第29話 声
翌朝、ギルドへ着くと、昨日までより会議室に人が多かった。
壁際には救護用の鞄が3つ。机の上には水、保存食、包帯、それから《重層迷宮》内部で残すための目印がまとめられている。
昨日までの調査とは、明らかに準備が違う。
原因を調べに行くんじゃない。
人を連れて帰るための準備だった。
「今日からは、内部へ入る班と外で入口を維持する班を完全に分けます」
ミナさんが地図の前に立つ。
「内部班は昨日と同じく少人数。ルカ、フィアさん、護衛2名、救護担当1名。外側にはギルド職員と予備の救護班を置きます」
「入口が閉じた場合は?」
護衛の男が聞いた。
「無理に追って入りません。別の接続が開く可能性を探しながら、ギルドへ連絡してください」
つまり、俺たちが向こうで取り残されても、外からすぐ助けに来られるとは限らない。
分かっていたことなのに、改めて言われると重い。
「それと」
ミナさんが全員を見る。
「今日の最優先は生存者の確認です。異常生物を発見しても、救助に必要がない限り交戦しないでください」
俺の背中にあるベルへ、ほんの少しだけ視線が向いた。
「分かってる」
「ルカには昨日から何度も言ってるからね」
「もう覚えたよ」
「ならいい」
少し笑ってから、声が柔らかくなる。
「ちゃんと帰ってきて」
「うん」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
◇
《重層迷宮》への入口は、昨日よりさらに離れた場所に開いた。
最初につけた傷から数えると、壁沿いに7歩。
毎回少しずつ動く。
同じ壁を使っているように見えても、入口そのものは固定されていないらしい。
「今日はここ」
フィアが開いた隙間を確認する。
向こうから流れてくるのは湿った空気。
黒っぽい石も見える。
「昨日と同じ側?」
「似てる。でも道は分からない」
「了解」
もう「同じ」と決めつけるつもりはない。
俺たちは外側の職員に位置を伝え、順番に壁を抜けた。
中へ入った瞬間、昨日と同じような湿気が肌にまとわりつく。
それでも、道の形は違っていた。
最初の曲がり角がない。
昨日は右へ折れていた場所が、そのまま真っ直ぐ続いている。
「やっぱり変わってる」
「うん。だから地図より目印を優先する」
フィアは腰の袋から小さな白い石片を取り出した。
分岐ごとに1つずつ、壁際へ置いていく。
戻る時に無くなっていれば、それだけで道が変わったと分かる。
「前より準備いいな」
「昨日分かったことがあるから」
「学んでる」
「ルカもね」
「俺も?」
「少し」
「また少しか」
でも、前よりは上がったらしい。
◇
昨日見つけた足跡を探すのに、それほど時間はかからなかった。
湿った床の上に、複数の靴跡が残っている。
「これ、昨日の?」
俺が聞く。
「2人は同じだと思う」
フィアがしゃがみ込む。
「もう1人増えてる」
「合流した?」
「たぶん。こっちから」
横の壁を見る。
当然、今は何もない。
でも、足跡は壁際から始まっている。
「また別の入口か」
「可能性は高い」
壁の前で人が消える。
向こう側では、壁の近くから別の人の足跡が始まる。
こっちと向こうで別々に途切れていたものが、《重層迷宮》の中では少しずつ繋がり始めていた。
俺たちは3人分の足跡を追った。
しばらく進むと、昨日見つけたものと似た壁の傷が現れる。
何本もの深い溝。
削られた石。
それなのに、床に落ちている瓦礫は少ない。
「またある」
護衛が足を止める。
「昨日より深いな」
壁の一部は、人1人が身体を横にすれば入れそうなほど抉れていた。
でも、通路というほど綺麗じゃない。
何かが無理やり食い破った。
そんな形に見える。
『近い』
クロが小さく言った。
「何が?」
『昨日の跡』
「同じもの?」
『分からない』
黒髪の少女の姿が壁の横に立っている。
もちろん、俺にしか見えていない。
『でも似てる』
「そっか」
「何が?」
フィアが振り返る。
「いや、昨日のと似てるなって」
「うん」
