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双醒のアルマ ――最弱の少年と、眠れる二つの古代武装――  作者: 白峰ユウ
双醒のアルマ I 始まりの迷宮 ~レベル1の少年と眠れる二つの古代武装~』

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第20話 3になった数字

 目を開けた時、最初に見えたのは白い天井だった。


 何度か瞬きをする。


 知らない場所じゃない。


 治療院。


 そう気づくまでに、少し時間がかかった。


「……戻ったんだ」


 声が掠れている。


 身体を起こそうとして、右肩に痛みが走った。


「っ……!」


『動くな馬鹿!』

『……寝てて』


 ほとんど同時に声が飛んできた。


 顔を向ける。


 壁際にベル。


 寝台のすぐ横にクロ。


 2人ともいる。


「おはよう」


『遅え!』

『……おはよう』


「どれくらい寝てた?」


『半日くらいだ』


「半日……」


 思ったより長い。


 でも。


 身体の重さを考えれば、それくらい寝ていてもおかしくなかった。


 右肩を見る。


 新しい包帯が巻かれている。


 左足首もしっかり固定されていた。


 脇腹と背中の傷にも処置がされている。


『起きたか』


「うん」


『腹減ってねえか?』


「最初にそれ?」


『生きるには食うだろうが』


「それはそうだけど」


 クロが俺を見る。


『水』


「あ」


 寝台の横に水差しがある。


 左手で取ろうとして。


 少し遠い。


 クロが手を伸ばしかける。


 でも。


 触れない。


 指がそのまま水差しをすり抜けた。


 クロは自分の手を見る。


『……無理』


「知ってる」


『忘れてた』


「クロでも忘れるんだ」


『……たぶん』


 少し笑う。


 今度は肩を動かさないように気をつけた。


     ◇


 しばらくすると、治療師が入ってきた。


「起きた?」


「はい」


「気分は?」


「身体中痛いです」


「正常ね」


「正常なんですか」


「その怪我で痛くなかったら、そっちの方が困るわ」


 治療師はそう言いながら右肩の包帯を確認する。


 傷口に触れられ、思わず身体が強張った。


「右肩は深い裂傷。ただし骨と腱は無事。運が良かったわね」


「腕は?」


「治れば問題なく動くはず」


 少しだけ息を吐く。


「左足は捻挫。こっちも骨折なし。背中と脇腹は浅い傷。肋骨も折れてないし、ひびも入ってない」


「じゃあ、思ったより」


「軽い?」


「……はい」


 治療師の眉が上がった。


「最低1週間、迷宮禁止」


「え」


「今の反応で決めた。絶対禁止」


「でも」


「最低1週間」


「……はい」


『当然だ』


 ベル。


 治療師には聞こえていない。


 俺はベルを見る。


『なんだその顔は』


「何でもない」


「誰と話してるの?」


「あ、いや。独り言です」


「頭は打ってないはずなんだけど」


「大丈夫です」


『大丈夫じゃねえだろ』


 無視する。


 治療師は少し不審そうな顔をしたものの、それ以上は追及しなかった。


「ギルドから事情を聞きたいって連絡が来てるわ。歩けるようなら、今日中に一度だけ行ってもいい」


「行きます」


「ただし、長引かせないこと」


「はい」


「あと」


 治療師が俺の右肩を指す。


「盾を持つのは禁止」


『なに!?』


 ベルが叫んだ。


 俺は反応しないようにする。


「……分かりました」


『待て小僧!』


 今は無視する。


     ◇


 ギルドまでは、杖を借りて歩いた。


 ベルは治療院へ置いていく。


 最初はものすごく文句を言っていた。


『俺様も行く!』

「持つなって言われた」

『引きずれ!』

「傷が開く」

『じゃあ背負え!』

「もっと駄目だろ」

『ぐぬぬ……!』


 結局。


 ベルが折れた。


『早く戻れ』


「分かった」


 クロは黒剣の本体を腰へ下げているから、一緒に来られる。


 ギルドへ着くと。


 受付ではなく、奥の小さな部屋へ通された。


 机。


 椅子。


 向かいにはギルド職員が2人。


 そのうち1人は、救助隊にいた男だった。


「身体は?」


「歩けます」


「見れば分かる。痛むかって意味だ」


「ああ。痛いです」


「なら手短にしよう」


 机の上には。


 灰牙狼の魔石。


 角笛。


 黒剣。


 そして。


 俺が書き足した地図が置かれていた。


     ◇


「最初から確認する」


「はい」


「お前はルーメン迷宮3階を探索中、昨日まではなかった床の亀裂を確認した」


「はい」


「撤退を選んだ。その途中で床が崩落した」


「そうです」


「落下した先は、通常の迷宮とは異なる構造だった」


「はい」


「黒い壁と床。白い線。読めない文字。それから、この盾と剣」


 職員が黒剣を見る。


 ベルは治療院だから、ここにはない。


「そうです」


「その後、ゴブリン5体と遭遇。3体を討伐。2体が逃走。そのうち1体が角笛を使用」


「はい」


「さらに撤退中に灰牙狼と遭遇」


「はい」


 救助隊の男が灰牙狼の魔石を指先で軽く転がした。


「こいつを倒した」


「……はい」


「どうやって?」


 そこは。


 さっきより細かく聞かれた。


「最初は正面から防ぎました。でも、ベル……盾の上を越えられて」


「ベル?」


「あ」


 一瞬。


 言葉が止まる。


「盾に勝手に名前をつけました」


「……そうか」


 職員が少しだけ変な顔をした。


 クロを見る。


 もちろん。


 誰にも見えていない。


「それで?」


「灰牙狼は盾の正面を避けるようになりました。壁も使って方向を変えてきたので、その癖を利用しました」


「癖?」


「壁を蹴る位置に、ゴブリンから拾った短槍を固定しました。完全に止めるためじゃなくて、踏み位置をずらすためです」


 紙へ簡単に描く。


「それでも避けられました。でも後ろ脚が槍に触れて姿勢が崩れた。その先へ盾を置いて、逃げる方向を減らしました」


「それから?」


「黒剣で」


 首と胸の間。


 あの感触を思い出す。


「刺しました」


 職員2人が黙る。


「……最初からそこまで考えていたのか?」


「違います」


 首を振る。


「最初の作戦は失敗しました」


「失敗?」


「何度も」


 ベルの上を越えられた。


 壁を使われた。


 同じ手を覚えられた。


 届かなかった。


 逃げようとして。


 逃げ切れなかった。


「その度に変えました」


「なるほど」


 救助隊の男が息を吐く。


「だからあの怪我か」


「たぶん」


「褒めてないぞ」


「分かってます」


 本当に。


 分かっていた。


     ◇


「問題は、ここからだ」


 もう1人の職員が地図を開く。


「今朝、調査隊を出した」


「もう?」


「灰牙狼の魔石まで出てきたからな。放置はできない」


 指が3階を示す。


「お前が最初に亀裂を見た場所。そこも確認した」


「ありました?」


「何もない」


「……え?」


「床は正常。壊れた跡もない。崩落した穴もない」


「そんな」


 思わず身を乗り出す。


 右肩が痛んだ。


「っ……」


「無理するな」


「でも、俺はそこから落ちました」


「分かってる」


「なら」


「だから調べてる」


 職員は淡々と言った。


「壁の破損も確認できない。周辺を叩いて調べたが、空洞らしい反応もなかった」


「……空洞も?」


「ああ」


 地図を見る。


 自分が歩いた。


 ゴブリンと戦った。


 灰牙狼を倒した。


 あの黒い場所。


 それが。


 ない?


