第二王女
「ロザリンド嬢、私、残念なお話を耳にしてしまったのだけれども?」
休み明け、生徒会室でミランダはロザリンドの頬を人差し指で撫で下ろしながら尋ねた。
「ミランダ、ロザリンド嬢の邪魔をしないように」
書籍を棚へ片付けていたファーディナンドがミランダを注意する。
ロザリンドは生徒から提出された申請書に不備がないか確認している。ミランダはその隣に座って、ロザリンドにちょっかいをかけていた。ファーディナンドの叱責にも動じない。
「プロテュース卿との婚約でしょうか?」
現在、ストラトフォードでの一番の話題をロザリンドが掻っ攫っていた。
「父がね?嬉しそうに話しますのよ、親友の娘の婿が決まったってね…。あの人、大公でいらっしゃるのに貴族社会の噂に疎くて…」
暗にプロテュースの生活態度に問題があることを、ミランダは仄めかしているのだ。
(えっ!プロテュース卿は何か闇でも抱えているの?)
ロザリンドは大公よりも世情に疎い。
ロザリンドが知っている情報は…。
プロテュースはベルモンド侯爵の三男で、現在公国立ストラトフォード学院の騎士科に在籍しており、順調に試験を通過すれば今期卒業する。
ロザリンドとの婚約が決まるまでは、オリヴァーと並び、甘いマスクで学院の女子の人気を二分する存在だったということだ。
「オーランドーもね、気落ちしちゃって…」
(殿下も心配くださっているんだろうか?)
ここ最近、ロザリンドはオーランドーを見かけていない。記憶を探ってみたところ、ロザリンドの熱愛報道が学院新聞に貼り出された翌日からだ。
「そう言えば、最近は公務でお忙しいのですか?お休みされているようですね?」
席に戻り要望書を仕分けしていたファーディナンドと、相変わらずロザリンドの頬を突いて遊んでいるミランダは、視線を交わしてため息を吐いた。
「あの子、繊細だから…」
波間に浮かぶ月光のような銀髪が揺れて、ミランダは困ったように眉根を寄せ、哀愁を漂わせる。
ミランダが何を憂いているのか、ロザリンドには分からなかった。
「?」
「率直に言いますわ!プロテュース卿はおやめなさい!正直、フレデリック伯爵が何故、この婚約を承諾なされたのか、理解に苦しんでおりますのよ」
シニアのことを指摘されるのは心苦しい。全てはロザリンドの不手際なのだ。
「ですが、もう婚約は締結しております。格下の伯爵家から契約解除を申し立てるのは…」
ミランダの目が見開かれ煌めいた。
ロザリンドは故郷のラベンダー畑を思い出す。鮮やかな花穂が風に踊るあの懐かしい風景、心なしか、ミランダからも爽やかな香りが漂う。
「あらあらあらあら?この婚約、ロザリンドは不本意なのね?まぁ!でしたら、私から父へ力添えをお願いするわ」
「滅相もございません!私ごとでございますので、自身で解決いたします!」
ロザリンドは慄いた。自分が蒔いた種は自分で刈り取らなければいけない。
況してや大公殿下に頼るなどあってはならないことだ。
「残念ね。けど、いつでも私を頼ってくださってかまいませんわ」
トントンッ!
扉を叩く音が甲高く響いた。
「誰だ?」
ファーディナンドが席を立ち扉へと向かう。
「プロテュース・ベルモンドです」
思わず、ミランダは親指の爪を噛んでいた。ファーディナンドへ目配せすると彼は頷いた。
「生徒会室は関係者以外、立ち入り禁止だが?」
扉を開くことなく、ファーディナンドは告げた。
「関係者か…。そちらにいるロザリンド嬢と話がしたくてね。婚約者なものですから…」
ロザリンドの背中へ汗が流れる。
プロテュースの声を聞くのは、彼の両親との顔合わせ以来だ。
「生憎、仕事中だ…」
「中で待たせていただいても?」
「本日は重要書類を精査している。部外者はご遠慮願いたい」
「では、こちらで待たせていただきます。可愛い婚約者のためなら、このような時間も楽しいものですし」
二人の攻防が続き、耐え切れず、ロザリンドは立ち上がった。
「ミランダ殿下、続きは明日でも構いませんか?」
「こちらは構いませんわ。けど、宜しくて?」
ミランダは上目遣いで、ロザリンドの制服の袖を摘んでいる。
「はい、話をしてきます。婚約者ですから」
ミランダは大袈裟に両手を挙げて、ロザリンドを解放した。




