結婚式
「私…。オリヴァー・ロレンゾは病めるときも健やかなるときも互いを支えあい、笑顔の絶えない家庭を築くことをここに誓います」
胸いっぱいの悦びを噛み締めるような満面の笑みでオリヴァーはシーリアへ向き合う。
琥珀色の直向きな双眸にはシーリアしか映っていない。
風に煽られて、一つ束ねたミルクティーのような淡い色の髪が踊るように跳ねた。
端正でそれでいて逞しい横顔が、誓いは揺るぎないことを示していた。
真っ白な儀礼服がこれほど似合う男もそうそういないだろう。
「私…。シーリア・フレデリックは病めるときも健やかなるときも互いを支えあい、笑顔の絶えない家庭を築くことをここに誓います」
幸せそうに嫋やかな微笑みでシーリアも、オリヴァーの想いを受け止める。
両サイドをゆるく編み込み、後ろで丸く纏められた金色の髪が陽射しに照らされる。
晴れ晴れとした青空をそのまま映したかのような澄んだ瞳が煌めいて、オリヴァーは視線を外せない。
職人が丹精込めて製作したプリンセスラインのシルクドレスは、イエローアンバーのビジュを細かく散りばめたシフォンを腰から纏わせているので、星の輝きが地上へ滑り降りてきたように優雅で美しい。
溌剌とした細い首筋にはラベンダー柄のレースが巻かれ、その中心にアンバーの大粒の宝石が煌めいている。
オリヴァーの瞳を宿したかのようだ。
天使というには大人びていて、女神に例えるには可愛らしいシーリアは、花婿だけでなく来賓たちからも、この世界で一番愛らしい花嫁だと賞賛された。
子猫たちはいつの間にか、ブライズメイドとして新郎新婦の後ろへ整列している。
彼女たちはフレデリック領まで七日の旅程を経てお越しいただいたのだから、フレデリック伯爵家一押しの化粧品による美容体験をしてもらう予定だ。ロザリンドは失恋を癒してほしいと心から願う。
「一体、いつの間に…。シーリアが幸せならそれで良いけど」
ロザリンドは小さく呟く。
二人の結婚は先ほど式の前に報告を受けたばかりだ。偽装の式典をそのまま活用する。恐るべし、母は何事もなかったように、来客へ笑顔を振り撒いている。父は始終泣き通しでハンカチを離せない。
ロザリンドも身内として、この式に強制的に参加となった。平民の身分だから参列は断ろうと思ったのだが、シーリアに泣かれた。ロザリンドはシーリアの泣き顔に昔から弱い。
子猫たちと同じ薄紫のレースを重ねたスレンダードレスで着飾ったロザリンドも、フェーベの魔法の手(実際、魔法は使っていない)によって、品よく様になっている。
細い目は切れ長の涼しげな目元を演出し、団子鼻は陰影をつけて鼻筋が通っているようなメイクを施された。
綺麗系女子に見えなくもない…。
「何でも初恋らしいぞ」
ベアトリスは豪快に食事で振る舞われた肉を手に取り、口で引き裂いている。
ベアトリスはマーメイドドレスを着せられ、筋肉の流線美をこれみよがしに披露している。
凛とした眼差しにはキラキラとしたパール系のパウダーをはたかれて、クール系女子に変身していたのだが、これでは台無しだ。
「あら?素敵…。初恋が実るだなんて」
(ヘレナ嬢のその言葉には、重みがあるわね)
ヘレナはエンパイアドレスに身を包み、優美な魅力を惜しみなく放っていた。
素顔でも気品がある秀麗な容姿なのだから、化粧を施せば感嘆の嵐だ。
(まぁ、今日はシーリアが一番綺麗だけど…)
「「「おめでとう!」」」
オリヴァーの腕に手を添えて、シーリアがロザリンドの元へやってきた。
「二人はいつからお互いを意識し始めたのですか?」
早速、ロザリンドは疑問に思っていたことを問いただす。
