第八話 侵入はつらいよ②
階段を降りると廊下へ出た。いくつか部屋の扉が見え、天井では等間隔に白いライトが廊下を照らしていた。少し寒いがそんなことよりも、シドが言った。
「人の気配がしないな」
ただ静寂だけがあり、生活している雰囲気があまりにも無かった。三人があたりを見回していると奥の扉が開いた。
「やばい!」
寅二郎が声を上げると同時にシドは扉に向かい走り出した。顔が見えた瞬間黙らせようと、シドが拳を繰り出すが、その顔面直前で拳を止めた。
「ひぃ」
そこにいたのはトングだった。
へたり込むトングに寅二郎たちが歩き出す。
「みなさん、あの夜の冒険者さん。
そんなことよりどうやってここに?」
「俺たちはやばい動きがあるっ
て、言うんで調査していたのさ」
「すまなかったな。今どんな状況なんだ?」
トングに手を差し伸べながらシドが尋ねた。
「それが、皆さん急遽コルダ丘陵へ行くよう言われたらしくて…」
トングは立ちながら言った。研究員たちは今朝、急に主任からコルダ丘陵への出向を命じられ、開発中の魔弾銃を持って出て行ったのだという。
「魔弾銃研究は完成していたのか!」
寅二郎が声を上げる。
「いえ、最終段階ではありますが、
まだ完成とは言えないはず……何ですが」
トングも困惑顔。
「事態も事態だ。主任とやらに直接尋ねるしかないな」
シドの言葉に、
「主任に、直接、ですか」
不安げな表情を浮かべるトング。
「案内してくれない?」
そっとトングの手を取り、リラが寄り添う。
「分かりました。こちらです」
まだ不安そうだったがトングは歩き出した。
廊下を進むことしばし、大きな扉の前でトングは止まった。
「この中で、主任も最終調整しているはずなんです」
中へ入ると、実際に発砲実験等が行われるのだろう。空間が広がっていた。奥行きもあり地下とは思えない広さだった。その奥で白衣を着た主任マゼルがこちらを向いて立っていた。
「ようやく来たね。待っていたよ」
そう言うとこちらに向かい歩き出した。
「主任、何が起こっているんですか?
この状況は…」トングが震える声で言う。
「言った通りだよ。
みんなには魔弾銃の最終確認のため、
コルダ丘陵へ出向いてもらった。
まぁ、あちらで死ぬことになるだろうけどね」
そう言うとマゼルが白衣を投げ捨てる。
「そんなことより、お前がトラジロウだな」
マゼルが寅二郎を見て笑う。
「ベルゼさまに盾突くお前がついにここまで来たか」
マゼルの言葉に寅二郎たちが身構える。
「ここで貴様を殺せば、
魔王軍での地位も上がろうというもの、
人間相手に実現しない実験を誘導するのも、
飽き飽きしていたところだ」
歩みを止めないマゼルから黒い煙が上り、
体が緑と黒の斑に変色していく。
「そんな、まさか…」
「気づかなかっただろ?
すべての銃に俺が細工を施していたのだよ」
そう笑うマゼルの口は大きく裂け瞳は大きく膨らんで、舌が足元まで垂れ下がった。
「蛙のバケモンかよ!」寅二郎が剣を抜く。
「全員この場で死んで行け!」
同時にマゼルの舌が寅二郎に襲い掛かる。寅二郎が剣で受け止めると重い金属音が響く。
ガインッ!あまりの圧力に寅二郎が押し込まれた。
「野郎!」寅二郎の言葉の裏で、シドが側面へと周りマゼルへと走り出す。
「風よ!」得意の風魔法で牽制しながら距離を詰める。あまりの展開の速さにたじろいでいたリラも、トングの傍で詠唱を開始した。
「女神よ——その慈愛を貸し与えたまえ…!
光よ、穢れを退け護りの壁となれ…!
仲間を包み、傷つくことを許さぬ盾となれ
——《サンクチュアリ・シールド》!」
柔らかい光の膜で覆われた寅二郎たち。すぐにリラはトングの前に立つと次の詠唱を開始、光の結界を作り出していた。
「助かるぜ、リラ!」
寅二郎は舌を叩き落とし、そのまま前へ出た。シドの連撃と呼吸を合わせ、剣を振り下ろす。だがマゼルは後退し、天井へと跳躍した。
「鬱陶しい……!」
張り付いたまま、巨大な水球を吐き出す。
床に落ちたそれは白煙を上げ、腐食音を立てた。
「酸か!」シドが歯噛みする。
縦横無尽に跳ね回るマゼルの視線が、リラを捉えた。
「まとめて消えろ!」
特大の酸塊と舌が、同時にリラへ迫る。特大の酸の塊を受け光の壁が破れ、リラの顔面に舌が迫る。リラは思わず目を瞑る。しかし、その瞬間、寅二郎が舌を掴みリラに覆いかぶさっていた。酸の雨の中、背中から白い煙を上げながら寅二郎が言った。
「大丈夫か、リラちゅわん。守るって言っただろ?」
「トラジロウ…」
涙を浮かべるリラの背後で、
拘束されたマゼルの首が一閃で落ちた。
「……終わりだ」
首を断ったシドの声だけが残る。
崩れた地下室には、
リラのすすり泣きが静かに響いていた。




