第六話 潜入はつらいよ⑤
帝都でも見た監視塔が、この街ではやたらと近い。
ひとつ通りを進むごとに、塔がある。
塔の上では帝国兵が、魔鉱灯をかざしながら道行く者を監視していた。
「……確かに、ちょっと変だね」
リラが不安げに周囲を見回す。
「こりゃ、軽い気持ちで潜入しようもんなら即アウトだな」
寅二郎は眉をひそめ、荷馬車を引く手を少し強める。
「でもまあ、道を歩くだけならバレやしねぇ。堂々といこう」
「堂々と……できるかな」
リラが袖をぎゅっと握った。
「大丈夫だ。リラは商人の娘だ。今日は荷の見張り、だな?」
シドがそう言うと、リラの表情が少し落ち着いた。
大通りを抜けた先、三人は古びた酒場に入った。
木製の看板には《鉄槌亭》と書かれている。
店内は無骨な職人と兵士ばかり。
重たい工具袋を背負った者、油と鉄の匂いをまとった者、
金属製のマグを机に置き、荒っぽくエールを飲む者。
その空気の重さにリラは肩をすくめた。
「すごい……冒険者が全然いない」
「ここで冒険者は必要とされん。
魔物退治も、開発も、軍が一手に握っている」
シドの声も低めだった。
寅二郎だけは平然とカウンターに向かう。
「親父、薄めのエール三つ」
「……旅人か」
店主は寅二郎を一瞥し、無造作に木のマグを差し出した。
寅二郎は、あくまで“軽口に見えるやり方”で質問を始める。
「最近、この町やけに緊張してるみたいだな。
まあ、戦争中だから当然なんだろうけどよ」
店主は鼻を鳴らし、声を潜めて言う。
「……研究所で“事故”が続いててな。
町の連中は軍に捕まるのを恐れてる。
怪しいやつがいたら即連行だ」
「研究所ってのは、どこにある?」
「ああ? お前、知らずに来たのか」
店主が眉をひそめる。
寅二郎は肩をすくめ、自然に笑った。
「正直、仕事で急に回されてな。
夜も遅いし迷ってんだよ」
店主はため息をつき、
テーブルに置かれた紙ナプキンの端で“地図っぽい落書き”をする。
「この大通りを北へ。
一番奥にある大きな建物だ。塔が三本立ってる。
そこが軍事技術研究所だ」
寅二郎は、軽く頭を下げて礼を言った。
その瞬間、シドが低い声で言った。
「見ろ、兵が来る。外へ出るぞ」
酒場を出て十数分。
夕闇の中、冷たい風が吹く裏路地を抜けると――
リラが息を呑んだ。
「……あれが……」
街の最北端、黒鉄の塀に囲まれた巨大な複合施設。
三本の高い塔は魔鉱灯の光でうっすらと照らされ、
頂上には監視兵の影が絶えず動いている。
重苦しい圧力を放つその建物には、
“戦時下の研究施設”というより、
“何かを閉じ込めている監獄”のような気配があった。
「帝国軍事技術研究所……」
シドが低くつぶやく。
寅二郎は冷や汗をかきながら口笛を鳴らした。
「こりゃまた……立派なヤバい建物だこと」
リラは喉を鳴らし、小さく言った。
「本当に……入るの?」
寅二郎は、彼女の肩に手を置いた。
「入るさ。あそこに“何か”がある。
そしてたぶん、俺たち以外の誰も触れようともしてねぇ」
シドが短く頷く。
「今夜は偵察だけだ。
構造、巡回、裏口……すべて把握する。
本格的な潜入は明日以降だ」
三人は闇に紛れ、
巨大な研究所を遠くから静かに睨みつけた。
その中で――
巨大な“脈動”のようなものが、かすかに響いていた。
まるで、
生き物が呼吸しているかのように。




