↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ Ⅱ 重なる迷宮/12人の帰還

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/58

第26話 知らない石壁

 翌朝。


 ギルドへ着くと、ミナさんはもう俺たちの分の書類を揃えていた。


「今日は昨日確認した地点の再調査。目的は、壁の向こうに何があるのかを確認することです」


 仕事の声でそう説明してから、俺とフィア、それから今日同行する護衛2人へ順番に視線を向ける。


「ただし、壁を壊すことは許可されていません。構造を変えるような行動も禁止。異常を確認した場合は、その場で撤退してください」


「了解」


 フィアが短く答える。


 俺も頷いた。


「ルカ」


「なに?」


 ミナさんの声が、いつものものに戻る。


「今日は昨日より奥まで行くんだから、本当に気をつけてよ」


「分かってる」


「昨日も聞いた」


「じゃあ大丈夫」


「その自信が怖いの」


 横でフィアが俺を見る。


「信用ないね」


「フィアまで言う?」


「あると思ってた?」


「少しくらい」


 ミナさんが小さく笑った。


「帰ってきたら考える」


「じゃあ帰るしかないな」


「最初からそのつもりで行って」


 そう言って、少しだけ表情を柔らかくする。


「行ってらっしゃい」


「行ってきます」


     ◇


 昨日見つけた壁までの道は、もう覚えていた。


 それでも先頭を歩くのはフィアだ。


 昨日と同じように、床、壁、空気。そのどれかに少しでも違いがあれば足を止める。


「昨日と同じ?」


「今のところ」


「風は?」


「ある」


「強さは?」


「少し弱い」


 その言葉に引っかかる。


「弱くなった?」


「うん」


「時間で変わるのかな」


「分からない。でも昨日と同じものだと思わない方がいい」


「壁が変わる?」


「壁じゃないかもしれない」


 何度聞いても変な話だった。


 目の前に確かに壁がある。


 でも、誰かが通った時には壁ではなかったかもしれない。


 昨日まではただの仮説だった。


 今日は、それを確かめに来た。


     ◇


 目的の場所へ着く。


 昨日と同じ石壁。


 壁と床の隙間には、短い植物の根がまだ残っている。


 フィアがしゃがみ込んだ。


「乾いてない」


「生きてる?」


「たぶん」


 次に壁へ耳を近づける。


「水」


「今日も?」


「うん」


 俺も耳を澄ませる。


 やっぱり分からない。


『ある』


 クロの声。


「クロも分かる?」


『昨日より遠い』


「遠い?」


『たぶん』


 フィアがこっちを見る。


「また独り言?」


「……まあ」


 もう諦められつつある気がする。


 護衛の1人が壁へ近づいた。


「それで、どうする?」


 フィアはすぐには答えなかった。


 壁、床、天井。


 何度か順番に見てから、壁の前へ座る。


「待つ」


「待つ?」


「変わるなら」


 俺は少し考えてから理解した。


「壁が変わる瞬間を待つ?」


「うん」


「そんなの分かる?」


「分からない」


「じゃあ」


「だから見る」


 そう言って、本当に待ち始めた。


     ◇


 最初の10分。


 何もない。


 さらに20分。


 やっぱり何もない。


 石壁はどこから見ても普通で、昨日の話を知らなければ、俺だってここで人の痕跡が消えたなんて信じないと思う。


「……本当に変わるのかな」


「静かに」


「はい」


 フィアは耳を立てたまま目を閉じている。


 俺も壁を見つめる。


『退屈だな』


 ベル。


「言うな」


『俺様、こういうの苦手だぞ』


『ベル、うるさい』


『喋ってねえよ!』


『頭の中でもうるさい』


『理不尽だろ!』


 少し笑いそうになった、その時だった。


「止まった」


 フィアが目を開く。


「何が?」


「水」


 全員の視線が壁へ向く。


「音が消えた」


「完全に?」


「うん」


 フィアが立ち上がり、壁へ近づく。


「風もない」


「さっきまであった?」


