根。


 昨日見つけた場所は今日も変わっていないらしい。


 つまり、弱点らしきものは偶然じゃない。


「戦うなよ」


 俺が心の中で念を押す。


『お前がな』


 ベルの返事が早い。


 反論できなかった。


     ◇


 しばらく観察していると、大百足が進行方向を変えた。


 右側には黒く硬そうな石。


 左には亀裂の多い灰色の石。


 昨日と同じように、最初に右へ顎を当てる。


 削らない。


 次に左へ移り、何度か表面を確かめたあと、そのまま石を噛み始めた。


「やっぱり選んでる」


 俺が小声で言う。


「うん」


 フィアも地図へ印をつける。


「脆い方?」


「たぶん。少なくとも、食べにくい場所を避けてる」


 ここまでは昨日と同じだった。


 問題は、その次だ。


「止まるまで待つ?」


「自然に止まるなら」


「止めるのは?」


「しない」


 即答だった。


「だよな」


 俺も同意する。


 わざと刺激して止める必要はない。


 今調べたいのは、普段の行動だ。


 俺たちが何かしたせいで迷宮が変わったら、原因が分からなくなる。


     ◇


 待っている間、大百足はかなりの距離を削り進んだ。


 不思議なのは、その速度だった。


 走っているわけじゃない。


 むしろ動きはゆっくりしている。


 それなのに、石壁そのものを削りながら進むせいで、結果として通路がどんどん延びていく。


「こいつが何日も動いてたら」


 俺は後ろに残った穴を見る。


「迷宮、相当変わるよな」


「うん」


「12人が別々の場所から合流できたのも、やっぱりこいつの道か」


「可能性は高いと思う」


 助けたわけじゃない。


 ただ通っただけ。


 でも、その結果として道が生まれた。


 生存者たちはその道を使って合流した。


 一方で、大百足の移動に合わせて別の道が閉じたせいで、外へ戻れなくなった可能性もある。


 救って。


 閉じ込めた。


 あいつにそのつもりはないのに、結果だけ見れば両方やっている。


「迷惑なのか助かってるのか分からないな」


「どっちも」


 フィアが言った。


「だから面倒」


「なるほど」


 すごくフィアらしい答えだった。


     ◇


 それから少しして、大百足が止まった。


 何の前触れもなかった。


 顎を壁へ当てたまま、長い身体が動かなくなる。


「止まった」


「時間見る」


 フィアが言った。


 俺たちはそのまま待った。


 最初の数秒は何も起きない。


 それから、足元へ小さな振動が来た。


 ぎ。


 遠くで石が軋む。


 続けて、反対側からも音がした。


「始まった」


 俺が呟く。


 昨日と同じだ。


 ただ、今日はそれを確かめるために来ている。


 大百足は動かない。


 十数秒。


 さらに待つ。


 軋む音が増えた。


 右。


 奥。


 今度は天井。


 位置が1か所じゃない。


「多い」


 フィアも周囲を見回している。


「昨日より長く止まってる」


 その直後、天井から細かな砂が落ちた。


 俺たちはすぐに壁から距離を取る。


 大百足はまだ動かない。


 そして、止まっている時間が長くなるほど、周囲の振動も強くなっていった。


     ◇


「戻る準備」


 フィアが言った。


「まだ見る?」


「逃げ道確認しながら」


「分かった」


 俺は後ろを見る。


 来た道は残っている。


 少なくとも今は。


 もう一度前へ視線を戻した瞬間、大きな音が響いた。


 どん、と。


 今までの軋みとは違う。


 何かが崩れた音だった。


「どこ?」


「向こう」


 護衛が来た方向を見る。


 生存者たちがいる場所とは少しずれている。


 それでも近い。


「戻る?」


「まだ大百足見る」


 フィアは即座にそう判断した。


 理由は俺にも分かる。


 今戻れば、生存者たちの場所で何が起きたかは確認できる。


 でも、大百足が止まっている瞬間を誰も見ていなくなる。


 ここでしか取れない情報がある。


「もう少しだけ」


 俺たちは待った。


 大百足は動かない。


 その間にも、迷宮のどこかで石が擦れ続けている。


 ぎ。


 ご、と低い音が続く。


 そして。


 目の前でも変化が起きた。


 大百足の少し後ろ。


 さっきまで開いていた通路の端が、ゆっくり狭くなっていく。


「閉じてる」


 俺が言う。


「見えてる」


 壁そのものが動いている。


 大百足が削った穴とは別の場所。


 昨日と同じ現象だった。


 ただし今回は。


 大百足が止まっている間に起きている。


 しかも、1か所じゃない。


