第二章 第9話 『 ひとりぼっちの殺し屋 1 』
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――そのときに得た感情は、今でも深く心臓に刻まれている。
飛び交う怒号、交わされる神との契約。
見飽きたと思っていたその景色は、全く違う景色へと変わっていく。
真っ暗な世界。何もない世界。
そんな世界だと思っていた。
その壁がいきなり取り払われ、鮮明に映る世界の眩しさに目を細める。
肌を照らす陽の光、地を踏むという感覚、物を握るという感触。
その全てを心臓に刻み付けた。
これから始まるという希望に満ちた世界で、私は何を思っていたのだろう。
何を思ってしまったのだろう。
今までの私では考えつかなかった感情を。
そのとき得た感情を。
この心臓に刻まれていった。
私の日々は、その感情に押し潰されていく日々となっていった。
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――アケボシという少女にとって、希望という言葉はあまりにも似合わなかった。
親の失態により、視覚と触覚のほとんどを奪われ、
さらには、してもいない罪まで被ることとなってしまった。
――暗殺者にとって、感情は毒となる。
それは、暗殺を生業としている人間の中で定められた、厳格な掟の一つであった。
暗殺者は、陰に潜み、気づかれることなく人を殺す。
暗殺者には感情などいらない。
感情を持つことによって、人を殺めることを躊躇ってしまうからだ。
そして反撃の隙を与えてしまう。
逃げる隙を与えてしまうのである。
本来、掟を破った暗殺者は即刻処分される。
アケボシの親も例外ではなかった。
子を持つ親というのもあり、獲物に同情してしまったのである。
その隙をつかれ、獲物は逃亡。
依頼は失敗、組織に多大な損害を与えてしまった。
もちろんアケボシの親は処分の判定を食らった。
アケボシの親は命乞いをした。
「子供を売るなり、奴隷にするなりしていいです。その代わり私達を殺さないでください」
「お願いします。私達を殺さないでください」
感情を持ってしまったが故に
アケボシの親は、見苦しいほどの。
親としてあるまじき命乞いをしたのだった。
当然そんなものに耳を貸さない組織は、彼女らの首を刎ねた。
それからアケボシの地獄が始まった。
齢数歳のアケボシに対し、
薬漬けにし、触覚を鈍らせる。
両目を抜き取り、視界を奪う。
四肢を捥ぎ取り、自由を奪う。
そして
見世物として世に出される。
屋根のない店の端。
椅子に括られ、置かれている。
飯は日に一回。
排泄物は垂れ流し。
掃除はされない。
死にたいと思った。
同時に憎いとも思った。
こんな状況にした組織のやつらを。
感情を持ってしまった親を。
こんな世界に産み落とさせた神を。
運命を。
全てを。
強い憎悪が、彼女を奮い立たせた。
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一月が経った頃
誰かが彼女に声をかけた。
声を聞くなり、男の老人だとアケボシは考えた。
久しぶりに開く口。
声は――出なかった。
代わりに出たのは、ヒュー、ヒューという掠れた音だけだった。
こんな姿になって、初めて声をかけられた。
だから話したい。
もしかしたらこれが最後になるかもしれない。
アケボシは声を張りあげた。
しかし出るのは、掠れた声だけ。
徐々に足音が遠ざかっていく。
ダメ。
行かないで。
私を助けて。
「ひとりにしないで!!」
最後の力を振り絞り、捻り出した声。
もう足音は聞こえない。
どこかへ行ってしまったのだろう。
もう、無理だ。
誰も私を見ない。
私は、ひとりぼっち――
「はい、これ飲めるかい?」
男の声。
さっきの老人が戻ってきたのだ。
「多分、喉が掠れて声が出なかったのだろう。
大丈夫、ゆっくりでいいからこれを飲みなさい」
口に押し当てられるコップ。
正直、感覚はなかった。
でも、私は必死にそれを探した。
そして、腹に流す。
「そんなに急がなくても、まだ水はあるからね」
優しい声。
水をくれただけ。
それだけでも、心が救われた気がした。
「君は、目が見えないのかい?」
老人はアケボシに水を与えながら、そう質問する。
アケボシは首を縦に振った。
「そうか……この歳で可哀想だな。
よし、ワシが何とかしてやろう。その代わり、ワシの依頼を聞いてくれないか?」
アケボシはコクン、と頷いた。
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老人におぶられ、とある場所へ連れていかれる。
徐々に声が聞こえだし、老人が止まる頃には物凄い騒音が私の耳を襲った。
キィ……という音と共に、老人が再び歩き出す。
「お、トレミーだ。今回は誰を連れてきたんだい?」
「店の端っこに捨てられてた子だよ。こんなになってしまって……」
アケボシは背からおろされると、椅子に座らされた。
「こりゃまた酷ェ……どうすんだい?」
「ちょっと奥の部屋を借りるよ」
「はいよ。嬢ちゃん、安心しな。この爺ちゃんは本物だ」
本物とはどういうことなのか。
アケボシは何もわからなかった。だが、老人を信じた。
この老人は私を一人にしなかった。
助けてくれた。
だから安心できる。
信頼できる。
「じゃあ今から、魔法をかけるよ。
ワシが1,2,3というから、3のタイミングで目を開けてみなさい」
コクンと頷く。
「よし、1,2,3!!」
アケボシは力強く目をかっ開いた。
そこに映ったのは
失ったはずの世界。
私が生まれ育った世界が、目に映っていた。
「そうかそうか、そんなに嬉しいか」
老人がにこっと笑い、アケボシを抱きしめる。
老人のぬくもりが、アケボシの身体を。
心を温める。
触覚が戻った。
四肢が戻った。
そして、視覚が戻った。
老人は本物だった。
本物の魔法使いだった。
「よし、戻っていきなりだが依頼を頼みたい」
老人はアケボシの目を見てそう言った。
どうにかする代わりに依頼を頼みたい。
これが条件だった。
アケボシは断るはずもなく、首を縦に振った。
「それじゃあ一つ。
私の友達が困っていてな。この青年をどうにかしてほしい」
それがアケボシの――私、アンタレスの初めての人殺しだった。




