第二章 第10話 『 ひとりぼっちの殺し屋 2 』
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依頼は日が経つごとに増えていった。
最初の一週間は一人ずつ。次の週は二人。
そこから三人、四人、五人……
私の心は徐々に、人を殺す楽しさを覚えていった。
人を殺すことで褒められる。
食べ物がもらえる。
住む場所が与えられる。
殺すことで対価が得られる満足感。
次は何で人を殺そうか。
何人殺せるかな。
この武器は使えるかな。
殺すことへの好奇心。
この楽しさは、何にも代えられないものだった。
特に毒を使った殺しがお気に入りだ。
苦しむ表情。
生きたいと足掻く声。
徐々に薄れゆく生命。
これを見るのが本当に楽しかった。
これでしか得られない特別な何かが、それにはあった。
そこから私は毒を使うのが主流となっていった。
他の暗殺仲間からは「アイツは手に負えない」、「あんな素晴らしい逸材はあの子以外に存在しないだろう」と、尊敬と畏怖の念を持たれていた。
そんなある日、老人が一人の少年を連れてきた。
年齢は私の一つ下で十四歳。
生気のない表情で「早く殺してくれ」という顔をしていた。
まるで、あの頃の私を見ているようだった。
だがある日を境に、圧倒的なデカさの体格と力を持った彼が、今まで私を尊敬してきた人間を搔っ攫っていった。
初日で十五人殺し。
今までの記録にもない偉業を成し遂げたのだ。
私の下から一人、また一人と消えていく。
来たとしてもそれは依頼だけだ。
尊敬も何もない。
畏怖だけが残ったただの殺し屋。
ひとりぼっちの殺し屋だ。
私は次第に彼への殺意を抱いていった。
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「なぁ、最近アイツ調子乗ってねぇか?」
「わかる。いつも「俺が最強だ」とか言って威張ってちょっと腹立つんだよね」
耳元に入ってきた男女のコソコソ話。
最近入ってきた少年。
名前はオリオン。
体格がデカく、態度もデカい。
だが、実力は本物だ。
私から、あらゆるものを奪っていった男。
殺意の矛先。
「なぁ、誰がアイツを殺せるか賭けしようぜ」
「えぇ~、誰も乗らないよぉ」
「大丈夫だって。確かアイツ最近結婚したんだろ?
ならその嫁さんを狙って――」
「おい、何喋ってんだ?」
男性が喋るその背後。
オリオンが険しい顔で立っていた。
「嫁を、殺すだって?」
怒りに満ちたその言葉は、徐々に強くなっていった。
周りにいた人たちは皆、屋外へと逃げていく。
「俺を殺すのはどうでもいい、殺したければ殺せ。
だがな――」
オリオンは男性の頭を掴み、そのまま持ち上げる。
「関係ない嫁に手を出すのは間違ってねぇか?」
掴まれる頭部がミシミシと音を立て、男性は苦痛の表情を浮かべている。
「何だその顔は。俺を殺すとかほざいてたやつがなんでそんな顔をするんだ。
殺そうとするなら、それ相応の覚悟があるんだろ?そんな覚悟もないのに、殺すとか言ってんじゃねぇ!!」
バキッ!!
鈍い音と共に男性を床に放つ。
ガクンと項垂れ倒れ込んだその男性は、頭部を潰されていた。
「おい、この中に俺を殺したい奴がいるんならかかって来いよ。
俺が捻り潰してやる」
その時のオリオンの背後には、鬼が宿っているようだった。
それから、オリオンに対する陰口をする者はいなくなった。
だが、畏怖する者が増え、尊敬する人は誰一人としていなくなった。
そいつらは手のひらを返して、私の下へ帰ってきた。
全く嬉しくなかった。
何も考えていない。
ただ人気者に着いて行きたかった金魚の糞。
そうすれば、おこぼれがもらえると思っていたから。
自分も有名になれると、勘違いしていたから。
そんな莫迦どもに呆れていた。
オリオンへ抱いていた殺意も薄れるほどの、馬鹿々々しい手のひら返し。
そんな意志の弱い暗殺者は、すぐに死んでいく。
何もできずに死んでいく。
後悔して死んでいく。
後悔して後悔してそしてこういうんだ。
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「アイツのせいで、こうなったんだ」
―――――――――――――――――
他責。
人のせいにする。自分が蒔いた種なのに。
自分が行ってきた行動なのに。
それを人のせいにする。
オリオンのせいにする。
そんな人間はこの世にはいらない。
全部自分の不始末で片付けられない人間は、この世にいてはならない。
殺そうとするなら、殺されそうになることもある。
当然だ。それが当たり前なのだ。
そんな覚悟もない、意志も弱い殺し屋は
「この世にいらないだろ」
ハッと我に返る。
薄暗い一室。
ぼやける視界が、真っ赤に色付いていた。
手にはべたりと血痕のついたナイフ。
床には、愛用している毒の瓶。
そして――
私をここに連れてきてくれた。
私を救ってくれた老人の首がゴロンッと転がっていた。
「――――――ッ!」
声にならない叫びをあげる。
これは。
これは私がやったのか?
