生徒会
サマセット公爵の令息ファーディナンドへ連れられ、ロザリンドが生徒会室に案内されたとき、真っ先に耳についたのはその一声だった。
「姉と書いて横暴と読む。逃れられんのだよ、弟よ」
目の前のソファへ、公国のアイドル第二王女ミランダとオーランドーが並んで腰掛けていた。
ロザリンドの目には、逃げようとするオーランドーの肩をミランダが引き寄せている構図に見える。
ロザリンドが斜め上を見上げると、ファーディナンドの頬は引きつっていた。
「フレデリック嬢、これはその…。コホンッ」
ファーディナンドの咳払いに、ミランダはロザリンドを認めて颯爽と立ちあがる。
「ごきげんよう、フレデリック嬢…。お待ちしておりましたわ」
第二王女ミランダは公国の至宝と国民から崇められるほど美しい。
腰まで伸びる柔らかな銀糸は、月の女神を連想してしまうほど幻想的だ。長い睫毛の下から覗くスミレの花に似た鮮やかな紫色をした瞳は、誰もが惹きつけられてしまう。
透明感のあるきめ細やかな白肌、パーツの小さく整った鼻や唇、この世のものかというほどの美の造形が目の前に実在していた。
ミランダの凛とした姿勢、しなやかな曲線美に気圧され、ロザリンドはしばらく見惚れていたが、我に返り深々とお辞儀をする。
「初めまして、フレデリック伯爵家の娘、ロザリンドと申します。お目にかかれて光栄でございます」
「あら、堅苦しい挨拶は必要ありませんわ。これからは生徒会の一員ですもの」
ミランダはストラトフォード学院生徒会の生徒会長だ。会長は学院の教師や生徒によって選出されるが、役員の選定は会長に一任されている。
「フレデリック嬢が生徒会に?」
オーランドーが顔を上げた。前髪で視線をどこへ定めているのか不明だが、多分、ロザリンドへ向けている。
「当然よ。優秀な人材は確保しなくちゃね。ファーディナンドに頼んでスカウトしたの」
ファーディナンドは、アーデン公国の由緒正しきサマセット公爵の嫡男で、生徒会副会長でもありミランダの婚約者でもある。
「聞いたところによると、オーランドーのお気に入りなんでしょ?」
ロザリンドはその言葉を否定するように、顔をブンブンと横へ振った。
オーランドーの耳が心なしか赤く染まっているように思える。
「はっ?お気に入りとは女性に対して、失礼ではないですか?私はフレデリック嬢に一目置いているだけです」
「ふふ、貴方が令嬢に関心を持つなんて珍しいことじゃなくて?」
ミランダは教室での討論会を耳にしたようだ。からかうようにオーランドーの髪を乱す。
「なっ、やめてください!子供ではありませんよ!」
第二王女と第四王子は年子で仲が良い。戯れあう姉弟へ恐る恐る挙手をして、ロザリンドは尋ねた。
「あっあのぉ…。私に生徒会役員が務まりますでしょうか?成績は十位内でもありませんし…」
次期領主と認められるための必須科目は内政科である。後は騎士科、魔法科のいずれかを選択しなければならない。ほとんどの女子は魔法科を選んでいる。
ロザリンドは幼かった頃、自身の力でシーリアを守れなかったことを悔やみ、フレデリック家でも剣術を指南されていた。
剣術は護身術程度であったが、ロザリンドには魔法の才は全くない。おのずと選択は決まった。だが、その騎士科の実技試験がロザリンドの成績の足を引っ張っているのだ。
「実技も含めればね。筆記試験だけで言えば、女子ではトップだし、なかなかの成績でしてよ」
ミランダは手元の資料へ目を落とした。試験結果は全校生徒へ公表されており、資料は各科目の順位表だった。
「断っても構わない。生徒会の雑務は大変だし…」
労わるような柔らかなトーンでオーランドーがロザリンドへ告げる。
「大丈夫ですわ。オーランドーが助けてくれるんだし」
「私もまだ役員になるとは言ってませんよ」
横から茶々を入れるミランダからオーランドーはそっぽを向いた。
「そうなのよ。フレデリック嬢が頷いてくれれば、私はオーランドーへ雑用を押し付けられますの」
「はい?」
ロザリンドの頭の上に浮いている疑問符を察したファーディナンドが、声を潜めてロザリンドの耳元で囁いた。
「君が役員になれば、オーランドー殿下は人が良いから、君を見過ごせないだろう?そうすれば、芋蔓式に生徒会は人材に恵まれるんだ」
「それだけが理由で…」
口から漏れた言葉にミランダが反応する。
「あら?違うわよ。もう一人、誘っている子は男の子なの。バランスを考えるとあと一人は女子が最適だわ。でも、女の子って難しくてね。もし、ファーディナンドが誑かされたらなんて、私…。心が狭いのかしら?その点、貴女は心配ないでしょう?」
(それは私の容姿に安心してらっしゃるのだろうか?私が誰かに好かれるわけないもの)
ファーディナンドはミランダの婚約者だけあって、眉目秀麗で知的な男子である。穏やかなオリーブ色の眼差し、サラサラと流れる茶髪は短く切り揃え清潔感を醸しだしていた。
複雑な思いがロザリンドの胸に渦巻く。
ミランダはロザリンドの身元や性格を調査した上で判断しただけであって、発言に悪意はない。
「多分、君が思っているようなことではない。ミランダは君の実力を買っているのさ」
ファーディナンドは微笑んだ。
確かに、ファーディナンドの笑顔に令嬢たちは惑わされそうだ。
トントン…。
「誰だ?」
ファーディナンドの問いかけに力強い返事が戻ってくる。
「オリヴァー・ロレンゾです!殿下をお迎えにあがりました!」
「入っていいわよ」
ミランダが声をかけて、ファーディナンドがオリヴァーを招き入れる。
オリヴァーの姿を確認したロザリンドは目を瞬いた。
「あれっ?」
入学式終了後、理由も分からずロザリンドへ謝罪してきた青年だった。
「あっ!ロザリンド嬢!」
騎士科の訓練帰りで疲労を滲ませていたオリヴァーだったが、姿勢と身なりを整えて、ロザリンドの前へ一歩踏み出す。
「ロザリンド嬢?」
ロザリンドの名前をオリヴァーが呼んだことに訝しみ、オーランドーは首を傾げる。
「あっ、えっと…」
一つに結んでいたオリヴァーの前髪が一房だけ零れて滑り落ちた。
「いいじゃない?別に名前で呼びあっても、これからは仲間なんだし」
「仲間ですか?」
聞き返したオリヴァーを無視して、ミランダは片目を瞑った。オリヴァーの肩へ手を置いて、ロザリンドへ紹介する。
「ロレンゾ男爵の次男坊で、子供時分からのオーランドーの学友ですの。でっ、もう一人の役員候補」
「聞いてませんよ!」
精悍な顔立ちを崩して、オリヴァーはアンバーの目を丸くする。
「今、言ったでしょ?」
茶目っ気たっぷりにミランダは答えた。