危ない。
最近、本当に口に出る回数が増えている。
◇
壁の傷を越えた先で、足跡が一度乱れた。
「ここで何かあった?」
俺にも分かる。
真っ直ぐだった靴跡が、急に左右へ広がっている。
1人は壁際。
もう1人は後ろ。
3人目は前へ数歩出たあと、戻っている。
「何かを避けた?」
「可能性はある」
フィアは床だけじゃなく、周囲の壁まで確認する。
「戦った跡は少ない」
「血は?」
救護担当が聞く。
「見えない」
「武器の傷も?」
「ここに1つ」
壁の低い位置に、細い線が残っている。
剣か短剣かまでは分からない。
ただ、大きな戦闘があったようには見えなかった。
「逃げたのかな」
「たぶん」
フィアが足跡を追う。
「3人とも同じ方向へ行ってる」
少なくとも、この地点ではまだ自分の足で動いていた。
そう考えると、ほんの少しだけ胸の奥が軽くなる。
まだ姿すら見ていない。
それなのに、残された痕跡1つで気持ちが上がったり下がったりする。
12人を探すっていうのは、こういうことなのかもしれない。
◇
さらに奥へ進むと、空気が少し乾き始めた。
黒い石の隙間に灰色の砂が増え、ところどころ黄色がかった石まで混じっている。
「また境目?」
「まだ」
フィアが答える。
「前みたいにはっきり分かれてない。混ざってる」
前に見た時は、湿った構造と乾いた構造が不自然なくらい綺麗に切り替わっていた。
今日は違う。
黒い石の床に乾いた砂が入り込み、苔の生えた壁のすぐ隣に黄色がかった石が顔を出している。
「重なり方まで毎回違うのか」
「たぶん」
なんでもありに見える。
でも、なんでもありだと思った瞬間に見落とす。
フィアはこういう場所ほど慎重だった。
壁へ耳を向け、床を見て、空気の匂いを確かめる。それを何度も繰り返しながら、少しずつ先へ進んでいく。
俺もできる範囲で周囲を見る。
足跡。
壁。
帰り道に使えそうな目印。
それから。
動くもの。
◇
「止まって」
フィアの声で、全員が足を止めた。
今度は壁じゃない。
前方の暗い通路へ耳を向けている。
「何かいる?」
護衛が低い声で聞く。
「分からない。音がする」
俺も耳を澄ませる。
最初は何も聞こえない。
でも、少し待つと。
ごり。
遠くから、石を擦るような低い音が響いた。
少し間を置いて、また。
ごり。
「昨日の壁を削ったやつか?」
護衛が聞く。
「分からない」
フィアの耳が音の方向を追う。
「今のところ、こっちには近づいてない」
人の足跡は、音がする方向とは違っていた。
左側の細い通路へ続いている。
「なら左だな」
俺が言う。
「うん」
戦う意味がない。
昨日まで何度も聞いたフィアの言葉を、今度は言われる前に思い出せた。
俺たちは音から離れるように左へ進んだ。
そのまましばらく歩くと、石を削る音も少しずつ遠くなっていく。
姿は見えない。
でも、昨日あの壁を削った何かは、たぶん今もこの迷宮のどこかを動いている。
そう考えるだけで、無意識に足音を抑えていた。
◇
細い通路の先は、途中から緩い下り坂になっていた。
床には細かな砂が混じり、足を置くたびに少し滑る。
壁へ手をつきたくなったところで、フィアに止められた。
「触らない方がいい」
「なんで?」
「粉がついてる」
壁の表面を見ると、薄い白い粉が広がっている。
「何これ?」
「分からない」
その返事にも、もう慣れた。
足元へ注意しながら坂を下っていくと、途中で救護担当の女性が足を止めた。
「これ」
床に落ちているものを指す。
布だった。
今度は小さな繊維じゃない。
手のひらほどの大きさで、端が破れている。
「服?」
「たぶん」
フィアが確認する。
救護担当の女性もしゃがみ込み、布の端をじっと見た。
「血がついてる」
茶色く乾いた染み。
胸の奥が少し重くなる。
「量は?」
「これだけじゃ分からない。でも、大量出血した服には見えない」
その言葉に、ほんの少しだけ救われる。
しかも布の先には、まだ足跡が続いていた。
「このあとも歩いてる」
俺が言う。
「うん」
