ランチ友達
食堂でのロザリンドの席は決まっている。太陽がさんざめく窓際だ。あまりに日が差し込んで眩し過ぎるため、人気がなく、比較的いつも席は空いている。
だがここ何週間か、その特等席へロザリンドよりも先に座っていた人物がいる。
ナルボン侯爵の一人娘ヘレナである。
そう、多くの生徒たちの前でロシリオン伯爵の令息バートラムから断罪されていたあの令嬢だ。
「ごきげんよう、ナルボン嬢」
「ごきげんよう、フレデリック嬢」
「こちらの席、相席しても宜しいでしょうか?」
「宜しくてよ」
ロザリンドとヘレナの日々のセオリーだ。
別段、何か会話をするわけでもなく、ただ同じテーブルの向かい側へ互いに腰を下ろしているだけだ。
ヘレナは断罪されたあの日を境に、級友から避けられている。元々、人と群れるタイプではなかったため、不思議と違和感はなかった。
「あの…。フレデリック嬢」
「はい」
「私が言えた義理ではないのだけど、大丈夫?」
「お心遣いありがとうございます」
ロザリンドへの呼び出しは日に日に落ち着きつつあったが…。現段階で両手に数えられる域はとっくに超えていた。人数を確認するのも面倒なほど、プロテュースの交際相手は多かったようだ。おかげで、ロザリンドは彼女たちに色々と確認することはできた。
ヘレナが憂慮しているのは、ロザリンドに対する嫌がらせのことだ。
ヘレナがこの席で食事をするようになってから、当初、上位貴族のヘレナに配慮して、ロザリンドは外で昼食を取っていた。
だが食事中、ロザリンドは水をかけられたり、虫を投げつけられたりするものだから、人目のある場所へと戻ってきたのだ。
オリヴァーやベアトリスは騎士科で、領地経営学を学んでいるロザリンドとは始業終業時間が異なる。
大公家の一員であるオーランドーは立場上、ロザリンドだけを特別視出来ない。ロザリンドが貴族令嬢であるが故に、友人とはいえ、オーランドーがロザリンドと気安く昼食を共にすることはなかった。
婚約者であるプロテュースは三年生で、すでに内定している就業先での実地訓練が始まり、学院へ通っていない。
だが、学院にいたとしても、プロテュースがロザリンドを食事に誘ってくれたかは謎だ。プロテュースは多忙を理由に、ロザリンドと三週間ほど会っていなかった。
「大丈夫ですわ」
ヘレナに心配かけまいとロザリンドは答えたが、実のところ、嫌がらせは多岐にわたり、酷くなっていく一方だった。
先日は寮部屋の前にゴミを散らかされた。
室内に入ろうとした痕跡もあったが、前入居者であるフェーベが、在学中、自身の研究書類を奪われまいと、鍵に巧妙な魔法を仕掛けていたため断念したようだ。
こんな事態になるとはロザリンドも思いもよらなかったが、フェーベ様々である。
「余計なお世話だと思いますのよ。ですが…」
「はい?」
「ベルモンド卿に、貴女のような人は勿体なくてよ」
一瞬、ロザリンドは言葉を失った。
多くの人は、高嶺の花であるプロテュースはロザリンドに不釣り合いだと罵る。
ロザリンドの授業に対する姿勢、生徒会で活躍している姿を認めてヘレナは発言したのだが、面と向かって、プロテュースよりもロザリンドを評価する言葉を掛けられたのは初めてだった。
バートラムから断罪され、腫れもの扱いで級友たちの輪から外れていたヘレナ、数多の女生徒から羨望を浴びていたプロテュースと婚約した野暮ったいロザリンド。
接点を持たなかった二人は、それを機に他愛ない会話をするようになった。
いわゆるランチ友達だ。いつしか心を許すようになり、本音を語りあう仲にまで発展した。
「ヘレナ嬢はどうして、バートラム卿がお好きなの?」
「何を藪から棒に…」
「だって、ヘレナ嬢の美しさは引く手あまたではなくて?」
国民のアイドル、ミランダには及ばないにしても、ヘレナはストラトフォード屈指の美貌を誇る美少女だ。
(別にバートラム卿でなくても、ヘレナ様にお似合いな素敵な殿方はもっといるはずだ)
ロザリンドの言葉の意を汲んで、ヘレナは嫋やかに微笑む。
「ふふ、ありがとう…。でも、ときにこの容姿は災難を引き起こすものよ」
「?」
ロザリンドは首を傾げた。
「私は幼い頃から殿方の興味をひいたようで、それこそ、お父様と同じ世代の方からも…」
「えっ!」
ロザリンドは絶句した。
自分の父親の年齢で想像したからであるが、ヘレナの父親はシニアよりもずっと若い。それでも、ヘレナと二回りは違う。
幼いヘレナに懸想するなどとは想像を絶する。
「バートラム様は婚約者という立場を盾として、何度も私の窮地を救ってくれたのです。大人にも立ち向かうような勇敢な子供でしたのよ」
「そうなのですか?」
「あの方……。昔から私のことは好きではないの。何でも、傲慢そうなこの顔がお嫌いなのですって」
(この女神のようなヘレナ様のお顔が嫌いですって!どこまでもクズ!)
ロザリンドは思わず、力を込めて拳を握った。
「それでも、私をずっと庇ってくださったの…。騎士道精神をお持ちの方だから、放っておけなかったのでしょうね」
ロザリンドの怒りを余所に、ヘレナは哀しげに目を伏せた。絹のように艶めいた黒髪が額にかかり、白く滑らかな肌を滑っていく。
「ねぇ、ロザリンド嬢。貴女はお顔に自信がないと言うけれど、貴女のお顔が好きだという男性はどこかにいるはずよ。バートラムが私を好きではないように…。人の好みは十人十色だと思いますのよ」
ヘレナの横顔を眺めながら、ロザリンドは改めて、恋するヘレナは美しいと思ったのだった。




