第二章 第2話 『 アケボシ 』
『暇なのか?』
少女が私の顔を覗き込む。
「暇なわけないで、しょっ!」
身体を勢いよく起こす。
相も変わらずラジオだらけの部屋だ。
何か関係しているのだろうか。
『で、今回は何だ』
「用が無きゃ来ちゃダメなの?」
『用もなく来られたこっちの身にもなってほしいよ』
少女は呆れた声で話す。
「あの黒い腕……というかあの裂け目。
何なの、あれは」
『教えてほしいならそれ相応の礼儀ってのがあるんじゃないか』
「……どうか教えてください。お願いします」
丁寧に頭を下げる。
『ま、そこまでされちゃ答えないわけにはいかねぇな』
腹立つな、こいつ。
いまだに名前わかんないし。
『あいつは別世界――まぁ異世界っていうのかな。
そこで発生した闇だ』
「闇?」
『あぁ。人の負の感情が溜まった闇だ』
「負の感情……消えたいとか、死にたいとか?」
『まぁそんな感じだ。とにかく、未来に希望を持てなかった奴らの負の感情が、あの黒い腕や化け物になっているってことだ』
「じゃあなんでそれが、この世界に?」
『それは知らん。空間の裂け目ができてるってことはそう言うことだろう』
裂け目。
あれが異世界への出入り口となっているわけか。
『因みにお前らがあそこに入ると一発でお釈迦だからな。
そうなると俺でも『 』でも助けられねぇ。運命に抗うどころじゃなくなる』
山からラジオを手に取り、コードを引き抜く。
『これは絶対だ。嘘じゃねぇからな』
――――――――――
「ん、おひまひた?」
パンを咥えながらこちらに歩いてくる紫苑。
「食べるか喋るかどっちかにしたら?」
「……」
食べるんかい。
ベッドから下り、コップに水を灌ぐ。
「出かけてきたの?」
「ええ。また当直室に」
盗ってきたのか。
何でもあるな、当直室。
ならもう当直室を拠点にした方がよくないか?
「そう言えばここに来る前に気になることありまして」
「気になること?」
紫苑がカバンの中をがさがさと探る。
「入り口前に落ちてたんですよね……あ、そうコレコレ」
取り出されたのは一枚の写真。
同い年くらいの子が着替えている写真に見えるが――
「ってこれ、私じゃん!!」
「あっ、間違えました。こっちです」
サッとカバンの中に隠し、もう一枚の写真を取り出す。
「これ、人ですよね」
「人、だね……また私ってオチじゃないよね」
「今度は違います!ちゃんと落ちてた写真ですから!」
もう信用できないんだが……
まぁ見た感じ人間に見えるが、問題は他にもある。
「これ、誰が撮ったんだろうね」
「生き残った人……なのでしょうか。今朝は落ちていなかったので」
となると生き残っている人間は私たちを除くと二人はいるということになる。
写真に写っている人物と、これを撮った人物。
「そもそもなんでこれを入口前に落としたんでしょうね」
パンを齧りながら紫苑が言う。
確かにわざと落とした感がある。
故意じゃないとしてもこんな写真を撮る理由がわからない。
「明日また、散策しよう」
「そうですね、もう今日は暗いですし」
そう言って窓を少し開ける紫苑。
「見てください。街はこんなに荒れてるのに、星空はすごい綺麗ですよ」
どれどれ。
窓から顔を覗かせる。
無駄な明かりが無いおかげか、星の輝きがよく見える。
「あれが夏の大三角形ですねぇ」
「そうだね。デネブ、アルタイル、ベガ。
アルタイルが彦星、ベガが織姫、デネブが天の川とも呼ばれてるらしいね」
以前呼んだ星座の本に書いてあった。
「じゃあアルタイルがあかねちゃんでベガが私。デネブが運命に抗う力ってところかな」
「何が?」
「そういう話じゃないの?」
残念ながらそう言う話ではない。
私から振っといてなんだが。
「ねぇ、しし座は見えないの?」
「んー、難しいかな。あれは春の星座だし、今は見えないんじゃないかな」
「そっかー、私しし座だから見たかったのになぁ」
「さそり座なら見えるけどね。私の星座」
「どれっ!?」
私の話題になると食い気味になるの、どうにかならないのか。
「あそこの一番輝いてるやつ。あれがアンタレス。
さそり座の心臓だよ」
「あれがあかねちゃんの心臓……」
違うよ。
私の心臓はここにあるよ。
「ね、アンタレスはどういう意味なの?」
「確か……ギリシャ語で「火星に抵抗する」だったと思う」
「抵抗……か。なんだか私たちに似てるね」
「抵抗するものは違うけどね」
顔を見合わせて二人で笑った。
ずっとこんな生活を送っていけたらと思った。
思ってしまった。
翌朝。
目を覚ますと紫苑の姿がどこにもない。
当直室に行ったと思い、探しに行く。
だが、そこにもいなかった。
保健室に荷物は残っていた。
だから外に出てはいない。
なのにいなくなった。
『お前らがあそこに入ると一発でお釈迦だからな』
あの空間で少女が告げた言葉を思い出す。
まさか。
そんなことあるはずがない。
だって。
黒い腕も何もない。
争った形跡もない。
ありえない。
「紫苑ちゃーん?いるなら返事してー?」
返事はない。
嫌だ。
せっかく仲良くなれたんだ。
私を一人にしないでくれ。
お願いだから。
私を一人にしないで――
「探し物はこれかな?」
背後で声がした。
振り向くと幼い女の子が一人。
手に何か丸い物を持っていて――
それを見て、私は息を呑んだ。
そして
怒りに満ち溢れた。
「あぁ、いいね。いいよ。その感情。
私の大好物だぁ♡」
少女が持っていたのは
紫苑の生首だった。
「どぉも、反逆者ちゃん。
私の名前はアケボシ、よろしくね」




