反乱
複数の足音が廊下から届く。
可憐な少女たちが息を切らせて部屋へ駆け込んでくる。
彼女たちは皆、プロテュースがロザリンドのために選んだドレスを着ていた。
美しい光沢を放つシルクで作られたドレスは、パニエによってスカートがふんわりと広がり、裾へ向かうほど綺麗なドレープが揺れて慎ましく波打っていた。
豊かな胸元は繊細な百合の刺繍が施されたレースで覆われているものの、瑞々しい肌の輝きは隠しきれなかった。
(皆様、よくお似合いで…)
「「「「「プロテュース様っ!」」」」」
結局、プロテュースがデザインしたドレスは、子猫たちに誂えたものといって過言ではない。
ロザリンドが着たところで浮いていたに違いない。胸の薄いロザリンドにはAラインよりもスレンダーラインのドレスの方がぴったりだ。
「子猫ちゃんたち?」
「私たち、ロザリンド嬢がプロテュース様と結婚を白紙に戻されると伺い、居ても立ってもいられなくて、ここまで来たのです」
「お慰めいたしますわ」
「私と結婚してくださいませ」
「いいえ、私を選んでいただけませんこと?」
「私こそ貴方に相応しいですわ。だって、結婚したらこちらに呼び寄せてくださると仰っていたでしょ?離れられないって…」
「わっ私も、結婚するまでの我慢だからと…」
「ちょっ、ちょっと待って!子猫ちゃんたち!」
プロテュースは慌てふためいた。普段、優美な仕草で女性たちを虜にしているプロテュースのその姿は滑稽だった。
「プロテュース様…。私の代わりに花嫁になさるのだから、ちゃんとお名前を呼んで差し上げてください」
冷ややかな眼差しでロザリンドは告げる。
彼女たちの誰が選ばれようと恨むことなく、ロザリンドは祝福するかわりに、一つだけ約束を交わしていた。
それは一種の賭けであった。
「君に言われる筋合いはない!」
「けど、御令嬢たちには権利があるのではないでしょうか?」
プロテュースは少女たちを見渡した。彼女たちはプロテュースのために遠いフレデリック領まで足を運び、自分好みのドレスで着飾ってまでプロテュースへ愛を求める。
プロテュースはおもむろに名を呼んだ。
「オフィーリア嬢」
それはプロテュースが一番お気に入りだった令嬢の名前だ。だが、誰も動こうとはしなかった。
「えっ?まさか居ないのか?」
プロテュースは愕然とした。あれほどプロテュースを愛していると囁いていたオフィーリアがいない。
令嬢たちは騒めき、顔を見合わせる。
気を取り直して、プロテュースはまた名を口にする。
「コーディリア嬢…」
やはり、誰もプロテュースの前へ歩み出ようとはしなかった。
「なっ、何故…。ビアンカ嬢?」
「うっ嘘だろう…エルメイオニ嬢?」
名を次々と連ねていくも、誰も反応しない。プロテュースの顔には翳りが浮かび、親指の爪を噛んだ。
その様子に耐えきれなくなって一人の令嬢が泣き出す。
プロテュースは彼女に寄り添い尋ねた。
「泣かないでくれ…。君の名を忘れてしまった僕を許してほしい。君の名は?」
「……ビアンカでございます」
子猫たちは髪や瞳の色がそれぞれ違うが、皆、妖精のように可憐で儚い。同じような髪型、顔立ちをしていた。
プロテュースは誰が誰だか判別がつかなかったのだ。
プロテュースの動揺した様子に、令嬢たちは連鎖するように泣き崩れていく。
そう、この場にいた子猫たちは皆、プロテュースから名前を告げられていた。
「ちっ、違う…。私はそんなつもりは…」
ロザリンドは名前を呼ばれても動かないように彼女たちへ指示を出していた。
「その愛が真実なら、すぐに群衆の中から愛している貴女を見つけ出し、プロテュース様は貴女の傍へ駆け寄るはずです」
だが、実際は違った。
ロザリンドは推測していたのだ。
(プロテュース様が恋人を子猫ちゃんって呼ぶのは、令嬢の名前と顔を覚えていらっしゃらないかもしれない…)
「僕は…。僕はもう帰る!」
プロテュースは居た堪れなくなり、ロザリンドの部屋を足早に出ていく。
その後ろ姿に縋る令嬢は誰一人いなかった。
ロザリンドはプロテュースに唆されている子猫たちの目を覚まさせたかっただけなのだが、肩を震わせて涙を流す彼女たちをみて心苦しくなった。
(本当にこれで良かったのかな?御令嬢たちを傷つけてしまった)
パンッパンッ
そこへ手拍子を打ちながらフェーベが現れる。
「はいはいっ!皆様!注目です!良いですか?あれはクズです!可憐な皆様を弄んだクズなのです!考えてみて下さい!あんなクズと結婚する未来!恐ろしいですよね?有り得ませんよね?じゃあ、皆様。これから良い男を見つけましょう!見目はそこそこかもしれませんが、フレデリック領の男性は女性に優しく有望ですよ!」
何度もプロテュースをクズ呼ばわりしながら、床へとしな垂れる令嬢たちへ淡い紫のレースの織物を手渡した。
「はいはい!パーティーはこれからです!そのレースを腰に巻きつけて下さい」
令嬢の一人が泣きながら、レース生地を素直にドレスへ重ねた。ウェディングドレスの印象がガラリと変わる。
(わっ!本当に妖精のようだわ。ラベンダーの花の精ね)
「折角の綺麗な顔が腫れているではないですか?んっ、これは私が開発した化粧品が有効かもしれませんね。応急手当てしましょうか?」
フェーベが令嬢の肌を気安くペタペタと触っているが、令嬢は抵抗せずになされるがままだ。
「はい!ロザリンド様!貴女もボォーッと突っ立てないでっ!準備があるんですからね!」
「えっ、私!?」
侍女やメイドたちが令嬢たちを連行していく。ロザリンドも両脇を抱え込まれて彼女たちに運ばれた。
部屋を退出する際、オーランドーは繁々と壁に飾ってある額縁を眺めていたが、ロザリンドの視線に気づくと、目配せを送って笑った。




