討論
学院生活が始まり、しばらくたってからのこと…。
ロザリンドが教室へ入ると、オーランドーの周囲へ生徒たちが集い、熱心に何かを議論していた。
子爵、男爵家の令息たちは第四王子に取り入ろうと必死になって、彼の言葉を一つ一つ持ちあげては大袈裟に頷いていた。
高位貴族の令息たちはその輪から外れて、冷ややかな眼差しで見ている。
「フレデリック嬢、君はどう思う?」
少し離れて着席したロザリンドへオーランドーは問いかけた。
「はい?」
オーランドーから話しかけられたのは初めてだ。ロザリンドへ視線が集中する。
「アーデンの医療をこれからどう発展させるべきか?議論をしていたのだよ」
「えっと、私ですか?」
相変わらず、オーランドーの黒髪は寝癖を直していないかのように乱れていて、顔半分に帷がかかっているかのようだ。何を意図してロザリンドへ質問したのか、オーランドーの表情は全く読み取れない。
「あぁ、君に発言を求めている」
ロザリンドはすぐに状況を飲みこめず、戸惑っていると、小馬鹿にした表情で一人の男子生徒が口を挟む。
「あのような地方から来た田舎娘に、分かるわけがないのでは?」
周囲は同調してあざ笑う。
『あのような地方』という言葉を聞いて、ロザリンドは腹を立てた。フレデリック領はどの土地よりも素晴らしいところだ。
(一度も訪れたことのないフレデリックを、知った風に言うなっ!)
ロザリンドは内心憤慨していたが、平静を装い口を開いた。
「医療の専門的なことは存じあげないのですが…」
耳障りなせせら笑いが響いたが、ロザリンドは話を進めた。
「まずは、衛生面から着手してみてはいかがでしょう?石鹸などの配布ですかね?あと、菊を焼く?」
「何と!的外れな!」
オーランドーは軽く片手を掲げて、声を荒げた男子生徒を遮った。
「君、黙って…。彼女の意見を最後まで聞いてみよう…」
「父から聞いた話なのですが、病気というのはまず身の回りを清潔にして防ぐことが必要なんです。そのため、フレデリック領では平民家庭まで石鹸を普及させ手洗いを徹底させております。あと、菊ですが…。とある文献で読んだ知識ですので、本来であれば、きちんと、調べてから申し上げた方が良いのですけど…」
オーランドーが頷き、ロザリンドに話を促す。
「構わないよ。公式の場ではないから…」
「東国では、特定の菊を乾燥させ焼くことで、蚊を寄せつけないそうなのです。蚊は病気を運ぶこともあるそうで…。我が領地は北に位置しており、それほど蚊に悩まされませんが…。アーデン公国は広大でございましょう?」
「なるほど…。予防を徹底しろってことだね」
周りの生徒たちの刺さるような目線をもろともせず、ロザリンドは続ける。
「父は上下水道の整備に資金を惜しんでおりません。ですが、領地の末端まで行き届いていないのも事実です。そこで…。父は隣国で開発された浄化石という魔法石を輸入しております。領都から遠い田舎などには井戸へこの浄化石を投入し清めておりますの。まぁ、結構なお値段なのですが、開発の際に投資もしたらしく、他よりは低価格で購入してましてよ」
(我が領を辱めるなんて!甚だ滑稽よ!おとといきやがれってんだ!)
「売国奴がっ!他の国の研究へ投資するなどとは!」
まだ、ロザリンドと戦おうと血気盛んな男子生徒が叫ぶ。ロザリンドは怯まず反論する。
「恐れながら…。大公殿下と父はこの学院の卒業生で同期だった縁もあり、この魔法石については事前に報告申し上げ、大公殿下からの承認も得ております。そのうち、アーデン公国全土へ普及されるのではないでしょうか?」
「はっ?だから商売で成り上がれたんだな!貴様も女なら他の女生徒のように嫋やかに慎ましくするものだろう。せめて、その不出来な容姿を化粧で整えるぐらいの礼節を弁えろ!」
(ふむ、お前が礼節を語るとは!百年早いわ!)
心の中で叫びながら、私は腕を組んだ。皆は意気投合したように囃し立てている。収拾がつかない状況だ。
(うーーーん、お母様から言われて日焼け止めはしているんだけどな。私の顔を美人さんに寄せるにはかなりの時間と労力が必要なんだよ)
貴族子女は侍従や侍女を呼び寄せ、寮内で身の回りの世話をさせていた。フェーベから譲り受けたロザリンドの部屋は平民仕様で侍女が控えるスペースはない。
今ごろ、フェーベはフレデリック領へ戻り、骨身を惜しまず働いているだろう。
フェーベは生粋のエミリア推しだ。聖母のように讃えている。
遠いストラトフォードへ学びにきたのも、エミリアのために役に立ちたいとの一心で、魔法陣が及ぼす薬草の効果を追求するためだ。
平民には稀だが、フェーベは魔法が扱える。加えて、実家が薬師屋だ。
エミリアの美へ探究心は凄まじく、フレデリック領地内でラベンダーやオリーブの栽培を推進しており、化粧品の開発に淀みがない。アーデンの貴婦人の間で、フレデリック印の化粧品は大流行していた。
フェーベの研究により、その化粧品へフレデリック特産品である絹の効果を加えるという。
養蚕工房で糸を紡いでいる女性の手が綺麗なことに目をつけたエミリアの一大プロジェクトだ。
(ますます、フレデリックは栄えるだろうな、むふっ)
外野は煩わしかったが、ロザリンドはよそ吹く風でほくそ笑んだ。
パンッ
両手を合わせた音が響き、ロザリンドはオーランドーへ視線を移す。
「私は皆に意見を聞いていたのであって、女性の外見に対して論議しているつもりはない!紳士として風上にも置けぬ!」
オーランドーの不機嫌さが強い口調へ表れている。初めて異性から庇われたロザリンドは驚きつつも、少し嬉しかった。
ロザリンドは小躍りしたい気分だったが、裏腹に教室は静まり返る。
「何だよ……。忘れられた王子のくせに」
どこからともなく、小さな呟きが届いた。
(何のこと?)
その直後、勢いよく扉が開いて教師が入室し、授業が始まった。そのため、声の主は特定することは叶わなかったが、ロザリンドの脳裏から『忘れられた王子』という言葉が離れなかった。