血がついている。
でも、ここで止まってはいない。
少なくとも、この地点ではまだ先へ進めていた。
◇
坂を下りきった先で、通路が大きく広がった。
天井も高い。
湿った黒い石と、乾いた黄色がかった石がまだらに混じっている。
壁の一部には苔が生えているのに、そのすぐ隣は砂で乾いている。床も同じで、湿った泥の数歩先には乾いた砂が広がっていた。
今まで見たどの場所よりも、2つの構造が入り混じっている。
「ここ……どっちなんだ?」
護衛が周囲を見る。
「たぶん、両方」
フィアが答える。
俺も周囲を見渡す。
《重層迷宮》。
名前だけで呼んでいた現象が、初めてそのまま目の前に現れた気がした。
「足跡は?」
フィアがすぐに床へ視線を戻す。
「増えてる」
「何人?」
「すぐには分からない。重なりすぎてる」
3人より多い。
それくらいなら俺にも分かる。
同じ場所を何人も歩いているせいで、靴跡同士が潰れ合っている。
「ここで合流した?」
「可能性はある」
救護担当の女性が少し前へ出た。
「誰かいるかもしれない?」
「いるかもしれない。でも、まだ声は出さない方がいい」
フィアが止める。
「さっきの音を出してたものが近くにいるかもしれないから」
その判断に反対する人はいなかった。
今もどこかで、石を削るあの音がする可能性がある。
◇
俺たちは広い空間の端を回るように進んだ。
足跡はさらに奥へ続き、壁際の1か所へ集まっている。
そこには誰かが休んだらしい跡があった。
床の砂が何人分も押し潰され、壁には背中を預けたような擦れが残っている。
小さな包帯の切れ端。
空になった水袋。
「ここで休んだ?」
「複数人」
フィアが答える。
救護担当の女性が水袋を確認した。
「完全には乾いてない」
その言葉に、全員の視線が集まる。
「新しい?」
「正確な時間までは分からない。でも、何日も前に捨てられた感じじゃない」
しばらく誰も何も言わなかった。
近い。
そう思った。
今まで見つけてきたものは、全部いつ残されたのか分からない痕跡ばかりだった。
でも、これは違うかもしれない。
「追える?」
俺が聞く。
フィアは立ち上がった。
「追う」
今度は迷いがなかった。
◇
そこから足跡は、1本の細い通路へ続いていた。
人2人が並ぶのは難しいくらいの幅しかない。
奥へ行くほど空気は重くなり、湿気と砂、それに石の匂いが混ざっていく。
俺たちは自然と声を抑えた。
前にフィア。
その後ろに俺。
少し距離を空けて護衛と救護担当が続く。
足音もできるだけ小さくする。
しばらく進んでも、何も起きない。
ただ、曲がり角が見えてきたところで、フィアが急に止まった。
今までよりも、耳が強く前を向いている。
「フィア?」
小声で呼ぶ。
返事はない。
代わりに、手だけが上がる。
静かに。
そういう意味だった。
俺たちも息を殺す。
耳を澄ませると、水の落ちる音が遠くから聞こえた。
それから、迷宮のどこかが軋むような音。
その間に。
ほんの一瞬だけ。
何かが混じった。
「今……」
俺が呟く。
フィアが小さく頷いた。
「声」
胸が強く跳ねる。
「人?」
「たぶん」
全員の表情が変わった。
「どっち?」
「前」
フィアが曲がり角の向こうを見つめる。
◇
だからといって、すぐに飛び出すことはしなかった。
フィアは周囲を確認する。
床。
壁。
天井。
他の魔物の気配。
そして帰り道。
全部見てから、小さく言った。
「行く」
ゆっくり曲がり角へ近づく。
今度は俺にも分かった。
遠い。
言葉までは聞き取れない。
それでも、確かに人の声だった。
「1人?」
護衛が聞く。
フィアはすぐには答えず、しばらく耳を澄ませた。
「違う」
「何人?」
「分からない」
その時、最初とは違う高さの声が聞こえた。
さらに、その後ろから別の声が重なる。
少なくとも1人じゃない。
「複数いる」
フィアが言った。
救護担当の女性が息を呑む。
「生きてる……」
俺も同じことを思った。
でも、まだ姿を見ていない。
だから言葉にはしなかった。