「6階までの既存地図とも照合した」


「6階?」


「落下距離が正確じゃないからな。下層も含めて調べた」


 職員が首を振る。


「お前が描いた通路に一致する場所はない」


「……」


 嘘じゃない。


 俺は見た。


 ベルも。


 クロも。


 そこにいた。


 でも。


 今。


 証明できるものは。


 机の上にある灰牙狼の魔石。


 角笛。


 黒剣。


 治療院にあるベル。


 それだけ。


「信じてもらえませんか」


「そうは言ってない」


 職員がすぐに答えた。


「証拠がないものを、確認済みとは書けない。それだけだ」


「……ああ」


 それは。


 そうだ。


 俺だって。


 逆の立場なら。


 信じられるか分からない。


「正直、俺も……まだ信じられないです」


 自分で言って。


 少し変な感じがした。


 実際に経験したのに。


 それでも。


 全部夢だったと言われた方が納得しそうなくらい。


 おかしかった。


「調査は続ける」


 職員が言う。


「迷宮の構造変化が本当に起きたなら、また何か残るかもしれない」


「分かりました」


「お前は休め」


「はい」


「最低1週間」


「治療院でも言われました」


「なら話が早い」


 逃げ道がなくなった。


     ◇


「最後にもう1つ」


 職員が立ち上がる。


「測定しておこう」


「今ですか?」


「灰牙狼と戦ったんだ。状態確認も兼ねてな」


 隣の部屋へ移る。


 そこに。


 測定晶があった。


 見慣れた透明な結晶。


 何度。


 ここに手を置いただろう。


 最初の頃は。


 毎回少しだけ期待していた。


 次こそ。


 今度こそ。


 でも。


 いつからか。


 見る前から分かるようになった。


《1》


 昨日も。


 その前も。


 半年前も。


 ずっと。


「手を」


「はい」


 左手を測定晶へ置く。


 冷たい。


 いつもの感触。


 白い光が灯る。


 俺は。


 もう。


 期待しなかった。


 たぶん。


 また1。


 灰牙狼を倒した。


 それでも。


 今までだって魔物は倒してきた。


 何も変わらなかった。


 白い光が広がる。


 一拍。


 ほんの少し。


 長い。


 そして。


 数字が浮かんだ。


《3》


「……」


 見ている。


 でも。


 意味が分からない。


《3》


「……3?」


 声に出してから。


 初めて。


 その数字が。


 自分のものだと気づいた。


「え?」


 職員も測定晶を見る。


「3?」


「……はい」


「待て」


 職員が記録を見る。


「前回は1だな」


「ずっと1です」


「もう1度測る」


「はい」


 一度。


 手を離す。


 呼吸をする。


 もう1度。


 左手を置く。


 白い光。


 また。


 一拍。


《3》


 変わらない。


 3。


「……本当に」


 胸の奥が。


 少しずつ。


 熱くなってきた。


 たった2つ。


 1が。


 3になっただけ。


 それなのに。


 ずっと。


 何をしても動かなかった。


 倒しても。


 鍛えても。


 迷宮へ通っても。


 同じだった。


 その数字が。


 初めて。


 変わった。


『……3』


 クロが測定晶を見ている。


 職員には聞こえない。


 俺だけに届く声。


『当然だ! 俺様と組んだんだからな!』


 治療院に置いてきたはずのベルの声が。


 頭の中へ響いた。


「うわっ」


「どうした?」


「いや……何でもないです」


『聞こえてるか小僧!』

「聞こえてるよ」

「何が?」

「独り言です」


 まずい。


 職員の視線が痛い。


『3だぞ! 3!』

「分かったから静かにして」

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫です」


 クロがぼそっと言う。


『ベル、うるさい』


『めでたいんだからいいだろうが!』


 思わず。


 笑った。


 肩が痛む。


