第11話 5体
床に残っていた足跡は、思っていたより多かった。
俺は灯具を低くして、重なった跡を追う。大きさは、さっき倒したゴブリンとほとんど同じ。けれど向きがばらばらで、同じ場所を何度も行き来している。
1つ。
2つ。
重なっていて分かりにくい。
それでも。
「……少なくとも5体」
『5体くらいなら――』
「待って」
ベルの言葉を止める。
「さっきは2体だった」
『だからなんだ。倍ちょっとだろ』
「倍ちょっとで済むかどうか分からない」
2体なら、片方をベルで止めて、もう片方を見る余裕があった。
5体なら。
同じことができるとは限らない。
クロが床を見たまま呟く。
『……散ってる』
「足跡?」
『うん』
確かに。
1列になって歩いている感じじゃない。
右へ向かう跡。
左へそれた跡。
壁際。
中央。
ばらけている。
群れなのか。
それとも、もっといるのか。
まだ分からない。
俺は立ち上がり、周囲を見る。
通路の先は少し広くなっていた。奥に壊れた石柱。壁際には瓦礫。左には細い側道がある。
逃げるなら、あそこ。
戦うなら。
広い場所へ出る前に位置を決めた方がいい。
「行く。ゆっくり」
『おう』
『……うん』
ベルを少し斜めに構える。
クロの柄へ手を添える。
まだ敵は見えない。
けれど。
遠くで。
プッ、と。
何か短い音がした。
「……今の」
『笛か?』
ベルが奥を見る。
俺も同じ方向を見る。
音は1度だけ。
それ以上は続かなかった。
「分からない」
でも。
覚えておく。
◇
先へ進むと、最初の1体が見えた。
短剣。
正面。
その少し後ろ。
長いものを持った影。
「槍……」
『右、石』
クロの声。
反射的に右を見る。
瓦礫の向こう。
もう1体。
投げる構え。
「3体」
『左にもいるぞ!』
ベル。
左の石柱の陰から、棍棒を持ったゴブリンが出てきた。
「4体……」
さらに奥。
少し離れた位置に。
戦わず立っている1体。
手に細長い物を持っている。
角。
いや。
笛。
「……5体」
さっきの足跡。
少なくとも。
その数は合っていた。
ゴブリンたちは一斉には来なかった。
正面の短剣持ちが先に出る。
槍持ちは、その少し後ろ。
棍棒持ちは左側。
投石は距離を取ったまま。
奥の1体は動かない。
「……役割が違う」
『来るぞ!』
正面。
短剣。
ベルを出す。
ガキン、と刃が盾へ当たる。
衝撃は軽い。
そのまま盾面を少し押す。
ゴブリンの身体が後ろへ崩れる。
『届く』
クロ。
分かってる。
黒剣を抜く。
踏み込もうとした瞬間。
『右、石』
「っ」
足を止める。
頭を引く。
石が目の前を通った。
その間に、短剣持ちが下がった。
『前、槍』
長い切っ先が、ベルの横から伸びる。
盾を右へ。
『正面だ!』
「分かってる!」
槍を防ぐ。
でも。
左。
棍棒持ち。
盾を右へ動かしたせいで、左側が空いた。
「ギャッ!」
振り下ろされる。
身体を後ろへ引く。
棍棒が胸元をかすめ、壁へ当たる。
ゴン、と鈍い音。
避けた。
でも。
もう次が来る。
短剣。
投石。
槍。
方向が違う。
『右、石』
『前だ!』
『槍』
「待って!」
情報が重なる。
間違ってはいない。
ベルも。
クロも。
ちゃんと見ている。
でも。
俺が追いつかない。
◇
正面の短剣をベルで受ける。
押し返す。
投石。
首を傾けて避ける。
『槍』
クロの声。
盾を動かす。
間に合う。
槍先がベルの縁を滑った。
その瞬間。
左から棍棒。
「くっ」
盾を戻すには遅い。
黒剣で受けるのも無理。
身体を捻る。
棍棒は外れた。
でも。
『右!』
遅れた。
槍がもう1度来ていた。
「っ!」
避けきれない。
切っ先が右肩の外側を走った。
熱い。
服が裂ける。
一拍遅れて、痛みが来た。
「ぐっ……」
右腕は動く。
深くはない。
でも。
血が流れている。
『ルカ!』
ベルの声が変わった。
『下がれ! 俺様を前に出せ!』
「待って」
『いいから下がれ!』
大盾が視界を塞ぐ。
「ベル、見えない!」
『見えなくていい! 俺様が全部受ける!』
「よくない!」
盾の向こう。
足音。
どこ。
『右、石』
石が盾へ当たる。
ゴッ、と衝撃。
その直後。
『左』
「何が!」
『棍棒』
見えない。
盾を少し下げる。
棍棒持ちがもう近い。
「くそっ」
ベルを横へずらす。
今度は正面が空く。
短剣持ちが来る。
2体。
同時。
これじゃ駄目だ。
守ろうとするほど。
動けなくなる。