ただ。
声がある。
今この瞬間も。
向こう側に誰かがいる。
それだけは、足跡とはまったく違う重さを持っていた。
◇
曲がり角の先は短い通路だった。
その途中を、大量の崩れた石が塞いでいる。
「この向こう?」
「うん」
フィアが耳を向ける。
確かに、石の向こうから声が聞こえる。
「呼ぶ?」
俺が聞く。
フィアは周囲を確認した。
さっきまで聞こえていた石を削る音はない。
他の魔物の気配も感じないらしい。
「小さめに」
俺は崩れた石の前まで進み、息を吸った。
「誰かいるか!」
声が狭い通路へ響く。
一瞬。
何も返ってこない。
聞こえなかったのか。
そう思った次の瞬間。
「……いる!」
石の向こうから返ってきた。
はっきりした、人の声だった。
護衛が小さく息を呑む。
俺はもう一度声を上げた。
「ギルドの救助班だ! 聞こえるか!」
今度は返事が早かった。
「聞こえる!」
「こっちだ!」
別の声も重なる。
その奥でも何人かが何かを話している。
言葉までは拾えない。
でも。
複数人いる。
間違いない。
「怪我人はいるか!」
向こう側が少しざわついた。
「いる!」
「何人だ!」
今度はすぐに答えが返ってこない。
誰かと相談しているような声が重なって、石の向こうで潰れてしまう。
「ルカ」
フィアが俺の肩へ手を置いた。
「待って」
「でも人数を」
「先に道」
言われて止まる。
そうだ。
声が聞こえたからって、この石を崩せば終わりじゃない。
向こうには怪我人もいる。
崩し方を間違えれば、助けるどころか石を落とすかもしれない。
「……分かった」
頭が少し冷える。
護衛も崩落した石を調べ始めた。
「ここからそのまま抜くのは危ないな。上がどう支えられてるか分からない」
「向こう側から動かせるか聞こう」
俺は石の隙間へ向かって声を出す。
「そっちから動かせそうか!」
「無理だ!」
返事はすぐだった。
そのあと、もう少し小さな声が続く。
「道が塞がってる!」
やっぱり。
帰れなかったんだ。
◇
フィアは崩落の左右を調べ始めた。
壁へ耳を当て、床の石粉を見て、わずかな空気の流れを探している。
「完全には塞がってない」
「風がある?」
「少し」
「別の道がある?」
「まだ分からない」
その時、クロが声を出した。
『右』
「また?」
『うん』
「何がある?」
『向こうが近い』
「人?」
少しの間。
『たぶん』
俺はフィアへ近づいた。
「右側、何かない?」
「なんで?」
「……勘」
「また勘」
「今は信じて」
フィアは少し怪しそうに俺を見る。
でも、右側の壁を調べ始めた。
大きな石と壁の間。
ほんの細い隙間。
「風がある」
「やっぱり?」
「弱いけど」
護衛も近づいて覗く。
「隙間は奥まで続いてそうだな」
「回れる?」
「可能性はある。でも、この場じゃ分からない」
フィアがすぐに付け足す。
「別経路があるとしても、ここから無理に広げるのは危ない」
分かってる。
それでも。
向こうには人がいる。
今も声が聞こえている。
そこまで来て、今日は何もできない。
それが悔しかった。
◇
「今日中に出せる?」
救護担当の女性が聞いた。
フィアはすぐには答えず、崩落した石と右側の隙間、それから帰ってきた道を順番に確認した。
「今の人数と道具じゃ危ない」
護衛も頷く。
「崩落を動かすなら、支えを組む道具が必要だ。救助する人数も分からない」
「一度戻って人を増やす?」
「それも簡単じゃない」
俺が言う。
「次に同じ入口が開く保証がない」
「そう」
フィアが答える。
「だから、ここまでの道をできるだけ残す」
白い目印。
壁の傷。
足跡。
風の方向。
今までより細かく記録する。
「誰か残った方がいいんじゃない?」
俺が言うと、フィアはすぐに首を横へ振った。
「駄目」
「でも、入口が変わったら」
「だからこそ1人では残せない。ここ自体が変わるかもしれない」
それも分かる。
向こうに生存者がいるからって、こっちで救助する側を失ったら意味がない。
理屈では分かる。
