第五話 “新”世界はつらいよ④
“技術交流会館”でトングから明かされた帝国の人口把握技術。ゴーレムを介した人口統制計画。その衝撃に、寅二郎たち三人の足取りは、我知らず早くなっていた。
「今も俺たちの足取りは把握されているってわけだ」
寅二郎は苦笑しつつ、歩いている。
「ああ、だが俺たちは特別何もしちゃいない。堂々としていればいい」
そう言いながらも、シドの足取りも早い。
「会話は聞かれていないって話だけど、……早くこの国を出たいね」
キョロキョロと周りを見回しながら、リラの頬には汗が伝う。
「やっぱり“鍵”はゴーレム。だろ」
寅二郎は背伸びをしながら、空を見上げる。
「とりあえず、ルゼリアに戻ろう。イェルクと相談しよう」
そう言いながら三人は検問所へ向かっていた。
もう少しで、検問所、という所で何やら騒ぎ声が聞こえてきた。
「何だ?」寅二郎は少し先に人だかりができ始めるのを見かけた。
そして、シドが耳を澄ますと、
『“帝国国民証”が何だってんだ!』
(あの声は!)シドはその声に聞き覚えがあった。
(!?)そしてシドは、人垣の先に“それ”を見た。
寅二郎たちが入国する際、揉めていた冒険者。大剣を担いだ男が、“ゴーレム部隊”に詰問されていた。今見えたのは、その大剣の先だった。
(あの冒険者、まさか!)シドはより耳を澄ます。
『“帝国国民証”くらいで、ここまでされるのかよ!』
その瞬間、シドは“最悪の瞬間”を想像し、
人垣に割り込もうとする寅二郎の腕を掴んだ。
「おい、シド。どうした?」
騒ぎに興味津々の寅二郎の顔を、シドは睨みつけた。
「トラジロウ、この先に進む“覚悟”はあるか?」
突然のシドの問いに、首を傾げる寅二郎。
「何だってんだよ。だからルゼリアに戻ろうってんだろうが」
そう言う寅二郎を、シドは腕を引きながら検問所へ導こうとしていた。
そのシドの真剣な表情、そして人垣から漏れ聞こえる声に、
リラも気付いた。シドの行動の意図するところを――。
(シド。トラジロウにこの騒ぎを“見せない”つもりね……)
「おいおい!何だってんだ。痛ぇぞ、シド」
「だから!お前の覚悟を聞きたいんだ」
そんな二人のやり取りに、リラが割って入る。
「ちょっと、二人とも。もう検問所だよ!
私、もうこの国を出たい。ここ、何だか怖い」
そう言って見つめてくるリラの視線に、シドも気付いた。
(リラ!私の意図に気付いてくれた!)
そうしてリラも、寅二郎を引きずるように歩き出す。
「何だってんだ、二人とも」
首を傾げ続ける寅二郎を連れ、三人は検問所を抜けた。
途中でルゼリアに行くという乗合馬車を見つけ、乗り込む三人。
そして、馬車の中、遠くに見える検問所を見つめ、シドは思う。
(おそらくあの時、冒険者が帝国に“拘束”されていた。
そんな場面、トラジロウは間違いなく首を突っ込む。
そうなれば、確実にトラジロウが帝国に目を付けられる。
今は駄目だ。トラジロウは“希望”。だから、今は……)
そして、シドは拳を握り自分の胸に当てる。
(たとえ、トラジロウに殴られようと、軽蔑されようと、
今、トラジロウと帝国をぶつけさせはしない!)