「あった」


 見た目は何も変わっていない。


 それなのに、フィアの耳が小さく動いた。


「……来る」


「何が?」


 次の瞬間。


 壁の奥から、低い音がした。


 ご、と。


 重い石同士が擦れるような音。


 俺たちは一斉に立ち上がる。


「動いた?」


 護衛が剣へ手を掛ける。


 でも抜かない。


 壁の表面に細い線が走った。


 亀裂に見えた。


 でも違う。


 石そのものが、ほんの少し横へずれている。


「昨日の……」


 俺が落ちた時とは違う。


 でも、どこか似ている。


 壁が壊れるんじゃない。


 最初からそこに隙間があったみたいに、石が静かに横へ動いていく。


「下がって」


 フィアがすぐに言う。


 全員が1歩下がる。


 やがて隙間は、人1人が通れるくらいの幅になった。


 その奥から、冷たい空気が流れてくる。


 湿っている。


 それに。


 土の匂い。


 今度は俺にも分かった。


「……本当に開いた」


 護衛が小さく呟く。


 誰も返事をしなかった。


     ◇


 フィアが隙間の前へしゃがみ込む。


「足跡」


「ある?」


「ある」


 俺も横から覗く。


 向こう側の床は石だった。


 でも色が違う。


 ルーメンの灰色とは違って、少し黒い。


「同じ人?」


「たぶん」


「進んだ?」


「うん」


 フィアが奥を指す。


 足跡は、その暗がりの中へ続いている。


「戻った跡は?」


「ない」


 12人。


 そのうち少なくとも誰かが、ここを通った可能性が高い。


「行く?」


 俺が聞く。


 フィアはすぐには答えず、まず後ろを見る。


 来た道。


 開いた壁。


 その位置。


「戻れる?」


「今は」


「またそれか」


「大事」


「分かってる」


 フィアは壁の手前に小石を3つ並べた。


 三角形。


「印?」


「うん」


 さらに壁の横へ短剣で浅い傷をつける。


「表面だけ」


 護衛が確認して頷く。


 最後にロープを取り出し、こちら側の出っ張りへ結んだ。


「向こうへ持っていく?」


「うん」


「もし壁が閉じたら?」


「切れる」


「それじゃ意味なくない?」


「切れたら、戻れないって分かる」


 怖い確認方法だ。


 でも。


 ないよりはいい。


「怖くない?」


 思わず聞いた。


 フィアが俺を見る。


「怖いよ」


「そう見えない」


「怖くないふりする意味ないから」


 少し間を置く。


「怖いなら、怖いまま入る」


 その言葉が妙に残った。


「それ、いいな」


「何が?」


「いや。なんとなく」


 フィアはそれ以上聞かなかった。


     ◇


 入る順番はフィア、俺、護衛2人。


 ギルド職員は壁のこちら側に残った。


 もし戻れなかった場合、何が起きたかをギルドへ伝える人間が必要だからだ。


 フィアが最初に隙間を抜ける。


 続いて俺。


 壁は思っていたより厚かった。


 1歩。


 2歩。


 3歩。


 向こう側へ抜けた瞬間、空気が変わった。


「……違う」


 思わず声が出る。


 冷たい。


 湿気が強い。


 それに土の匂いがはっきりする。


 天井もルーメンより高い。


 壁は黒っぽい石でできていて、所々に緑色の苔が生えている。


「石の種類も違う」


 フィアが壁を見ながら言う。


 護衛の1人が後ろを振り返る。


「入口は?」


 まだ開いている。


 細い隙間の向こうに、ルーメン側の灰色の通路が見えた。


「今はある」


 フィアはロープを確認してから、前へ向き直る。


「少しだけ進む」


「地図は?」


「意味ない」


「そっか」


 ここは載っていない。


 フィアが床を見る。


「足跡、続いてる」


 黒い石の上。


 黄土色の砂。


 昨日まで紙の上でしか見なかった痕跡が、今は目の前に続いている。


     ◇


 20歩ほど進んだところで、空気はさらに湿ってきた。


 壁の石も、ルーメンとは明らかに違う。


 自然に割れた岩というより、切り出して積んだように角が揃っている。


「人工物?」


「分からない」


 フィアの返事は短い。