いや、私がやったのか。
だって手には血の付いたナイフだってある。
毒の瓶だって転がってる。
「これまた酷い有様だな」
入口の向こう。
オリオンが呆れた顔で立っていた。
「ここまでする必要なかっただろ?」
「……」
「おいおい無視かよ」
床に転がった死体を踏みながら、私の下に近づいてくる。
「はっ。なんて顔してんだ、せっかくの可愛い顔が台無しじゃねぇか。
笑えよ、同族殺し」
「同族殺しなんかじゃ……」
「同族殺しだろ?あぁそうか、こいつらのこと同族って思ってなかったのか。
ま、そりゃそうか。こいつらそんな気ねぇもんなぁ」
死体を漁りながら、そう話すオリオン。
その背中は隙だらけだった。
――今ならコイツを殺せるんじゃないか?
薄れたとはいえ未だ残り続けるオリオンへの殺意。
これを解放するのは今なんじゃないか?
ナイフを持ち換え、瓶から零れ出た毒を刃に付ける。
そして、ゆっくり歩きだし――
「殺意を殺しきれてねぇ。バレバレだぜ」
オリオンは死体を漁りながらも、私の行動に気づいた。
だが、この衝動は止められない。
一度殺すと決めたら、殺す。
それが私――アンタレスの役目だ。
「……いいねぇ、お前殺し屋の素質あるよ」
目の前にいたはずのオリオンの姿が一瞬にして消えた。
「なぁ、知ってるか?夜空に輝く星の中に俺らと同じ名前の星があるの」
周りを見渡すが、オリオンはどこにもいない。
「さそり座の中で赤く輝く一等星『アンタレス』。
そのさそり座から隠れるように、反対側にいるのが『オリオン』」
「……何が言いたいの」
「このオリオンはオリオンじゃねぇってことだ」
意味が分からない。
脳まで筋肉でできているのか?
「蠍の毒で殺されたオリオンは、蠍から逃げるように反対に位置する。
そんなのダセェ。殺られたなら殺り返せばいいだろ?わざわざ星座になってまで逃げかえるとか、ダサすぎるぜ」
「だから何が言いたいの――」
「俺は、そんな男にはならねぇ。そんな『オリオン』にはならねぇってんだ」
さっきまでなかったはずのオリオンの姿が元の場所に現れる。
そのままゆっくりと振り返る。
その手には、弓が持たれていた。
「俺を殺すなら、殺される覚悟があるってことだろ?」
オリオンが弓を引く。
「なら、別にいいよな?」
矢が放たれ、頬の横をかすめる。
勢いよく放たれたその矢には、私への殺意が込められていた。
当たったら確実に死ぬ。
でも、当たらなければどうということはない。
全て避けきれば――
「ぼーっとしてんじゃねぇよ」
オリオンの姿を再び目に捉えたころにはもう、遅かった。
右肩、左脚、腹に違和感があった。
その違和感を感じ取った瞬間
激痛が私の身体を蝕んだ。
「――――――ッァア!!」
矢を入れられた。
いつだ?
アイツは弓を構えてなかった。
矢を放った音すらしなかった。
「だからぼーっとしてんじゃねぇよ」
右目、左肩に矢を入れられる。
視界が右だけ何も見えなくなる。
「俺は最強だ、だから誰にも負けねぇ。
だが、元最強のお前を殺したらもっと最強になれるだろ?」
「お前もそうだ、最強の俺を殺せばまた、最強の地位に返り咲くことができる!」
左目で捉えたオリオンは、狂ったように笑っていた。
コイツは。
コイツだけは勝てない。
同族としての危険察知ではない。
私の中の本能が、こいつは危険だと言っている。
逃げなきゃ。
逃げて、体制を整えて――
「おい、何逃げようとしてんだ」
ドスッ
見えない矢は
私の。
アンタレスの心臓を貫いた。
あの時望んでいた死が。
今こうやって叶う。
もう死んでもいいと思っていたあの時の願いが今になって叶う。
「……だ」
「あ?」
「いやだいやだいやだッ!!死にたくないッ!まだオリオンを殺せてないッ!」
心からの叫びだった。
「嫌だ、嫌だ、嫌だッ!死んでたまるかッ!」
せっかく楽しかった日々を。
「殺すッ!殺すッ!殺してやるッ!」
やっと地獄から抜け出させたのに。
「嫌だ、まだ死ねないんだッ!」
ここで死ぬのは嫌だ。
「まだオリオンを――」
何があっても。
「殺せてない――」
死にたくない。
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない――
「じゃあな、元最強」
その声と共に、ブツンと視界が真っ暗になった。
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動かなくなったアンタレスを壁にもたれさせ、手を合わせる。
コイツは。
アンタレスは最後まで生きようとした。
生きて俺を殺そうとした。
最後まで最強としてあり続けた。
その姿に俺は尊敬するよ。
死ぬ最後まで俺に殺意を向ける。
「……俺は好きだぜ、そう言うの」
その場を後にして離れようとした時だった。
あるはずのない殺気が
オリオンの背中を捕らえた。
動けない。
動けば死ぬ。
確実に死ぬ。
「アッハァ♡この身体、丁度いいねぇ」
背後から声がした。
「んー、でもなんかボロボロだしぃ、着替えてこよッ!」
ありえない。
「でもその前に」
そんなことがあってたまるか。
「ねぇ、そこの君」
殺したはずのアイツが。
「その弓、下ろしてくれる?私、弓って嫌なこと思い出すから嫌いなんだよね」
アンタレスが赤い目を光らせ、そこに立っていた。




