第十話 決戦はつらいよ⑧
「遅くなって済まない!」シドが叫ぶ。
リラの回復魔法の光を浴びながら、寅二郎が言う。
「遅くねえよ。これからが“いいところ”、だろ?アンナ!」
寅二郎の声掛けに、アンナも叫ぶ。
「ええ! そうよ、私たちは“ここから”よ!」
アンナの全身から白い光が吹き上り、《暁の翼》たちにも広がっていく。
そんな世界の光が集う場所――。
《バベルの塔》に立つレギウスは、自分の右手の指先を眺めていた。
そして、レギウスはシドの掲げる《点火の腕》に目をやると、
「やれ」全方位光線照射を命じた。しかし、
「止まれえええぇ!」シドが《点火の腕》を掲げる。
「ハハ!」寅二郎が笑いながら光線を躱す。
明らかに全方位であった光線の数が減っている。アンナたちも余裕で躱し剣を構え直す。シドの隣に立ってその肩を叩くと、寅二郎が言った。
「不思議か?レギウス」
「何だと?」レギウスが寅二郎に目を向ける。
「何でも知ってる、神様気取りのお前でも――“未知”は怖いか」
レギウスの左目が引きつる。
「“未知”って怖えよな。俺も分かるぜ。
そんな暗闇に手を突っ込みたくはねえよな」
「貴様」レギウスが左手の袖の埃を払う。
「だがなー―」寅二郎が剣を構える。
「“人”はそれでも手を突っ込むんだよ!
“未知”にな!泣いたって、転んだって、
手を突っ込むんだよ!“未知”の先にある“未来”にな!」
寅二郎の叫びに、レギウスも叫ぶ。
「貴様ぁぁぁぁ!」
寅二郎が指を差して笑う。
「いいぜ、レギウス!
“怒り”だろ、それ?めちゃくちゃ“人”っぽいぜ!」
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ!とレギウスを頂点として地面が盛り上がっていく。
「何なの?」アンナたちは急激な地面の隆起に這いつくばる。レギウスを頂点とした山はまだまだ隆起し、その頂点でレギウスが叫ぶ。
「“人”ごときが、朕の“世界”と同じ目線で語るな!
そこから朕の“世界”を見上げておればよいのだ!」
そして上空から雷が降ってくる。まるで“神の怒り”のように――。
「ヒャハハ!“怒ってる”、怒ってるぅ!」
寅二郎はその口では笑いを見せつつ、アンナたちに目配せする。
「ええ!行くよ!」アンナたちも頂上のレギウス目掛け走り出す。
次々と落ちてくる雷を避け、それでも迫る寅二郎たちに、
「ふん!動きを制限されたのは全体の70%程。
残りの30%程もあれば、貴様らなどゴミと変わらん!」
そう叫び、より膨大な数の雷を降らせる。
それでも雷を躱し、迫る寅二郎たちの中、
「あれか」レギウスがシドの掲げる《点火の腕》に目を付けた。
そしてレギウスは、《点火の腕》を掲げるシドの右手を睨みつけた。
「貴様ら、朕と同じ“高見”へ至ろうとは甚だ不敬。
――その“希望”とやらと共に地へと落ちよ!」
そう言って、光線を放った――。
シャリン!
そんな音と共に、《点火の腕》が宙を舞った。
シドの右腕が、それを握ったまま――。
寅二郎たちはじめアンナたち、それに腕を落とされたシドですら、
ゆっくりと流れるように感じる時の中で、それを見上げた。
見上げた先、上空に浮かぶ真円を描く月。
真っ白に輝く月を背景に、ゆっくりと回転する《点火の腕》を。
影絵のように黒くどこかへと飛んでいく“シドの腕”を――。
「フハハハ!これで“希望”とやらも無くなったな!
“人”ごときは地に落ち、見上げておればよいのだ。」
レギウスが叫ぶ中、
どこか夢心地のような表情だったシドが、
ふと自分の右腕を見た。
当然あるべき場所に右腕が無かった。
その事実に、今更気づき――。
「うわあああああ!」と叫びを上げ、
シドは断ち切られた右腕を抱え込むように崩れ落ちた。
そんなシドの叫びを聞いた瞬間、
寅二郎の中で、何かが“切れた”。
寅二郎の頭の中は何も考えていなかった。
それでも体が動いていた。
寅二郎は左脇に右手を差し込み、“ソレ”を取り出した。
片膝をつき、両手で構える。
照準をレギウスに合わせ――
パン!
引き金を引いていた。
テレビや映画で聞いた時より乾いた音。自転車のパンクしたときのような音。
風吹く山の頂上では聞き逃しそうなその音を、アンナたちは耳にした。
アンナたちが音のした方を向くと同時に、
「カハ?」レギウスが首を捻る。
その顔、左目の上辺りに黒い穴が空いている。
それでもレギウスの瞳は、寅二郎が構えた“ニューナンブ”の銃口を捉えていた。
煙の上がる銃口。その奥にある“未知”を知らんと――。
そして、「シド!トラジロウ!」アンナたちが駆け寄る中、
ヒュウウゥゥン。
そんな音が響き、
《バベルの塔》から、そして“世界”から明かりが消えた。
遠く離れた地でも、ゴーレムたちが次々と動きを止めていく。
レギウスは立ったまま、“活動を停止”した。
リラがシドに回復魔法をかけ続け、
アンナたちがシドの腕を探す中、
寅二郎は銃を構えたままの姿勢で動かなかった。
そんな《バベルの塔》の頂上を、天の真上から月の光が照らすのだった。




