第1章 星見ヶ丘学園
ここは、星見ヶ丘学園。この国で最大のマンモス校だ。校門近くには桜の並木道があり、春ごろには毎年満開を迎え、多くの生徒で賑わう。
そこの理事長を勤める、星見瑠璃子。
仕事も完璧で、生徒のことを第一に思っている。そんな彼女の元を訪れる、帽子を深く被り、髪も全て帽子の中にまとめた一人の若い女性がいた。
――コンコン。
「失礼します。」
書類の整理をしていた星見瑠璃子は、頭を上げてノックして入ってきた女性に笑いかけ、来賓用のソファを促した。
そして、その向かいに自分も座った。
「あぁ、来たわね。そこに座ってちょうだい」
「こんにちは、叔母さん」
その女性は、帽子をゆっくり取り、瑠璃子に微笑む。入ってきたのは、Kaoruだ。瑠璃子の妹、菫の娘。つまりは瑠璃子の姪にあたる。
「久しぶりね、菫から大体の事情は聞いてるわ。編入の手続きはこっちで大体終わらせてるから。これで、来週からうちの生徒よ」
「ありがとうございます。今度こそ普通に暮らせます。」
Kaoruは、深々と頭を下げる。
『Kaoru』。本名、藤田薫子。雑誌やテレビ、CMに引っ張りだこの人気のモデルタレントだ。芸能界に詳しくない人でも一度は見たことあるくらい、有名人である。中学生で旅行に来た際に、街中を歩いているとモデルにスカウトされて、今に至る。
本来なら芸能コースのある学校へ進学する選択肢もあった。しかし、薫子はそれを断った。理由は単純。
「今度こそ、ごくごく普通の高校生活を送りたいんです。」
その言葉を聞き、瑠璃子は苦笑した。
「前の学校でも同じこと言ってなかった?」
「…はい…言いました」
「結果は?」
「入学3日で即バレしました……」
「でしょうね」
瑠璃子に即答され、薫子は、脱力して机に突っ伏した。
「学校行くだけで毎回ひとだかりが出来るんですよ~?この前だってカフェでバレて大騒ぎになっちゃったし……」
自嘲気味に言った
「人気者は大変ね」
「他人事じゃないです!」
顔を上げて瑠璃子に向き直った
「だって事実でしょ?」
瑠璃子は、何やら楽しそうだった。薫子は、思わずため息をついた。
――人気なのはありがたい。仕事もやりがいがあるし楽しい。評価されるのは嫌いじゃない…エゴサだって暇さえあれば毎日している。いい感想を見つけた日には、布団の中で何度も読み返して宝物にしている。……だけど――
「私は、普通に購買でパンを買ったり、友達と放課後カフェに寄り道とかしてみたいんです……」
「高校生らしい願望ね。」
「高校生ですから。」
「安心しなさい。この学校は生徒数も多いし、芸能関係者も少ないから」
「本当ですか……?」
希望の光が見え、薫子は思わず身を乗り出す。
「えぇ。他の先生方には『深い事情があって体を壊しやすい子』として扱ってもらうように話は通してあるわ。もし、平日に仕事が入って欠席せざるを得ない状況になっても大丈夫よ。……それに――」
瑠璃子は意味深に笑い、薫子を見つめる。
「変装も完璧なんでしょ?」
その言葉に薫子は頷き、鞄からウィッグと伊達メガネを取り出した。
―――数分後。
薫子の変装をみた瑠璃子は、目を丸くした。
「……誰?」
「そう言ってくれるなら、安心ですね」
そう笑っている薫子の姿は、さっきまでの華やかなモデルの姿は見る影もないものだった。
プラチナブロンドのロングヘアだった髪は、黒髪ロングの二つ結びの三つ編みになっている。そして、伊達メガネでもともとの青眼は目立たない。見た目は、地味で大人しそうな高校生だ。
薫子は、鏡に写った自分を見て力強く頷いた。
「これなら絶対にバレません。いや、バレるはずがありません。」
薫子は自信満々に胸を張って言う。瑠璃子は、何とも言えない表情で薫子を見ていた。そして、呆れるように
「その台詞、フラグっぽいからやめなさい?」
「大丈夫ですって」
「本当に?」
「卒業まで絶対誰にもバレません」
「断言したわね。」
「断言します。バレない自信しかありません。」
「わかった。その言葉、信じるわ。うちの生徒には気兼ねなく楽しく暮らしてほしいもの」
「ありがとうございます、叔母さん」
薫子にとって、念願の学園生活が待ち受けている。その目には『絶対にバレないようにする』という決意と、『待ちに待った普通の高校生活』への期待で溢れている。
だが、このときの薫子には知る由もなかった。数日後に、自分の正体を見破る男子高校生が現れることを――――




