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ロザリンド嬢は婚約破棄もお手のもの  作者: 礼三


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4/11

新生活

 ロザリンドが公都エイヴォンへたどり着くまで、馬車旅の途中で街道沿いの宿屋へ泊まりながら、七日かかった。

 騒がしい街中を抜けると、閑静な森へ続き、やがて石畳で整備された街道に馬の蹄の音が響いた。車窓へ木漏れ日が揺れる。

 重厚な石造りの壁を横目に走行していくと、大きな門扉が見え、その前に一人の女性が佇んでいた。

 ロザリンドが馬車から降りるとその女性が笑顔で出迎える。


「お嬢様、長旅お疲れ様でした」


「あらっ?フェーベ、迎えに来てくれたの?」


 フェーベと呼ばれた彼女は長い茶色の髪を二つに分けて編んでいる。フェーベは鼻にかかっている眼鏡の中心を人差し指で軽く持ち上げた。


「いえいえ、私はこれからこの馬車で帰るんです。はい、これ、鍵をお渡ししますね」


 フェーベはワンピースの胸ポケットから鍵を取り出す。手のひらで転がっている小さな真鍮の鍵は寮部屋のものだった。

 フェーベはフレデリック領出身の平民だ。

 フレデリック伯爵夫人、つまりエミリアの後援を受け、平民でありながら、公国立ストラトフォード学院の魔法科へ在籍していた。

 ロザリンドの希望で生活用品などが揃っているフェーベの部屋を引き継ぐことになっていた。


「私、フレデリック領が恋しくて恋しくて、今すぐに帰りたいんです!」


「ごめんね。私がこちらへ来るまで引き留めてしまって…」


 フェーベは足元に積んでいたトランクを馬車へ放り込むと、拳を作って力説した。


「それに関しては構いません。卒業後も研究室を借りて、魔法陣の作成などもしてましたし…。けど、あの草原の香りを無性に嗅ぎたくなるんですよ!ここの奴らはあまりにも…」


「あまりにも?」


「はははははっ」


 いけ好かないという言葉を濁して、フェーベは苦笑いをした。これから、この公都で生活をするロザリンドへ聞かせる話ではない。

 ロザリンドは平民であるフェーベが学院で苦労したのだろうと悟った。


「でも、残念ながら、隣町の共有牧草地で馬を休ませてから帰そうと思うの…。馬も長旅だったでしょ?」


 ロザリンドが御者へ視線を送ると、御者は嬉しそうに頷いた。

 広大な共有牧草地のあるウィンザーは、美味しい食べ物や質の良いサービスを提供する安宿があり、羽を伸ばせる御者にとっても人気がある町だ。


「じゃあ、早くそこへ行きましょう!エイヴォン脱出です!」


 フェーベは貴族社会に辟易していた。フレデリック伯爵家は貴族としては度を越して親切で、本来、貴族は平気で人の論文を自分のものと偽ったり、同じ学生という立場でも使用人のように扱ったりするものなのだ。

 フェーベの勢いに押され、御者は申し訳なさそうにロザリンドへ荷物(トランク)を渡す。

 残されたロザリンドは、一人寂しく馬車を見送った。

 


 ロザリンドの公国立ストラトフォード学院での新生活が始まった。

 ウール素材の紺のブレザーへ袖を通して、ロザリンドは気持ち新たに学院へ向かった。

 昼間は暑さの残る季節だが朝は冷えこむ。頬へ冷たい風を受けながら、小鳥の囀りに空を仰ぐと、コマドリが梢に止まっていた。


「可愛らしい」


(シーリアみたいに愛らしいわ)


 ロザリンドの様子に首を傾げたコマドリはすぐに枝を飛び立つ。

 その姿が消えるまでロザリンドは目で追っていたが、何かに急き立てられるかのように、学院へと足早に向かった。

 古い歴史のある公国立ストラトフォード学院の講堂で入学式は行われた。

 円柱へアカンサスの葉が刻まれているのを発見して、ロザリンドは何故か懐かしさが込み上げた。

 新入生代表で髪がボサボサの男子が壇上にあがる。首席で合格したのは、この国の第四王子オーランドー・ド・アーデンだ。


「私たち生徒一同はこの伝統あるストラトフォードに恥じぬよう勉学に励み…」


 形式に則った口上が厳かに読み上げられる。

 漆黒の前髪で目元は隠れて見えなかったが、輪郭は綺麗な形をしていた。体格はなよなよとしていて頼りなさそうな印象を受ける。


「……以上、生徒代表オーランドー・ド・アーデン」

 

 挨拶を終えると、オーランドーは全校生徒を見渡した。ロザリンドは一瞬だけ目が合ったような気がした。ほんの少しだけ、オーランドーの口角が上がる。


(何だ?女子だとバカにされたのかな?それとも、この顔…)


 ロザリンドは容姿のおかげで屈折した考えを持つようになっていた。

 両親はロザリンドを頭が良く気の利く娘だと自慢したが、周囲の心ない人々から…。

 

『女の子は賢さよりもねぇ?』


『まぁ、見た目がこれだから、頭ぐらいは良い方がな…』


 等々の聞こえるような嫌味を言われまくった故である。

 入学式も無事に終了し、ロザリンドは速やかに退席した。講堂から廊下へ出ると、生徒たちがあちらこちらでたむろしていた。皆、今後の学院生活へ希望を膨らませ、表情は輝いていた。


「あの…」


 ロザリンドは生徒たちの間をすり抜け、振り分けられた教室へ向かっていると、背後から軽く肩を叩かれた。ロザリンドは振り向く。


「はいっ?」


「フレデリック伯爵家のロザリンド嬢とお見受けいたします」


(誰だ?このやたら見てくれの良い青年は?)


 精悍な顔立ち、輪郭は細く、琥珀色をした切れ長の瞳は澄んでいる。見目だけで言えば、なかなかの優良物件だ。乳白色を溶かしたような柔らかな栗色の髪が日差しを浴びて煌めいている。


「はい、私ですが、何か御用ですか?」


「……。貴女様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」

 

 だが、勘違いしてはいけない。この台詞の続きは愛の告白などではない。領主候補でもあるし、この歳になれば、婚約の打診に多くの釣書が送られてくるものだが、ロザリンドには梨の礫である。

 

(自覚しているこの残念な容貌…)


 (シニア)はお顔はボヤッとしていてパッとしなくても、姿勢はスラッとしていて、イケオジ感を何となく醸し出している。


(同じ顔立ちでも女性だったらダメだなんてどうかしているわ…。私的には悪くないと思うんだけどな)

 

 確かに目は細めでソバカスは浮いているけど、灰色をした瞳も清らかな空色に見えないこともない。この顎の線は繊細で綺麗だし、ほんの少し鼻先が大きいけど鼻筋は通っている。


「……で、改めてお詫びを申し上げます」


「んっ?はいはい」


 物思いに耽っていてロザリンドは彼の肝心な話を聞いていなかった。


「寛大なご厚意に感謝いたします」


(なっ、何のことだろう。どっどうしよう?)


「いえいえ、滅相もない」


 思わず、言葉が次いで出た。

 何故か、彼の目には薄ら涙が浮かんでいる。イケメンは憂い顔も様になる。

 彼は踵を返して人々の合間へと去っていった。


(んんんっ?何だったんだ!)

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