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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ Ⅱ 重なる迷宮/12人の帰還

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第31話 帰れない

 12人全員が生きていた。


 昨日までなら、それだけで十分なくらい大きな答えだったと思う。壁の向こうで消えたと思われていた人たちが、怪我をしながらも全員ここにいる。声だけじゃなく、ちゃんと顔を見て確認できた。


 でも今は、その安心に浸っている余裕がなかった。


 俺たちがここまで通ってきた道が、消えている。


「もう一度、見に行く」


 フィアが立ち上がった。


 少し離れたところでは、救護担当の女性が負傷者の包帯を巻き直している。持ち込んだ水と保存食も配り終えたが、残量は決して多くない。


「俺も行く」


「うん。護衛も1人」


 さっきと同じ3人で、消えた帰路を確認する。


 ただ、今度の目的は確認だけじゃない。


 別の帰り道を探す。


「どれくらい探す?」


「時間を決める」


 フィアは少し考えてから答えた。


「長くても1時間。何も見つからなくても、その前に戻る」


「1時間で足りる?」


「足りるかどうかじゃない。戻れるうちに戻る」


 言われて、口を閉じる。


 たしかにそうだった。


 俺たちまで別の場所へ迷い込んだら、ここに残る12人と救護担当の状況はもっと悪くなる。帰り道を探すために救助班まで消えたら、本末転倒だ。


「分かった」


 フィアが少しだけ頷く。


 それから生存者たちへ向き直った。


「私たちが戻るまで、ここから動かないで」


「分かってる」


 最初に話した男が答えた。


「もう勝手に歩き回る気はないよ。何回痛い目を見たと思ってる」


 冗談っぽい言い方だったけど、顔は笑っていなかった。


 進んだはずなのに戻ってくる。


 来た道がなくなる。


 知らない場所へ繋がる。


 それを何度も経験したからこそ、12人はここに留まっていたんだと思う。


 俺たちが来たからって、その判断を軽く扱っていいわけじゃない。


     ◇


 さっき通路が消えた場所まで戻る。


 やっぱり壁だった。


 何度見ても普通の石壁で、隙間も扉もない。ほんの少し前まで、俺たちはここを通ってきたはずなのに、その痕跡すらほとんど残っていなかった。


「ここで合ってる」


 フィアが目印を確認する。


「俺もそう思う」


 護衛も頷いた。


「間違いない。ここを通った」


 3人とも同じ場所を覚えている。


 それでも、道はない。


「待ってたらまた開くかな」


 俺が聞く。


「可能性はある」


「どれくらい?」


「分からない」


 フィアは壁の前に留まらず、すぐに左右の床や石の継ぎ目を調べ始めた。


「昨日までなら、ここで待ってたかもな」


「今日は待たない」


「12人いるから?」


「それもあるけど」


 フィアは壁際に残った石粉を指先で確かめる。


「同じ壁がまた開くって決める理由がない」


 その言葉で納得した。


 これまで壁は何度も開いた。


 だから、また開く。


 ついそう考えてしまう。


 でも実際には、入口の位置も、開き方も、繋がる先も毎回違った。


 同じ場所で待ち続ける方が、むしろ賭けになる。


「別の風を探す」


 フィアが言った。


「入口に繋がるやつ?」


「それか、別の空間に繋がるやつでもいい。今は完全な行き止まりよりまし」


 基準が少し変わっている。


 最初はルーメンへ直接戻れる道を探していた。


 今はまず、閉じ込められていない場所を探す。


 そこから出口へ繋がる可能性を増やしていく。


     ◇


 壁沿いを右へ進んだ。


 しばらくは何もない。


 石。


 砂。


 同じような景色。


 でも、フィアは数歩ごとに足を止め、壁へ耳を近づけたり、床の砂を見たり、空気の匂いを確かめたりしている。


 俺も真似して壁へ耳を近づけてみた。


「何か聞こえる?」


「何も」


「俺も」


「なら一緒」


「なんか嬉しくないな」


 護衛が後ろで小さく笑った。


 こういう時、少しでも会話がある方が助かる。


 黙ったまま歩いていると、どこまで進んでも景色が変わらないせいで、同じ場所を回っているような気がしてくる。


 この迷宮では、それが本当に起きるから余計に嫌だった。


「待って」


 フィアが止まった。


「何かあった?」


「風」


 壁じゃない。


 床の方だった。


 フィアがしゃがみ込み、壁と床の境目を覗き込む。


 細い亀裂が走っていた。


「ここ?」


「うん」


 俺もしゃがんで、手を近づける。


 ほんの少しだけ。


 冷たい空気が流れている。


「ある」


「でしょ」


「この先に空間がある?」


「可能性は高い」


 亀裂は、人の指が入るかどうかくらいしかない。


 このままじゃ当然通れない。


「壊す?」


 護衛が聞いた。


 フィアはすぐに首を横へ振った。


「まだ」


「崩れるかもしれないから?」


「それもあるし、何に繋がってるか分からない」