でも。
気持ちは簡単についてこなかった。
「ルカ」
フィアが俺を見る。
「帰るよ」
少しだけ間を置いて。
「……うん」
俺は崩れた石へ向き直った。
「絶対戻るから! ここで待っててくれ!」
返事が来るまで、少し時間があった。
「分かった!」
1人。
続いて。
「頼む!」
別の声。
胸の奥が締めつけられる。
絶対。
簡単に言ってしまった。
この迷宮は動く。
次も同じ道を通れる保証なんてない。
それでも。
戻るしかない。
「行こう」
俺は自分から言った。
フィアが小さく頷く。
◇
帰り道では、全員の足が少しだけ速くなっていた。
走らない。
焦って目印を見落とさない。
でも、誰もゆっくり歩く気にはなれなかった。
途中で、また遠くから石を削る音が聞こえた。
ごり。
ごり。
昨日より少し近く感じる。
「止まらない」
フィアが言う。
「こっちへ来てる?」
「今のところ違う。右奥」
そのまま進む。
途中で置いた白い石を1つずつ確認する。
1つ。
次もある。
その先。
「ない」
フィアが止まった。
「道変わった?」
「可能性ある」
でも慌てない。
壁へ耳を向け、空気を確かめる。
「左」
「分かる?」
「湿った匂い。それと風」
フィアを先頭に左へ進む。
数分後、見覚えのある石の傷が現れた。
その奥には、外側へ続く入口が開いている。
「戻れた……」
救護担当の女性が小さく息を吐いた。
でもフィアは最後まで気を抜かなかった。
全員がルーメン側へ出たのを確認してから、自分が最後に壁を抜ける。
石が動き、入口がゆっくり閉じていく。
完全に普通の壁へ戻ったところで。
ようやく俺も大きく息を吐いた。
人の声を聞いた。
すぐ近くまで行った。
でも。
まだ連れて帰れていない。
◇
ギルドへ戻ると、ミナさんは俺たちの姿を見るなり受付から立ち上がった。
「全員いる?」
「いる」
「怪我は?」
「なし」
そこでようやく、ミナさんの表情が少し緩む。
「おかえり」
「ただいま」
いつもなら、そのあと少しくらい何か話す。
でも今日は。
俺の方が待てなかった。
「いた」
「え?」
「人がいた」
ミナさんの表情が変わる。
「確認できたの?」
「姿はまだ見てない。でも、声が返ってきた」
すぐに会議室へ移った。
フィアと俺たちが順番に報告する。
複数人分の声。
怪我人がいること。
崩落で道が塞がれていること。
右側に微かな空気の流れがあり、別経路が存在する可能性があること。
ミナさんは一度も話を遮らなかった。
「人数は?」
報告が一区切りしたところで聞かれる。
俺は首を横へ振った。
「分からない」
「12人全員がそこにいるかは?」
「確認できてない」
そこだけは、絶対に間違えたくない。
フィアも続ける。
「少なくとも1人じゃない。何人かの声は聞こえた」
「身元は?」
「まだ」
ミナさんがゆっくり頷き、報告書へ書き込む。
「生存者複数を確認。ただし、人数と身元は未確認」
文字にすると、それだけだった。
でも。
昨日までは「生存している可能性」だった。
今日は違う。
誰かが。
今も。
壁の向こうで生きている。
◇
報告が終わったあと、俺は掲示板の前に立った。
12人の名前は、まだ全部そこにある。
誰の声だったのか分からない。
何人いるのかも分からない。
怪我人がどれくらいいるのかも分からない。
それでも、昨日までとは違った。
壁の向こうを想像するしかなかった時とは違う。
俺たちが呼んだら。
返事が返ってきた。
「ルカ」
横から声がした。
フィアだった。
「明日」
「うん」
「今度は出す」
いつもより少しだけ強い声だった。
「全員?」
俺が聞く。
フィアはすぐには答えない。
掲示板の12人の名前を見る。
「いる人は、全員」
フィアらしい答えだった。
まだ確認していないものを、勝手に決めない。
でも。
見つけた人間は置いていかない。
「うん」
俺も掲示板を見る。
「そうしよう」
今日。
声を見つけた。
次は。
その声の主を。
ちゃんと俺たちの側まで連れてくる。




