僕のせい?
プロテュースが教室であった騒ぎを聞きつけ、ロザリンドの元を訪れたのは三日が経ってからだった。
「子猫ちゃん、大変だったようだね…」
プロテュースは黄金に艶めく髪を掻きあげ、これ見よがしに光を撒き散らす。
心配そうに眉根を寄せていたが、ロザリンドにはそれが白々しく思えた。
「プロテュース様、私の勝手で申し訳ありませんが…。この度の婚約を解消いただけないでしょうか」
成功する可能性は低いが、ロザリンドはプロテュースへ婚約解消の提案を持ちかけてみる。
「何故だい?」
突然、約束もなしにプロテュースは騎士科の訓練場を訪ねてきたので、ロザリンドは汗塗れの服で婚約者の応対をしなければならなかった。
この姿で上目遣いを装っても、通用するかは定かではないが、とりあえず両手を組んで懇願してみる。
「プロテュース様はおモテになられるから、女生徒からの嫌がらせに私は耐えられません」
悪びれもせず、プロテュースは微笑みを湛えた。
「僕のせい?違うよ。僕の子猫ちゃんたちはそのような恐ろしいことはしないさ。ちゃんと見極めて付き合ってきたのだもの。あっ、今は君のために誰とも交際していないからね。どうせ、誰かをハケ口にしたい貴族令嬢たちが仕組んだことだろう?ヤダヤダ!見苦しいよね?だから、婚約解消だなんて言わないで…。もう、大公殿下にもお話は通しているんだよ」
(また、大公殿下か…)
大公殿下は父と旧知の仲だ。ストラトフォード学院で同窓生であり、何故か、格別に目をかけられている。
大公家の遠縁であるベルモンド家の子息プロテュースとロザリンドの婚姻が、よりフレデリック家との絆を深めるのではないかとの思惑があるようだ。
友人とはいえ、父も大公殿下の仲介に物申すことが出来ず、前回、婚約が結ばれたのだ。
「私はプロテュース様が今までお付き合いした女性と違って、見目もこのような感じですし…」
「えぇーーー!子猫ちゃんは可愛いよ。何事にも真剣に取り組んでいる姿は健気だしさ。僕は君のそういうところが好きになったって以前も言ったでしょ?安心してよ」
「…私が後継者だからではなくて?」
「何を勘繰っているのか分からないけどさ。誰かに言い含められたかな?僕ら二人に対するやっかみだから気にしなくてよいよ」
ロザリンドは探りを入れてみたが、プロテュースは何食わぬ顔で答えると話を続けた。
「ふふ…。そうだ、今日は君に伝えたいことがあってね。結婚式を早めない?」
プロテュースは突拍子もなくロザリンドへ弾を撃ち込んでくる。
衝撃は大きかったが、冷静に笑顔を保ちつつロザリンドは問いかけた。
「何故ですか?私が卒業してからのお話でしたのでは?」
「うーーーん、別にストラトフォードへ在籍中でも婚姻をしている学生さんもいるでしょ?珍しいことではないよね」
それは長年婚約関係を結んでいる貴族子女であって、学院で婚約破棄劇が横行している今、早々に婚姻を結んで両家の繋がりを確固たるものにしたい貴族の思惑があるからだ。
「実は僕の両親から大公殿下へご相談して、話は進めているんだ」
「…」
思わず、ロザリンドは黙り込んだ。
「おや、嬉しくないのかい?」
「学生の本分は学業なので、結婚は早いかと…」
ロザリンドの本音だ。
公国立ストラトフォード学院はアーデン公国の財政で賄われている。つまりそれは国民から徴収している血税だ。無駄にはしたくない。
夫人という立場になれば、社交界の活動もしなければならなくなり、勉学中心の生活はできない。
「つれないことを言わないでおくれ、子猫ちゃん。それに大公殿下の力添えもあるのだからね」
言いたいことだけ告げたプロテュースは来た時と同様、風のように去っていった。
その日の放課後…。
「それで、私への願いというのは?」
生徒会室の執務机にオーランドーは両手で頬杖をついて、ロザリンドに向き合った。
その横では真剣な顔でオリヴァーが書類を分別している。時折、オーランドーの指摘が入り、分類した文書を整理用の箱からその隣の箱へ移し替えていた。
「実はプロテュース卿との結婚が早まるようでして」
「「何!?」」
オーランドーとオリヴァーは同時に声をあげた。オリヴァーの手から書類が滑り落ちる。
「それは何時になるのだ?」
オーランドーが問いただした。
「何でも、プロテュース卿が卒業する頃だそうで」
「何!?あと三ヶ月しかないではないか!」
オーランドーが髪を乱して、苦々しそうに目を顰めた。
オリヴァーは散らばった書類をかき集めている。
「そうですよね」
「他人事だな?」
オーランドーの指摘にロザリンドは首を傾げた。
「実感が湧かなくて」
オリヴァーは机でトントンと書類を整えると、ゆっくり口を開いた。
「ああ、あれだよ」
オリヴァーの話によれば…。
プロテュースは当初、アーデン大公家騎士団の花形である近衛隊を希望していた。
近衛騎士隊は騎士の実力はもちろん、大公殿下の周囲を警護するにあたり、人々に注目されやすいため、容姿も端麗な者が選ばれやすい。
だが、プロテュース卿が配属されたのは都城騎士隊だった。
「学院では好成績だったからさ。当てが外れたんだろうな。騎士団の面接官の目は節穴ではなかったというわけだ」
アーデン公国騎士団はアーデン近衛騎士隊、アーデン宮廷騎士隊、エイヴォン都城騎士隊で形成されている。
騎士団の花形は言うまでもなく、近衛騎士隊である。都城騎士隊も庶民に誰より近く寄り添いやりがいのある仕事には違いない。だが、煌びやかな近衛騎士隊ではなく都城騎士隊への所属を命じられ、プロテュースのプライドはズタズタに砕け散った。
しかも、都城騎士隊の任務は今まで営んできた優雅な生活とかけ離れ、日々の訓練も学院と比にならないほど厳しい。街の治安を守るために、公都を何時間もかけて隈なく見回りもしなければならない。
「ほら、冬から始まった配属先の実地訓練で根をあげたって噂だ」
(今期の卒業生たちの任地が決まった頃だったわ…。プロテュース卿に告白されたのは…)
「だから、都城騎士隊での本格的な任務が始まる前にさ。ロザリンド嬢と結婚して都城騎士隊を除隊するつもりじゃないか?」
「何故です?結婚したからって、すぐに私が領主になれるわけではないんですよ」
「そこはあれだ…。後継者の力になりたいからって、現フレデリック領主の補佐役を買って出るとか?あのプロテュース卿だぞ」
オリヴァーの言葉に呆気に取られるロザリンドだったが、プロテュースならあり得ることだ。
「でっ、ロザリンド嬢?私に何を願うんだ?」
オーランドーの言葉にロザリンドは毅然と席を立ち、その場でお辞儀をする。
「恐れ多くも私の友人だと仰ってくださる殿下に不躾なお願いを致します。お話を聞いていただき、断ってくださっても構いません」
ロザリンドは自身が考えていた計画をオーランドーへ説明した。
卒業までに他の方法を模索する予定だったが、ロザリンドには時間がない。
おおかたロザリンドが話し終えると、深いため息を漏らしてオーランドーは言った。
「ロザリンドはそれで良いのか?」
「はいっ。殿下さえ、ご承諾くださるのなら、自身が招いたことですので、決着は自分でつけるものかと…」
オーランドーを見つめるロザリンドの眼差しに揺るぎはなかった。