 前の俺なら、少しだけ削って覗けばいいと思っていたかもしれない。


 でも今は、壁を壊すこと自体が危ない。


 別の構造と繋がるかもしれないし、道がまた変わるかもしれない。


「別の入口を探す?」


「この亀裂を追う」


 フィアは立ち上がった。


 亀裂は、壁沿いに細く伸びている。


     ◇


 亀裂を追って数十歩進むと、途中から床が少し高くなった。


 石が浮き上がったようになっていて、その隙間から今度ははっきり風が出ている。


「ここ、強い」


 フィアが言った。


「開いてる?」


「どこかで」


 その先へ回り込む。


 通路の端。


 壁と壁の間に、ほんの少しだけ隙間があった。


「これ?」


 真正面から見ると、ほとんど普通の壁にしか見えない。


 でも横から覗くと、奥へ続いている。


「人、通れる?」


 護衛が身体を寄せて見る。


「俺は無理だな」


 肩幅を考えるまでもない。


 俺も無理だ。


 ベルを背負ったままなら、なおさら入らない。


「フィアなら?」


 言ってから、彼女を見る。


 小柄で、装備も軽い。


 弓と矢筒を外せば、通れる可能性はある。


「……通れるかも」


 フィアはすぐには入らなかった。


 小石を1つ落とし、音を聞く。


 少し遅れて、奥から石が転がる音が返ってきた。


「少し下がってる?」


「たぶん」


「危ない?」


「分からない」


 それでも、無理に進まない。


 フィアは細い棒を隙間へ入れて、足場の位置を確認してから弓を外した。


「行くの?」


「入口だけ見る」


「1人で?」


「この幅じゃ1人しか無理」


 その言葉に、胸が少し引っかかった。


「どこまで?」


「身体全部は入れない」


 フィアは上半身だけ隙間へ差し込んだ。


 俺と護衛は、後ろから彼女の足元を見ている。


「どう?」


 返事がない。


「フィア?」


「待って」


 少しして、身体を戻した。


「道はある」


「どこへ?」


「分からない。でも奥へ続いてる」


「広くなる?」


「少し先で」


 俺はもう一度、隙間を見る。


「俺たちも通れる?」


「無理」


「12人は?」


「もっと無理」


 そこで空気が変わった。


 道は見つかった。


 でも、救助に使える道じゃない。


     ◇


「ただ」


 フィアが隙間を見る。


「私なら行ける」


 分かっていた。


 それでも、本人から聞くと重かった。


「出口まで繋がってる?」


「分からない」


「途中で戻れなくなる可能性は?」


「ある」


「じゃあ、行かない方がいい」


 俺はすぐ言った。


 フィアがこっちを見る。


「まだ行くって言ってない」


「あ」


「ルカの方が焦ってる」


「……悪い」


 でも、嫌だった。


 今までとは違う。


 これは、はっきりとした道だ。


 しかも。


 フィア1人なら通れる。


「調べる価値はある」


 フィアが言った。


「それは分かるけど」


「でも、今は行かない」


「なんで?」


「決めた時間があるから」


 最初に決めた1時間。


 もうかなり使っている。


「それと、この道が外へ繋がってたとしても」


 フィアは隙間から目を離した。


「私1人しか通れないなら、今のままじゃ救助には使えない」


 その言葉に、少しだけ安心した。


「戻る?」


「うん。報告する」


 護衛も頷いた。


「それがいい。少なくとも手がかりは増えた」


 出口じゃない。


 まだ。


 でも、手がかりではある。


     ◇


 生存者たちのところへ戻ると、救護担当の女性がすぐに立ち上がった。


「どうだった?」


「元の道は閉じたまま」


 フィアが答える。


「別の細い通路を見つけた。でも、私くらいしか通れない」


「外に繋がってる?」


「未確認」


「じゃあ、まだ使えないね」


「うん」


 生存者たちにも同じように説明した。


 思ったより大きな落胆はなかった。


「道があるだけ、ましか」


 男が言った。


「俺らが探した時なんて、壁しかなかったからな」


 別の女性が少し考えてから言う。


「でも、フィアさんが1人で出られるなら、ギルドに助けを呼べるかもしれないでしょ?」


 その瞬間、フィアの表情が少し変わった。


「まだ帰れるとは決まってない」


「でも、もし帰れたら?」


 女性は悪気なく続ける。


「外に出て、もっと人を呼んでくればいいんじゃない?」


 理屈としては正しい。


 フィアだけが通れる。


 その先が外へ繋がっている。


 なら、1人で抜けて助けを呼ぶ。


 一番自然な考え方だ。


「入口が消えたら」


 俺が言った。


「え?」


「フィアが向こうへ行ったあと、この隙間が消えたら戻ってこれない」


 女性が黙る。


「それに、外へ出られるとも限らない」


 フィアが続けた。


「別の迷宮へ出るかもしれない」


 そうだ。


 俺たちは何度もそれを見てきた。


 道がある。


 だから出口。


 そんな簡単じゃない。


「今は1人で行かない」


 フィアがはっきり言った。


「帰る方法は探す。でも、全員を置いて試すには情報が足りない」


