第九話 覚悟はつらいよ①
“何を犠牲にしても”、皇帝の前に立つ――。
その決意を寅二郎に問い詰めたシドだったが、
その夜、寅二郎は帰ってこなかった。
それでも次の日の朝、国主ミレイアに用立ててもらった馬車の前でシドはリラと二人、寅二郎が来るのを待っていた。
「シド、顔が……」リラがシドに声をかける。
シドの顔は寅二郎に殴られたまま放置され、腫れあがっていた。
「いいんだ、このままで。これは私の“覚悟”の証だ」
シドはそう言って、苦笑いを浮かべた。
「シド……」リラは呟き、そっとシドの頬を撫でる。
「!?」すると、リラの手が輝き、シドの顔の腫れが引いていく。
リラはシドに治癒魔法をかけたようだった。
「シドが顔を腫らしたままじゃ、
トラジロウだって気持ちのいいものじゃないよ」
そう言ってリラは、泣き笑いの表情を浮かべた。
「そうか、そうかもな。駄目だな私は。どうにも不器用で……」
シドはそうリラに笑いかけた。その背中に、「よう」と声がかかった。
二人が振り返ると、それは寅二郎だった。
寅二郎の眉間には深いしわが寄り、シドを睨みつけていた。
しかし、
「“何を犠牲にしても”、そんなのは納得いかねぇ。
だが、お前の“覚悟”は分かった」そう言った。
そして、
「皇帝の描く世界も納得いかねぇ。
だから、――行くぞ」そう言って馬車に乗り込んだ。
「トラジロウ……」リラが呟き、シドと共に乗り込んだ。そうして、馬車は帝国へと走り出した。しかし、その車内には重い空気が漂ったままだった。「いよいよ帝国だね」リラは事あるごとに、宿につく時、馬車を乗り降りする時、何度も二人に話しかけた。しかし、「そうだな」「ああ」と、二人からはそんな言葉しか返ってこなかった。
結局、レギオンブルクの検問所を抜けるまで、空気は重いまま。
そして、検問所を抜けた先、寅二郎はある場所を睨みつけていた。
何もない地面。
(あそこは……)リラやシドが体を固くする。
そう、そこは冒険者が“ゴーレム部隊”に捕らえられた場所。寅二郎に隠された場面。シドが殴られてでも伏せた“帝国の力”。しかし、
今は何もない地面。だった。
「クソ!」寅二郎はやるせない表情で地面を蹴る。
そして三人は歩き出す。
トングのいる《技術交流会館》へ。
そしてそこで三人は、トングと再会する。
その瞬間、張り詰めていた空気があっけなく崩れ去り、
物語は一気に走り出すのだった。