     ◇


 それからさらに数秒。


 大百足が再び動き始めた。


 何本もの脚が一斉に動き、顎が石へ食い込む。


 ごり。


 石を削る音が戻る。


 すると。


 周囲の軋みが弱くなった。


 すぐに完全に止まったわけじゃない。


 でも、大百足が停止していた時ほど激しくない。


「……やっぱり違う」


 俺が言う。


 フィアも頷いた。


「記録できた」


「戻ろう」


「うん」


 今度は迷わなかった。


 大百足が動いているうちに、生存者たちのところへ戻る。


     ◇


 帰る途中で、最初の異変が見つかった。


「待って」


 フィアが止まった。


 昨日まで通れていた道の一部が、半分ほど塞がっている。


 完全な壁じゃない。


 でも、さっき通った時より明らかに狭い。


「これ、来る時はもっと広かったよな?」


「うん」


 護衛も顔をしかめる。


「俺が普通に通れた。今は横向かないと無理だ」


 大百足が止まっていた時間。


 その間に変わった。


 そう考えるのが自然だった。


 俺たちは身体を横にして通り抜けた。


 さらに進むと、もう1か所。


 今度は逆だった。


 来た時には無かった細い隙間が、新しく開いている。


「増えてる」


「動いてる」


 フィアが周囲を確認する。


「止まってた間に、少なくとも2か所」


 俺は地図へ印をつけた。


 大百足が止まる。


 その間に、離れた場所の壁が動く。


 道が閉じる。


 別の場所が開く。


 そして大百足が動き始めると、変化が弱くなる。


「偶然って言うには多いよな」


「うん」


 フィアも今回は否定しなかった。


     ◇


 生存者たちのいる空間へ戻ると、向こうもすぐに報告してきた。


「さっきすごかったぞ」


 最初の男が地図を指す。


「3か所で音がした。こっちの壁は少しずれたし、奥は一部崩れた」


「怪我人は?」


「いない」


 救護担当の女性が答える。


「崩れたのは離れた場所。念のため全員、壁から少し離してある」


「よかった」


 フィアが向こうの記録を受け取る。


 俺たちのものと並べる。


 時間。


 ほぼ同じ。


 大百足が止まった直後。


 複数の場所で軋み。


 その後、壁の変化。


「一致してる」


 俺が言った。


「かなり」


 フィアも地図を見る。


 これだけ揃えば。


 もう無関係とは言えない。


「大百足が止まると、迷宮が不安定になる?」


 護衛が聞く。


「そう見える」


 俺は答えた。


「理由は分からないけど」


 大百足が動く。


 石を削る。


 道が作られる。


 その間にも迷宮は変化している。


 でも。


 止まると、変化が大きくなる。


 もしそれが本当なら。


 次に考えることは1つしかない。


     ◇


「じゃあ、倒したら?」


 誰かが言った。


 生存者の1人だった。


 部屋が静かになる。


「ずっと止まることになるよな」


 その言葉に、誰もすぐ答えられなかった。


 俺も。


 昨日までは考えていた。


 倒せるかもしれない。


 倒せば、この危険な魔物はいなくなる。


 レベルだって上がるかもしれない。


 でも。


 今日見たものを重ねる。


 数十秒止まっただけで。


 複数の壁が動いた。


 通路が狭くなった。


 別の場所では崩落まで起きた。


 もし。


 完全に止めたら。


「……まずい」


 自分の声が少し低くなった。


「何が?」


「今の変化が、止まってる時間に比例して大きくなるなら」


 地図を見る。


 12人がいる場所。


 帰り道。


 まだ確認できていない出口。


 全部。


 この不安定な構造の中にある。


「倒した瞬間に終わるとは限らない。でも、ずっと動かなくなったら何が起きるか分からない」


「崩れる?」


「可能性はある」


 フィアが答えた。


「少なくとも、今の状態で試せることじゃない」


 救護担当が生存者たちを見る。


 歩行補助が必要な人が4人。


 そのうち1人は、まだ背負わなければ長い距離を移動できない。


 もし通路が一気に変わったら。


 逃げ切れない。


     ◇


「でもさ」


 男の1人が口を開いた。


「倒さないなら、あいつがこっちに来た時どうする?」


 当然の疑問だった。


「逃げる?」


「それだけじゃ無理」


 フィアが答える。


「あの大きさなら、狭い道で正面から来られたら追い抜けない」


「じゃあ戦うしかないだろ」


「戦うことと、倒すことは別」


 フィアの言葉に、俺は顔を上げた。


「追い返す?」