 でも。


 今は。


 少しくらいならいい。


     ◇


「灰牙狼の討伐経験が大きかった可能性はあるな」


 職員が記録を書きながら言った。


「灰牙狼が?」


「可能性だ」


「……」


「成長の仕方には個人差がある。今回だけで何かを断定はできない」


「はい」


 俺はもう1度。


 測定晶を見る。


《3》


 ロゼの顔が浮かんだ。


 約束の古木。


 一緒に強い冒険者になろう。


 あの日から。


 ロゼはどんどん先へ行った。


 俺は。


 ずっと1だった。


 追いついたわけじゃない。


 そんなわけない。


 ロゼはS級で。


 俺はまだF級だ。


 それでも。


 初めて。


 自分の側の数字が動いた。


「……3」


 もう1度。


 小さく言う。


 今度は。


 少しだけ。


 実感があった。


     ◇


 測定晶から手を離そうとした時。


 数字の奥に。


 何かが走った。


「……ん?」


 白い。


 細い線。


 横に。


 一瞬だけ。


 光った。


 すぐに消える。


「どうした?」


「今、何か」


「何か?」


 測定晶を見る。


 普通だ。


《3》


 それだけ。


「……光が反射しただけかも」


「そうか」


 職員は気にしていない。


 俺も。


 それ以上は考えなかった。


 今日は。


 考えることが多すぎる。


     ◇


 部屋を出る前。


 廊下の向こうから、別の職員が早足でやってきた。


「すみません」


「どうした?」


「ルーメン迷宮の別区域で、帰還予定を過ぎている冒険者が1名」


 足が止まった。


 職員の顔つきが変わる。


「どれくらいだ?」


「まだ大幅ではありません。ただ、申告時刻を超えています」


「救助準備だけ始めろ。通常手順でいい」


「はい」


 職員が走っていく。


 俺は廊下の先を見る。


 昨日。


 自分も。


 帰還予定を過ぎた。


 それだけなら。


 珍しい話じゃないのかもしれない。


 道に迷うこともある。


 怪我をすることも。


 帰りが遅れることも。


 でも。


 頭の中に。


 何もなかった床。


 存在しなかった穴。


 黒い壁。


 白い線。


 消えた空間。


 それらが浮かんだ。


「……大丈夫かな」


『分からない』


 クロが答える。


 分からない。


 今は。


 それしかない。


     ◇


 治療院へ戻ると。


 ベルが待っていた。


『遅い!』


「ギルドに行ってたんだから仕方ないだろ」


『それより3だ!』


「知ってる。俺が測ったんだから」


『俺様の力だな!』


「お前らのせいだけじゃないだろ」


『何だと!?』


 クロが黒剣のそばへ座る。


『……3』


「クロもそれ気に入ったの?」


『1じゃない』


「うん」


 短い言葉だった。


 でも。


 それだけで。


 また胸の奥が少し熱くなった。


 ベルがいる。


 クロがいる。


 2人とも。


 ちゃんと帰ってきた。


 俺も。


 帰ってきた。


 誰も置いていかなかった。


 灰牙狼に勝ったことより。


 今は。


 その方が大きかった。


 寝台へ横になる。


 右肩も。


 左足も。


 まだ痛い。


 明日になっても。


 すぐには迷宮へ戻れない。


 レベル3になったからって。


 急に何でもできるようになったわけでもない。


 F級なのも変わらない。


 分からないことも。


 たくさん残っている。


 ベルとクロは何なのか。


 あの場所は何だったのか。


 どうして消えたのか。


 どうして。


 俺の数字が動いたのか。


 それでも。


 目を閉じる前に。


 もう1度だけ。


 あの数字を思い出した。


《3》


 昨日までとは違う。


 初めて。


 動いた数字。


 俺は少しだけ笑って。


 目を閉じた。


 その夜。


 ルーメン迷宮の別区域で。


 もう1件の帰還遅延が報告された。

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