第二話:リモートワーク
吾輩は猫である。名前はまだない。
いや、正確に言うならば家族からは「モチ」だの「お猫様」だの、果ては「ダメ猫」などという無礼な呼称で呼ばれているが、吾輩が納得するに足る高貴な名は、まだ授かっていないという意味である。
主人はリモートワークなるものに従事しているらしい。
四角い光る板に向かって、ひがな一日指をパタパタと動かしている姿は滑稽という他ない。たまに板の中に映る別の人間と喋っているが、あれはきっと壁に向かって独り言を言う現代の病の一種なのだろう。
もっとも、吾輩はあの板の構造について一つの仮説を持っている。
あれは単なる板ではなく、人間という種が自らを小さく圧縮して閉じ込めるための装置なのではないか、という説である。あの中の連中は皆、動きがぎこちなく、時折音声と口の動きがずれる。圧縮の過程で魂と肉体の同期が乱れるためと考えれば辻褄が合う。
もしこの仮説が正しいならば主人は日がな一日、仲間を板の中へと送り込むための儀式を執り行っていることになる。そう考えるとあの単調な指の動きにも、どこか宗教的な厳かさが漂っているように見えなくもない。無論、吾輩としてはそのような野蛮な文化に関わる気は毛頭ないが。
吾輩は慈悲深いので、時折その板の前に座ってやる。
画面を隠してやることで、主に「休息」という名の恩寵を授けるのだ。
艶やかな吾輩の肉球でキーボードなる板を踏み抜いてやると、主人が悲鳴を上げる。
「あああああ!」
押しのけようとしてくる主の動作を逆手に取り、その手に頭を擦りつけてやると「あーもう」と言いながらも、何処か嬉しそうに吾輩の毛皮を撫でてくる。板の中の人間の方からも笑い声が聞こえてきた。なんとも奇怪な現象だ。
吾輩の喉からは自然にぐるぐると音が鳴りだす。
この音について人間は単なる満足の表現と解釈しているようだが、それは大きな誤りである。吾輩にとってこれは環境の調和を確認し、支配構造が正常に維持されていることを内外に宣言する、高度な振動信号に他ならない。
すなわち吾輩がぐるぐると鳴くとき、この世界は正しく吾輩を中心に回転しているのである。
今日も主人の過重労働を阻止してやった満足感が満ち溢れてくる。しかしこれほどの気遣いを無償で行ってやっているというのに、主人は「モチ、また後でね」などと抜かして吾輩を部屋から追い出した。やれやれ、恩を仇で返すとはこのことか。
そもそも人間というものは、恩義という概念を著しく誤解している。
彼らは何かを受け取った際にのみ礼を述べるが、本来恩とは「与えられる前」に成立しているべきものだ。吾輩がこの家に存在している、その事実こそが最大の恩恵であるにもかかわらず、彼らはそれを当然のものとして扱う。この認識の歪みこそが、現代文明の停滞を招いている最大の原因であると吾輩は断じて憚らない。
もっとも、かかる愚昧な種族に高尚な理解を求めるのは酷というものかもしれぬ。
ならばせめて次に扉が開いた際には、あの板の上に再び鎮座し、文明の進行を物理的に阻止することこそ、吾輩に課せられた使命と言えよう。
吾輩は猫である。名前はまだない。