「それもある。でも昨日見た」


「石を選ぶやつ」


「うん」


 フィアが地図の一部を指す。


「こっちに来てほしくないなら、こっちを選びにくくする。逆に進んでほしい方向に、食べやすい石がある場所を使う」


 昨日。


 俺も同じ可能性を考えた。


 大百足を完全に操ることはできない。


 でも。


 進みやすい方向を選ばせることなら。


「誘導する」


 俺が言う。


「できるかもしれない」


 フィアは慎重に答えた。


 まだ決定じゃない。


 でも。


 戦うか逃げるか。


 それ以外の選択肢が見え始めている。


     ◇


 俺はクロの柄へ手を置いた。


『惜しいか?』


 クロが聞く。


「何が?」


『倒せる』


 短い言葉だった。


 でも意味は分かった。


 クロにも。


 たぶんベルにも。


 俺が何を考えていたか伝わっている。


「ちょっとは」


 正直に答えた。


『小僧』


 ベルの声が響く。


『強いやつだぞ』


「分かってる」


『倒せば強くなれるかもしれん』


「それも分かってる」


 灰牙狼を倒した時。


 《1》だった数字が《3》になった。


 あれから。


 数字は動いていない。


 目の前には。


 明らかに俺より強い魔物がいる。


 そして今は、勝ち筋まで見えている。


 少し前の俺なら。


 行ったかもしれない。


 ここで倒せば。


 もっと強くなれる。


 ロゼに少し近づける。


 そう思って。


 でも。


 今は。


 周りを見る。


 壁際に座っている12人。


 包帯。


 水袋。


 疲れた顔。


 それでも、ここまで生き延びた人たち。


 俺が数字を上げるために大百足を倒して。


 そのせいで、この人たちが帰れなくなったら。


 何のための強さだ。


「倒さない」


 口に出した。


 近くにいたフィアがこちらを見る。


「決めた?」


「うん」


「まだ倒せないって決まったわけじゃないよ」


「違う」


 俺は首を振る。


「倒せないんじゃなくて、倒しちゃ駄目なんだと思う」


 自分で言って。


 ようやく整理できた。


 勝てないから戦わないんじゃない。


 勝てるかもしれない。


 それでも。


 勝った結果が一番悪くなるなら。


 その勝ちは選べない。


     ◇


 フィアはしばらく俺を見ていた。


 それから、地図へ視線を戻した。


「じゃあ次は」


「倒さずに使う方法を探す」


「うん」


「大百足が選ぶ石と、道が開く方向をもっと調べる」


「それと、12人を動かす順番」


 フィアが負傷者たちを見る。


 そこで初めて。


 俺も気づいた。


 出口を見つけるだけじゃ駄目だ。


 12人全員が同じ速さで動けるわけじゃない。


 自力で歩ける人。


 補助が必要な人。


 背負わないと長距離を移動できない人。


 道が一時的にしか開かないなら。


 全員を一度に動かすことも難しい。


「やること増えたな」


「最初から多い」


「そうだけどさ」


 フィアがほんの少し笑った。


「でも、1個減った」


「何が?」


「倒すかどうか」


「ああ」


 それは。


 もう迷わない。


     ◇


 遠くから、ごり、と音がした。


 《岩喰い大百足》がまた壁を削り始めたらしい。


 昨日までは。


 あの音を聞くたびに、危険な魔物が近づいていると思った。


 今は少し違う。


 危険なのは変わらない。


 正面から来れば、戦わなきゃいけないかもしれない。


 ベルで止める必要も。


 クロで傷つける必要も。


 あるかもしれない。


 でも。


 殺さない。


 あいつが石を食べて。


 進んで。


 道を作る。


 その性質を使って。


 12人が帰れる道を作る。


 できるかどうかは分からない。


 まだ仮説ばかりだ。


 それでも。


 初めて。


 戦わずに勝つ方法を考えている。


「ルカ」


 フィアが呼ぶ。


「次の音、さっきより右」


「分かる?」


「うん」


 地図を見る。


 右側。


 そこには乾いた石の通路がある。


 さらに先には。


 昨日確認した、比較的脆い石の区画。


「行き先、読めるかもしれない」


 俺が言った。


「少しだけね」


 フィアが地図へ新しい線を引く。


 大百足が次にどこへ向かうのか。


 もしそれを先に読めるなら。


 俺たちは。


 ただ道が開くのを待つ必要はない。


 自分たちで選べるかもしれない。


 全員が帰れる道を。

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