魔王との最終決戦。寅二郎との距離に慟哭し、
生きて戻った寅二郎と再会し、縮まったと思ったその距離。
二人の間に、自ら溝を掘ったように感じ、
シドは握る拳、その震えを止めることが出来ないのだった。
閑話:松風ヤスコは思い出す
勇者PT《暁の翼》の牽制役、頭脳担当の松風ヤスコは“ゴーレム部隊”を引き連れて歩いていた。
その後ろで参謀本部将軍、ウインバッハが声を上げる。
「困りますなぁ。聖女様よろしくこんな勝手を言い出されては」
その声に肩を竦め、ヤスコは返す。
「ごめんなさいね。でも私、前世で“検察”という仕事をしていたので、
とても興味があるんです。ココに……」
そう言ってヤスコはその建物を見上げた。
《ガルディア帝国治安統制院》
重厚な建物が並ぶレギオンブルクの中でも、ひときわ重い空気を纏っている。窓には全て鉄格子が嵌められ、その威容は警察署というより監獄だった。中へ入ると、空気まで重く感じる。
(この息苦しい感じ。懐かしいわね)
ヤスコは苦笑いのまま、廊下を進んでいた。
「で、ヤスコ殿は何をご覧になりたいので?」
後ろでウインバッハが声を上げる。
そして、ヤスコの背中に、
彼は“こんな所、とっとと出たい”
という無言の圧をかけてくる。
「ふふ、“ゴーレム部隊”による人口把握。
そして犯罪者たちに目を光らせ、
“犯罪の芽”を即座に摘んでしまう。
そんな素晴らしいシステムを、
後学のために見ておきたくなりまして……」
ウインバッハの圧など、なんのその。
ヤスコはどんどん奥へと歩を進める。
そして、ヤスコは足を止めた。
廊下から中が見えるように、ガラスが張られている。
そのガラス越しに中を眺める男。
白衣にもじゃもじゃの白髪。
その姿を見たヤスコは、
(思わず、“博士”って名づけたくなる人ね)
そう微笑みながら、男に声をかけた。
「失礼。こちらは何をしているところですか?」
ヤスコも中を伺うと、大柄な男に何やら話しかける男。
尋問中の様だ。大柄な男の後ろにはローブ姿の二人が立っている。
「ああ、先日検問所付近で暴れた冒険者をの、
“更生”、させているところですじゃ」
“博士”と名付けた男の言葉に吹き出すのを堪え、
ヤスコが質問を投げた。
「“更生”?失礼ですが、あの男は何をしたのです?」
“博士”はくっくと笑い、
「度重なる“帝国国民証”の紛失、
それを咎めると暴れ出しての。“反逆罪”と相成った」
“反逆罪”、その言葉の重みにヤスコは沈黙する。
「ほれ、見ていてくだされ。犯罪者が“更生”され、出てくるぞぃ」
もはや“博士”の言葉に笑うことも出来ず、
中の男にじっと見入っていた。
すると男の後ろにいたローブ姿の二人。
男に手をかざすと、
ビクンッ!
と、男が身を竦ませ、下を向いてしまった。
しかし、すぐに張り付けたような笑顔で立ち上がり、
外へと出てきた。
追いかけてきたローブ姿の男に、大剣を渡されると、
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
そういって頭を下げ、歩いて行った。
「今のは?」ヤスコは大剣を背負った男の背を見つめる。
「あの男は、“第二の人生”を歩き出したのですじゃ」
“博士”の言葉、男の大剣を眺めながらヤスコは思い出していた――
「松風検事!あの男の尋問、危険では?」
スーツ姿の後輩、その男の心配そうな顔に、
「“DV”の果てに、交際相手を絞殺。
あの男の闇、見極めたいの」
ヤスコは、そう返して被疑者と対峙する。
「あなた、何故あの人の首を絞めたの?
日々暴行を加えていたようだけど、あの日はなぜ?」
椅子に縛られ、手錠もかけられた男が叫ぶ。
「うるせぇ!あの女が逆らうから!
俺様をムカつかせたから、首を絞めてやったんだよ!」
椅子をガタつかせ、叫ぶ男にヤスコも叫ぶ。
「それだけ?それだけの理由で人を殺すの!?」
ヤスコは立ち上がり、机を叩く。
その瞬間だった。男が立ち上がったのは。
服を引きちぎる勢い、手錠から血を滴らせ、
男はヤスコの首に噛みついていた。
(!?)ヤスコは音の無い世界にいた。
血まみれで笑う男、そこへ飛びつく男たち。
全てが画面の中の映像の様に見え、
突然、その画面は暗転した。
(人の闇、これ程に深いものだったのね……)
――ヤスコはそれでも男の背中に思った。
(前世でのあの男は、死刑になるのでしょうね。
でもそれは“人”として罪を償うための罰。
でもあの男、大剣を担いだあの男は、
“人”として終わらせてもらえないのね。
洗脳され、“第二の人生”という名の道具にされてしまったのね)
ヤスコは眉を寄せる。そして、
(人の“闇”、帝国の“闇”はここまで深い)
ヤスコは拳を握る。
(だけど、アンナたちの“光”には触れさせない!)
徐々にその拳に力がこもる。
(《光輪の乙女たち》、その光の中にある“黒”。
私が、アンナたち“光”に“闇”を近づけさせない!)
誰も声を上げない静かな廊下、
居心地悪そうに衣擦れの音を立てるウインバッハを無視して、
一人、ヤスコは立ち続けるのだった。