「ベル、戻して!」
『だが傷が!』
「動ける!」
『血が出てるだろうが!』
「それでも見えない方が危ない!」
一瞬。
ベルが黙る。
その隙に。
投石。
肩を引く。
避ける。
でも。
槍が来る。
黒剣で弾こうとして。
やめた。
長さが違いすぎる。
ベルを出す。
ガキン。
受ける。
その衝撃が右肩へ響いた。
「っ……!」
痛い。
それでも。
まだ持てる。
まだ戦える。
◇
5体を全部見るのは無理だ。
なら。
見る数を減らす。
俺は周囲を確認する。
壊れた石柱。
瓦礫。
左の細い側道。
そして。
手に持っている灯具。
投石持ちが石を構える。
その向こう。
棍棒。
槍。
短剣。
こいつら。
ずっと暗い場所にいる。
灯具を向けた時。
一瞬。
目を細めた。
「……これなら」
『何する気だ?』
「少しだけ、目を借りる」
『は?』
投石。
来る。
『右、石』
避ける。
そのまま灯具を握り直す。
「ベル、正面」
『任せろ!』
「クロ、近い奴だけ」
『……うん』
短剣持ちが来る。
棍棒も。
槍は少し後ろ。
今。
俺は灯具を投げた。
『おい!』
ベルの声。
『灯りを捨てたぞ!?』
「後で拾う!」
灯具は床へ当たり。
跳ねる。
橙色の光が急に横から広がった。
「ギャッ!」
短剣持ちが顔を背ける。
棍棒持ちも一瞬だけ視線をそらした。
ほんの一瞬。
それでいい。
『今』
クロ。
ベルを少し右へ。
短剣持ちの逃げ道を塞ぐ。
左。
そこしかない。
踏み込む。
黒剣を振る。
相手も気づく。
短剣を上げる。
ぶつかる。
軽い音。
そのまま押す。
刃が肩口へ入った。
ゴブリンが倒れる。
「1体!」
止まらない。
灯具の位置が変わったせいで、影も変わった。
投石持ちは少し狙いづらそうにしている。
槍持ち。
来る。
「ベル、左へ押す!」
『おう!』
槍持ちの正面へ出る。
切っ先。
長い。
まともに相手をしない。
俺は少しずつ右へ下がる。
相手も追う。
右。
壊れた石柱。
さらに。
瓦礫。
『槍』
「分かってる」
突き。
ベルで外へ流す。
もう1度。
下がる。
槍持ちが踏み込む。
石柱の近く。
「今じゃない」
クロが何も言わない。
槍が突き出される。
俺は身体を引く。
槍先は外れる。
そのまま長い柄が。
石柱の割れ目へ引っかかった。
「ギッ?」
「ベル!」
『任せろ!』
大盾を前へ。
体当たりじゃない。
盾面で槍の柄ごと押す。
ゴブリンの腕が詰まる。
間合いが消える。
『近い』
クロ。
踏み込む。
短い距離。
振る。
黒剣が脇腹へ入る。
槍持ちが崩れた。
「2体」
息が荒い。
右肩も痛む。
でも。
まだ3体。
◇
残ったのは。
棍棒。
投石。
角笛。
棍棒持ちが前へ出る。
投石持ちは少し離れたまま。
角笛持ちは。
下がっていた。
「……あいつ」
手に持っていた物を。
口元へ上げる。
「呼ぶ気だ」
『追うぞ!』
ベル。
「待って」
距離がある。
角笛持ちまで行くには。
棍棒。
投石。
2体を抜けないといけない。
「クロ、届く?」
クロが角笛持ちを見る。
『……遠い』
届かない。
今の黒剣じゃ。
そこまで。
棍棒持ちが叫ぶ。
前へ。
角笛を守るつもりなのか。
ただ近くの俺を殴るだけなのか。
分からない。
でも。
邪魔なのは同じ。
『右、石』
投石。
頭を下げる。
石が後ろへ。
その瞬間。
棍棒が来る。
『正面!』
ベル。
大盾を出す。
ゴッ!
「ぐっ!」
衝撃が。
右肩まで突き抜けた。
傷が熱い。
腕が少し下がる。
『ルカ!』
「大丈夫!」
大丈夫じゃない。
でも。
今止まる方が危ない。
棍棒持ちがもう1度振り上げる。
俺はベルを正面へ出したまま。
少しだけ左へ傾ける。
棍棒が盾面へ当たる。
滑る。
相手の身体が前へ流れた。
『今』
クロ。
黒剣。
振る。
刃が胸元へ入る。
ゴブリンが床へ倒れた。
「3体……!」
息を吸う。
顔を上げる。
残り2体。
投石。
角笛。
角笛持ちは。
もう笛を口へ当てていた。
「待て!」
走ろうとする。
投石が来る。
ベルを上げる。
ガンッ!
止められる。
でも。
足が止まる。
距離が縮まらない。
「クロ!」
『遠い』
分かってる。
でも。
行かないと。
角笛持ちが大きく息を吸った。
俺は踏み込む。
投石持ちが前へ出る。
邪魔だ。
間に合わない。
角笛が。
鳴った。
短く。
けれど。
静かな地下の奥へ。
嫌になるほど遠くまで。
その音は響いていった。




