初恋の末
「殿下、ここにいらっしゃったんですか?」
ロザリンドはオーランドーを探しに来ていた。
オーランドーはフレデリック伯爵邸の奥庭に備えたガゼボにひっそりと佇んでいた。中庭の披露宴会場の喧騒から離れた場所だ。
日中わずかな光しか届かない奥庭は、星の造形をしたアストランティアがひしめくように咲いている。白と淡いピンク色の花々は涼しそうに日陰を占領していた。
「ああ、フレデリック家へ養子に入る件はまだ公にしていないからな。大公家の人間がいたら、皆が気を遣うだろう?」
三ヶ月前からプロテュース同様、オーランドーもフレデリック伯爵家へ頻繁に訪れていた。
プロテュースは結婚の準備であったが、オーランドーはそれを阻止するため、水面下でフレデリック伯爵家当主シニアと臣籍降下の手続きを進めていた。
細心の注意を払って、訪問日を予めずらしていたのもあるが、プロテュースと遭遇することはなかった。
プロテュースはフレデリック邸でもエミリア夫人など女性たちと交流を重ねることを目的としていたように思える。
奥庭のガゼボはオーランドーが見つけた隠れ家的な存在だった。
「不敬かもしれませんが、私たちは殿下を友人だと思ってますので、気にしておりませんが?」
「友人か?」
ロザリンドの言葉に、オーランドーは少し沈んだ口調で返事をする。
「不敬ですか?」
ロザリンドは今や平民に落ちた身だ。第四王子に対してあまりにも馴れ馴れしかったかもしれないと気後れした。
「いや…」
だが、気にする様子もなく、オーランドーはロザリンドの肩へ手を置いた。
不意にオーランドーは微笑んだ。
紫色の眼差しが優しく弓形になり、キラキラと光り輝いた。
「これから殿下は、妹夫妻とは義兄弟になられるのですから、遠慮なんてしてはいけませんよ。さぁ、行きましょう」
オーランドーの顔を何故か直視できなくて、ロザリンドは口早に告げた。
「ちょっと、待ってくれ」
「何ですか?」
新婚のロレンゾ夫妻の元へ戻ろうとするロザリンドの腕を掴み、オーランドーは慌てて引き留めた。
「ロザリンド嬢…。いや、ロザリンドに言いたいことがある」
「はい?」
平民になったのだから、貴族らしく呼ばれることはなくなったのだとロザリンドは切ない気持ちになった。
「…」
「…。殿下?」
「ああ…」
「あのぉ…」
オーランドーが一向に用件を告げようとしないので、ロザリンドはヤキモキした。
気まずい雰囲気が二人の間を流れた。
自分の唇を親指でなぞっていたオーランドーは意を決して、ロザリンドへ伝えた。
「ロザリンドの部屋に額縁が飾ってあったが…」
「あっ、あれですか?幼い頃にヒーローに会ったんです。その方のですよ」
「ヒーロー?」
ロザリンドの声が弾んでいたのに、オーランドーは気づき嬉しくなる。
「えぇ、ヒーローです。私、初めて父以外の男性の方に庇ってもらいましたの」
「返してもらっても構わないか?」
勇気を出して告げたオーランドーは耳まで真っ赤に染まっていた。
「?」
「私のなんだ」
「!?」
「差し上げると言った手前、申し訳ないが…。こうでも言わないときっと気づいてくれないだろう?」
「申し訳ございません」
あたふたしながら謝るロザリンドの様子を見て、オーランドーは可愛らしいと感じた。
「謝る必要はないよ」
「でも」
「あの頃、私は王子としての立場があやふやでな。何というか、やさぐれていたんだ」
オーランドーは寂しい幼少期を過ごした。幼心に自分の存在意義を見出せず、日常的なストレスからか、気づけば過食に走っていた。
見た目にも王子からほど遠く、家族からの愛情も諦め、無気力に日々を過ごしていたのだが、その様子を見かねた乳母や側近が心配をして、年齢の近い子供同士の交流で少しでも彼を慰めることができればと、あの交流会へ足を運んだのだ。