「オレは、出会ってからずっと好きだった」
オリヴァーは迷うことなく断言した。
ベアトリスが揶揄うように横腹を肘で突いた。
「ほら…。私は引きこもりだったでしょ?最初はオリヴァー様のことが怖かったの。あんなこともあったし…」
シーリアの話にオリヴァーは何故か顔を曇らせた。シーリアは不安そうなオリヴァーへ笑みを返す。
「でも、オーランドー王子様がフレデリック伯爵領の後継者になるにあたって、オリヴァーは護衛として領都に来る度、私に謝罪してくれたの…。償いをしたい。許されるまで何度でもお詫びするって…。絆されちゃったのかなぁ」
「んっ?オリヴァー!謝るってうちのシーリアに何かしましたの!?」
ロザリンドが驚きの声をあげる。
「「?」」
オリヴァーとシーリアは目を見合わせた。
「オリヴァー様!お姉様には一番最初にケジメをつけたって言ってたよね!?」
「ああっ!入学式のときにきちんと…。まさか、聞いてなかったのか?」
何やら不都合なことをロザリンドが発言したらしい。新郎の額からは汗が流れる。
「何だかおかしいと思ってたんだよな」
事情をオリヴァーから聞いていたベアトリスは自分の首の後ろに手を回してさすった。
「?」
「オレはロレンゾ子爵家の養子となる前はエスカラスを名乗っていた」
「ぶほっ!」
オリヴァーの告白にロザリンドは果汁水を吹き出した。隣にいたベアトリスは素早い反射神経で取り分け用の新しい皿を盾にして、周囲への飛散を防いだ。
ロザリンドのドレスは少しシミが滲んだが、幸い、皆の衣装は無事だった。
花嫁衣装を汚しては洒落にならない。
「…あの没落した」
ロザリンドの言葉をオリヴァーは繰り返す。
「ああ、その没落した」
オリヴァーはあの時、ロザリンドとシーリアへ暴言を吐いた、あのエスカラス侯爵家の令息だったのだ。
ロザリンドはやっとの思いで、一言だけ告げた。
「変わりましたわね?」
オリヴァーは語った。
エスカラス侯爵家が没落した後、オリヴァーは大公の計らいでロレンゾ子爵家と養子縁組を結んだ。
オーランドーがオリヴァーの減刑を望んだのだ。珍しく末っ子が父へと嘆願した。大公は息子を煩わしく思ったことはなかったが、日々、執務に忙殺されるなかで、特に末っ子を構ってやらなかったのは事実だ。
大公はオーランドーの願いを叶えてやることにした。
そして、そのままオーランドーの学友となったオリヴァーだが、当初、フレデリック伯爵家の姉妹とオーランドーを恨んでいた。
あの事件後、実父は島へ投獄され、実母は修道院へ送られ、一家は離散した。
「だけどさ。殿下に伴われて、母上に会いにいったんだ…。母上、エスカラスにいた頃は見たことがないぐらいにイキイキとしていてさ」
それなのに、面会に訪れたオリヴァーを見たエスカラス夫人は硬直したように固まった。
幼かった頃、オリヴァーは実父の真似をして、実母を軽視して罵っていたらしい。全く記憶になかったのだが、実母の怯え方はかつて実父と対峙したその姿そのものだった。
夫人は申し訳なさそうに言ったそうだ。
「貴方には罪はないのよ。私の心の問題だわ…。ごめんなさいね」
オリヴァーはその日から変わった。
実母に再び会わせてもらえたことをオーランドーに感謝して…。
「今でも母上に時々会いに行くんだ。ロレンゾの両親は人格者でさ。オレが母上に会いに行っても、嫌な顔一つしない。それでいて、本当の息子のように大切にしてくれている。感謝しかないよ。彼らに拾われていなければ、オレはシーリアとこんな幸せな日を迎えることはなかっただろうな…」