 でも、さっきより警戒しているのは分かった。


「足音」


「前?」


「違う」


 全員止まる。


 耳を澄ませる。


「水」


 フィアが言う。


 今度は俺にも聞こえた。


 ぽた。


 ぽた。


 どこか近くで、水滴が落ちる音。


「人は?」


「分からない」


 フィアが床を指す。


「こっち」


 足跡。


 1人分じゃない。


 重なっている。


「何人?」


「少なくとも3人」


「12人の?」


「それは分からない」


 でも、人がここを通った。


 それだけはかなり確かに見えた。


「同じ方向?」


「うん」


 足跡は前へ続き、暗い曲がり角の向こうへ消えている。


「追う?」


 俺が聞く。


 フィアは一度後ろを確認した。


 入口はまだ見えている。


「もう少しだけ」


     ◇


 曲がり角を抜けた瞬間。


 俺は足を止めた。


「……なにこれ」


 壁は同じ黒い石。


 でも床が違う。


 石の隙間から、細い根がいくつも伸びている。


 奥へ行くほど緑が増えていた。


 空気もさらに湿っている。


「本当に迷宮なのかな」


「分からない」


 フィアがしゃがみ込む。


「でも、人の跡はある」


 土の薄く積もった場所に、足跡が残っている。


 こっちの方が見やすい。


「何人?」


「4……」


 フィアが少し止まる。


「5」


「増えた?」


「途中で合流してる」


「別の場所から?」


「たぶん」


 俺は周囲を見る。


 通路は1本しかない。


「どこから合流したんだ?」


「分からない」


 フィアが立ち上がる。


 そのまま壁を見た。


「でも、ここ変」


「今さら?」


「そうじゃない」


 少し先を指す。


「この道、さっきより広い」


「気のせいじゃ?」


「違う」


 俺も振り返る。


 そこで初めて気づいた。


 来た時より、壁と壁の間が少し広い。


 ほんの少し。


 でも。


 確かに違う気がする。


「……動いてる?」


「分からない」


 フィアの声が硬くなる。


 それだけで十分だった。


「戻る」


「まだ足跡は」


「戻る」


 今度は俺も逆らわなかった。


「分かった」


     ◇


 帰り道。


 来た道を、そのまま戻る。


 はずだった。


「止まって」


 フィアが足を止める。


「なに?」


「違う」


「何が?」


「壁」


 俺には同じにしか見えない。


「どこが?」


「傷」


「傷?」


「さっき、ここに長い傷があった」


 フィアが指す。


 黒い石壁。


 でも何もない。


「なくなった?」


「うん」


 護衛の1人が周囲を確認する。


「道を間違えたんじゃないか?」


「曲がってない」


 フィアは即答した。


 背中に冷たいものが走る。


 迷ったんじゃない。


 道が違う。


『左』


 クロ。


「え?」


『左』


 俺は左を見る。


 ただの石壁。


『前じゃない』


「クロ?」


 フィアがこっちを見る。


「また?」


「……ちょっと待って」


 クロは何かを感じている。


「何がある?」


『分からない』


「でも左?」


『うん』


 俺はフィアを見る。


「左だと思う」


「なんで?」


「……勘」


「急に?」


「うん」


 かなり苦しい。


 フィアは疑うような顔をした。


 でも、壁へ近づいて耳を寄せる。


 少しして。


「……風」


「ある?」


「少し」


 俺は息を吐いた。


「じゃあ」


「まだ分からない」


 フィアは壁際へしゃがむ。


「でも調べる価値はある」


     ◇


 数分かけて壁際を調べる。


 俺にはほとんど違いが分からない。


 でもフィアは、1つの石の前で止まった。


「ここだけ少し色が違う」


「動かせる?」


「触らない」


「じゃあどうする?」


「待つ」


 また待つ。


 今度は長くなかった。


 低い音。


 ご、と。


 さっきと同じ。


 石が横へずれる。


「開いた」


 その先に見えたのは灰色の石壁だった。


 ルーメン。


 見慣れた通路。


