外での彼女と俺の姿
トントンとリビングの方から包丁で何かを切る音が寝起きの俺の耳に届き、重い瞼をゆっくりと開ける。身体を起こしながら寝室の時計を見ると時刻は朝の七時、まだ登校するまで時間がある。
中学までの俺だったらこのままギリギリまで二度寝をしてから登校しただろう。うちの両親は共に忙しく朝食もトースト一枚に牛乳一杯だけということが少なくなかったからだ。正直食べても食べなくても変わらない。
しかし──高校に入学して親元を離れてマンションで一人暮らしを始めてから幼馴染の美緒も隣に越してきた。それからというもの美緒は朝早く起きてはうちのリビングで二人分の朝食を作るようになった。
「あ、起きたんだご飯できてるよ!」
寝室のドアが開き、ひょいっと美緒は顔を出してそれだけ言い残すとまたリビングに戻っていった。
(いつも朝から元気に行動出来る秘訣今度教えてもらおうかな……)
そんなことを考えながら遅れて寝室を出てリビングに向かった。
「相変わらず、全然トースト焼いといてくれるだけとかそんな感じでも良いんだぞ?」
リビングに入ると美緒は朝のニュースをソファに座って見ていた。俺は食卓に置かれた和食を眺める。正直幼馴染とはいえ食費も全部向こう持ちで作ってもらうのは気が引けるばかりだった。
「また、同じこと言ってるー私の隣に住んでる以上はそんなこと許しません」
「じゃあ、せめて食費くらいは出させてくれ」
「かっこつけてそんな余裕ない癖に」
「う……」
事実、美緒の言う通りなので言葉に詰まる。正直、うちの私立柏木学園高校の学費は高い。どうやって払っているかといえば、親の金と生活は仕送りを少し、そして小学生の頃から勉強していたプログラミングのスキルでちょくちょく稼いだお金で節約しながら暮らしていた。
入学から一か月半はそうして限界一人暮らしをしていたのだが、そこに現れたのが救世主の幼馴染というわけである。
「つべこべ言わずに甘えておけばいいの、お返しなら私がしてほしいタイミングでしてもらうから」
「まあ、そういうことなら……いただきます」
俺が手を合わせておかずを一口二口食べ、あまりの美味しさに言葉にならない声を上げているのを美緒は「ふふっ」と笑みを浮かべて眺めていた──。
柏木学園高校は全国でも有数の進学校で偏差値は七十九、入るだけでもトップクラスの学力が要求される中でさらに主席合格、次席合格者にはそれぞれ奨学金が出る。
その次席合格者が俺であり、おかげで同じ新入生の間でも高野祐樹という名前は知れ渡っていた。まあ、奨学金は思っていたよりも微々たるものでせいぜい毎日の学食代をチャラに出来る程度なのだが。
「おっはよう!次席さん」
途中、他クラスの顔見知りと挨拶を交わしながら一年二組の教室に入ると俺の前の席の篠崎徹が大げさなくらい明るく挨拶をしてきた。
「徹、いい加減その呼び方するのやめようよ高野くん毎回微妙な顔してるし」
そう言って篠崎を軽くたしなめているのは隣の席の宮下香織、この二人とは進学塾で友達になった。三人一緒に受かるだけでも奇跡だが、クラスまで一緒になった時は一周まわって得体の知れない恐怖を覚えた記憶がある。
「そうだぞ、徹あんまり酷いとテストの時知らんぞ」
「待って待って、悪かった。俺の中で朝の一発目はそういう呼び方で行くってルーティンがあるんだよ」
「どんなルーティンだよ」
「高野くんも徹も毎日朝から元気だねー」
香織はぷかぷかと欠伸をしながら、ふと視線が教室の前方に定まる。視線の先に居たのは美緒だった。男女共に結構な数の生徒に囲まれて話している。整った顔に艶のある長い黒髪、背筋は常に伸びていて細く繊細な手を口元に当てておしとやかな笑みを浮かべる姿は遠目から見ても清楚で可憐だ。
「雪乃さんあの容姿で主席で人気者、同じ女子として羨ましいー」
そんなことをこぼしながら再び欠伸をする香織、よほど眠いらしいが俺も同じで机に突っ伏したら数分もしないうちに寝れる。ただ優等生のイメージを損なうからいつも我慢しているだけだ。
「なんだ、香織も負けてないと思うがな、なあ高野」
「ん、ああそうだな」
しまった急に振ってくるから、ついぼやっと返してしまった。
「あはは、徹も高野くんも褒めてもなにもないよ、あと高野くんの返事心こもってない」
案の定、香織は俺にだけ冷めた視線を送ってきた。
そんなやりとりをしていると朝のホームルーム開始のチャイムが鳴り、若い担任教師が入ってきた。この二人や一部の生徒には俺と美緒が隣同士で幼馴染であることは知られている。
でも本当の美緒の姿は知られていない、それは俺にしたってそうでお互いに素の姿は外では見せないのだ。
いや、俺もまだ美緒の本当の姿の全貌を知っているわけではないのかもしれないとふと前方に座る彼女の背中を見て思った──。