 全員を置いて。


 その言い方だけが、妙に耳に残った。


     ◇


 その後は、全員で状況を整理した。


 残っている水。


 食料。


 負傷者。


 自力で歩ける人。


 補助が必要な人。


 それから、ここで休める場所があとどれくらい持つか。


 俺たちが来たことで物資は少し増えた。


 でも、長く持つほどじゃない。


「どれくらいなら大丈夫?」


 俺が救護担当へ聞く。


「水が確保できれば少しは伸ばせる。でも、食料は厳しい」


「明日くらいなら?」


「それくらいなら問題ない。でも何日も、は考えない方がいい」


 時間はある。


 でも無限じゃない。


 それに、《重層迷宮》がいつまでこの形を保つのかも分からない。


 そこへ、遠くから低い音が響いた。


 ごり。


 石を削るような音。


 生存者たちがすぐに反応する。


「今日、近くない?」


 俺が聞いた。


 男が少し考える。


「昨日よりは近い気がする」


「道が変わる前、音が増えるって言ってたよな」


「ああ」


 フィアが立ち上がった。


「入口周辺、確認する」


「俺も行く」


「全員は動かない」


「分かってる」


 今度は言われる前に準備する。


     ◇


 音のする方向へは行かなかった。


 逆だ。


 さっき見つけた細い隙間とも違う方向を調べる。


 もっと広い。


 12人でも通れる。


 そんな道を探す。


 でも、簡単には見つからなかった。


 行き止まり。


 壁。


 また壁。


 戻る。


 少しずつ。


 焦りが増える。


「焦らない」


 今度は俺から言った。


 フィアがこっちを見る。


「自分に?」


「半分」


「もう半分は?」


「フィア」


「私、焦ってない」


「そう?」


「少しだけ」


「じゃあ必要じゃん」


 ほんの少しだけ笑う。


 でも、すぐに前を見る。


「ルカ」


「なに?」


 フィアは少し言葉を止めた。


「もし、さっきの道が本当に外へ繋がってたら」


 胸が重くなる。


「うん」


「1人で出た方がいい状況もある」


 分かる。


 助けを呼ぶため。


 情報を持ち帰るため。


 そうした方がいい状況はある。


「でも今は?」


「今は行かない」


「分かった」


 それ以上は聞かなかった。


 この話は、まだ終わっていない。


     ◇


 戻る途中、フィアが壁の前で急に止まった。


「ここ」


「何?」


「さっきまで無かった」


 壁を見る。


 細い縦の亀裂。


 そこから、ほんの少し空気が流れている。


「新しい道?」


「分からない」


 触らない。


 壊さない。


 ただ観察する。


 その時だった。


 ごり。


 遠くじゃない。


 壁の向こうから響いた。


 全員が止まる。


 もう一度。


 ごり。


 石の中を、重たい何かが擦っているような音。


 そして。


 目の前の亀裂が、ほんの少しだけ広がった。


「……今の」


 俺が亀裂を見る。


「音と一緒に?」


 フィアも同じ場所を見ている。


「たぶん」


 道が変わる。


 石を削る何かがいる。


 今まで別々に見えていた2つの現象が、少しずつ近づいている。


「戻る」


 フィアの判断は早かった。


「今の場所、記録して」


「分かった」


 俺たちは位置だけを残して、生存者たちのところへ戻った。


     ◇


 12人は、全員まだそこにいた。


 それを見るだけで少し安心する。


 でも、状況は何も解決していない。


 入口はない。


 帰り道もない。


 フィアだけなら通れるかもしれない細い道が1本ある。


 そして、石を削る音と通路の変化が関係している可能性が出てきた。


 情報は増えた。


 でも、出口は増えていない。


「どうだった?」


 男が聞く。


 俺は一度フィアを見る。


 フィアが小さく頷いた。


「まだ帰れない」


 俺が答える。


 誰も騒がなかった。


 たぶん。


 みんなもう分かっている。


 簡単には出られない。


 だからこそ、俺は続けた。


「でも、道がどう変わってるのかは少しずつ分かってきてる」


 男が苦笑する。


「それ、希望ってことでいいのか?」


「たぶん」


「たぶんかよ」


「フィアにそう教わった」


 フィアが横で言う。


「分からないことは、分からないって言う」


「だってさ」


「いい斥候だな」


「うん」


 それは本当にそう思う。


 俺は周囲を見る。


 12人。


 救護担当。


 護衛。


 フィア。


 そして俺。


 ベルとクロもいる。


 全員、まだここにいる。


 帰れない。


 でも。


 誰か1人だけを置いて帰る方法を探しているわけじゃない。


「帰ろう」


 俺は言った。


 みんながこっちを見る。


「今すぐじゃなくていい。すぐに見つからなくてもいい」


 少しだけ息を吸う。


「全員で帰れる道を探そう」


 フィアは何も言わなかった。


 ただ。


 ほんの少しだけ頷いた。

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