「戻れた……」


 護衛が息を吐く。


 俺も力が抜けそうになる。


 でもフィアはまだ安心していなかった。


「全員、先に」


「フィアは?」


「最後」


「なんで?」


「閉じた時に誰か残ったら困る」


「俺が最後でも」


「駄目」


「なんで」


「足、怪我明け」


「そこ?」


「そこ」


 強い。


 仕方なく俺が先に抜ける。


 護衛2人が続く。


 最後にフィアが隙間を抜けた。


 直後。


 背後で石が擦れる。


 振り返る。


 開いていた道が少しずつ閉じていく。


 やがて。


 何もなくなった。


 ただの石壁。


 さっきまで確かに道があった場所。


 俺たちはそこを通った。


 なのに、今はもうない。


「……消えた」


 自分の声が思ったより小さかった。


 護衛の顔も青い。


「未帰還者も、これで……?」


 フィアが壁を見る。


「たぶん」


「同じ?」


「可能性は高い」


 俺も壁を見る。


 12人が消えたんじゃない。


 道が閉じた。


 もしそうなら。


 まだ向こうにいる。


 そう考えた瞬間。


 少しだけ。


 希望が生まれた。


     ◇


 ギルドへ戻ると、ミナさんは俺たちの顔を見るなり受付から立ち上がった。


「遅い」


「ごめん」


「何があったの?」


「道が閉じた」


 その一言で、ミナさんの顔が変わった。


「詳しく」


 会議室へ移動して、順番に報告する。


 壁が動いたこと。


 隙間が開いたこと。


 その向こうに黒い石の通路があったこと。


 湿気。


 土。


 植物。


 水。


 複数人分の足跡。


 そして帰り道が変わったこと。


 別の場所に出口が開き、そこからルーメンへ戻ったこと。


 ミナさんは一度も手を止めなかった。


「向こうの構造は?」


「分からない」


 フィアが答える。


「ルーメンとは違う。でも、別の迷宮だと断定できるほど見てない」


「人の痕跡は?」


「少なくとも5人分」


「生存確認は?」


「してない」


「声は?」


「聞こえなかった」


 ミナさんが一度だけ筆を止める。


「じゃあ、まだ12人全員の所在は不明」


「うん」


 俺は頷く。


「でも」


 言葉を続ける。


「12人が消えたんじゃないと思う」


 ミナさんがこっちを見る。


「少なくとも、壁の向こうへ行った人がいる」


 フィアも頷いた。


「その可能性は高い」


 ミナさんはしばらく何も言わなかった。


 やがて報告書を閉じる。


 その時には、もう仕事の顔じゃなかった。


「ルカ」


「なに?」


「無事でよかった」


「うん」


「本当に」


 その声で。


 少しだけ肩の力が抜ける。


「……ただいま」


 俺が先に言う。


 ミナさんが一瞬だけ驚いて。


 それから笑った。


「おかえり」


     ◇


 帰る前。


 フィアはもう一度地図を広げていた。


 俺も隣から見る。


 今日通った道。


 でも。


 どこにも書けない。


「どこに描けばいい?」


「描けない」


「なんで?」


「ルーメンの地図にない」


「地図外ってこと?」


「それだけじゃない」


 フィアが失踪地点の印を指す。


 1つ。


 2つ。


 3つ。


 4つ。


「今日の場所と他の壁。位置が合わない」


「どういうこと?」


「普通の通路として考えたら、途中で別の階層とぶつかる」


 俺も地図を見る。


 高さ。


 距離。


 階層。


 考えてみる。


 確かに変だった。


「じゃあ、あの道はどこにあるんだ?」


「分からない」


 フィアはしばらく地図を見ていた。


 やがて指先で、今日入った場所を軽く叩く。


「でも少なくとも」


 顔を上げる。


「知らない石壁の向こうに、知らない道がある」


 今は。


 それだけ。


 でも。


 昨日よりは進んだ。


 人が消えたんじゃない。


 道が閉じた可能性がある。


 なら。


 探せる。


 まだ。


 追える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。