「そんな風には見えなかったですよ。本当の王子様とは存じあげませんでしたけど、王子様然として素敵でした」
「まぁ、あれは…。あの頃のオリヴァーの態度は酷かったから、私が矢面に立てば解決するかと」
「私、このような容姿でしょ?殿下が颯爽と助けてくださったときは嬉しかったのですよ」
「私も誰かにあのような眼差しで見つめられたのは初めてでな。だから、カッコつけたかったのだ」
顧みれば、あのとき…。
オーランドーは恋に落ちた。
まるで憧れの王子様を見つけたようなロザリンドの眼差しが、家族からも見放されているオーランドーの存在を認めてくれたかのように思えたのだ。
その頃のオーランドーは太っていたため、同じ年頃の令嬢から小馬鹿にされており、王子という肩書きすらも何の意味も持たなかった。
ロザリンドとストラトフォード学院で再会したときにはオーランドーの胸が躍った。
今日まで人として尊敬に値する男でいようとオーランドーが努力してきたのは、全てロザリンドとの出会いから始まったことだ。
「好きだ」
「えっ?」
「好きなんだ」
「…。何をですか?」
(あのハンカチのことかしら?大事にされていたのに、私へ下さったのよ。きっと…)
ロザリンドの思考は可笑しな方向へ傾いていた。
「ははっ、これは先が思いやられるな」
オーランドーが破顔する。無邪気なオーランドーの溢れる笑顔に、何故だか、ロザリンドの胸がざわついた。
「あっと…」
「君は何故、あんなにも容易く平民になることを、フレデリック伯爵が許したと思う?」
唐突なオーランドーの質問にロザリンドは狼狽える。
「それは私が説得したからで…」
「あの子煩悩で親バカでしかないフレデリック伯爵がその程度で承諾するわけがないだろう?」
「…」
あれほどロザリンドが貴族籍から抜けることを反対していた両親が、確かに急に認めてくれたことは不思議に思っていた。
(そうだ…。あれは、殿下が初めてフレデリック領へお越しになられた頃だったわ)
「私はロザリンドの願い通りにフレデリック伯爵家と養子縁組を交わした」
「妹の婿に推薦しましたけど…」
ロザリンドがオーランドーへ相談を持ちかけたとき、オーランドーを妹の結婚相手として考えていた。フレデリック伯爵家へ婿養子に迎えれば良い。
(シーリアは美人だし、優しい子だし、殿下とお似合いだと思ってたのよね…)
もちろん、シーリアが断ればそれまでだが、オーランドーはロザリンドが最も信頼する友人の一人である。
きっとシーリアも好意を抱くに違いないと思っていたのが…。
現実は予測を外れたものだった。
「私に馬に蹴られろと?オリヴァーはずっとシーリア一筋なんだぞ…。子供のときのあの行動は好きな子ほど虐めてしまうってやつだな」
「シーリアは小さい頃からお人形さんのようにかわ…」
「いや、その話はいい。ロザリンドの話をしよう。フレデリック伯爵にも思惑はあるのだ…」
それは、オーランドーがシニアへ願い出たことが起因となる。そのことは、ロザリンドへ秘密にしていた。
「思惑?父がですか?」
「まぁ、それはおいおい卒業までに私が決着をつければ良いことだな」
ストラトフォードを卒業することが、ロザリンドが平民になるにあたり、シニアの突きつけた条件だった。
なので、ロザリンドとオーランドーは今後も学院で顔を合わせることになる。
「?」
「努力するよ。私の思いが報われるように…」
披露宴会場へ向かうため、ロザリンドの手を引いて、オーランドーが駆け出す。
ロザリンドがオーランドーを仰ぐと、頼もしく凛々しい横顔と眩しい青空が目に映った。




