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異世界はつらいよ~転生勇者放浪記~  作者: 花京
第八章 魔王無き世界編
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第五話 “新”世界はつらいよ③

 コルンハーグ以来の再会、その余韻を味わう間もなくトングは歩く。

 一言も発さず先を歩くトングに、後を続く寅二郎たちも眉を顰める。


 そしてようやく、トングは立ち止まり、

「こちらへどうぞ」そう言って中へと入った。


 寅二郎たちが中に入ると、四方の壁には、小さな穴がたくさん開いていた。寅二郎は前世の音楽室を思い浮かべていた。


「ここは私たちの研究室。防音処理が施されています」


 トングのセリフに、眉を顰める寅二郎たち。

 しかし、シドが言った。


「防音?何か聞かれてはまずい話をする気か?」


 シドのセリフに寅二郎、リラが身を固くする。


 そしてトングは、噛んで含めるようにゆっくりと言った。


「いえいえ、あ・く・ま・で、帝国の最新技術、

 そのお話を皆さんにお話するだけですよ」


(そういう態度で話を聞け、ということか)


 そうシドは思い、寅二郎やリラに目を配る。

 二人が頷くのを確認し、シドはトングに目を向ける。


「帝国の最新技術か。それはとても興味深いお話だ」

 務めて明るい声色でシドが言った。

 シドのその態度に頷き、トングが話し出す。


「皆さん、レギオンブルクに入る際、

 “帝国国民証”を配られましたよね?

 あれは元はギルドの会員証。

 それと同じく、所持者のマナを記録できるのです」


――ギルドの会員証。持つ者のマナを読み取り記録する。名前や年齢、ギルドランクなどを入力することで、国を越えて活動する、冒険者たちの身分証明書の代わりだった。


「あれから発展させた技術で、

 “帝国国民証”は、所持者の位置情報を発信できるのです」


 トングのセリフに、三人は息を呑む。

(位置情報の把握!俺たちの居場所が帝国にバレバレってことか)

 シドはその技術の恐ろしさに、身を震わせる。


「人口把握。それに危険な場所にいる人を捜索出来る、すごい技術なんです」

「すごいな!それは。でもどうやって?」

「それは、“ゴーレム部隊”、彼らが会員証のマナを地面から探知するのです」

「おお!ゴーレムたちが」

「大地のマナを介して、情報を読み取りすぐに駆け付ける。

 そのために街中、至る所にゴーレムたちがいるのですよ」


 トングとシドの会話に、寅二郎が口を挟んだ。

「でもよう。それならギルドの会員証でもよかったんじゃないのか?」


 トングは寅二郎の方へ顔を向け、

 一度目を瞑り、そして引きつった笑顔で言った。


「いやいや、

 “帝国国民証”には所持者の適性、犯罪歴、健康状態なども入力できるんです。

 そうすることで、重要度を決めて行動できるって訳なんです」


「重要度?どういう意味だ?」

 首を捻る寅二郎に、トングが言う。その顔に汗が流れた。

「危険な場所に、健康状態の悪い人。

 犯罪歴のある人たちが集まっていたら事情を確認する。

 そういう風にゴーレムたちが優先度を決めて動けるんです」


(良く言えば、そういうことなのだろう。

 だが、使い方次第では人の命の優劣、人の行動の監視。

 そういう事ではないのか?)

 シドが手の震えを押さえる。リラは顔を蒼白に染めている。


そして、


コンコンッ


 ノックの音がする。それでも寅二郎が言う。

「それって、結局人の監視!……」

 その寅二郎のセリフをトングが遮る。

「とにかく! すごい技術なんです!」

 そう言ってドアへ走り、開いた。


 そのドアから男が入ってきた。

「おや、トング君。お客さんかな?」

「ええ、“技術交流会館”帝国の代表さん!

 ルゼリアから帝国の最新技術を学びにやって来た学徒さんです」

“帝国”その声に身を固くする三人。その前に笑顔でトングが立つ。


「皆さん、よく分かっていただけました?帝国の最新技術!

 代表さん!皆この通り、帝国の技術に声も出ないんです」


 帝国側の代表と紹介された男が、寅二郎たちを眺め、言う。


「皆さん、トング君の話を聞いてもらえたようだね。

 このように帝国の技術は素晴らしいものだ。

 “技術交流”、そのためにも国に帰ったら頑張ってもらいたい」

 そう言って笑顔で退出していった。


 ドアがしっかりと閉まったのを確認し、

 トングを含め全員が、深く息を吐いた。


「こうやって人の出入りが丸分かりってわけだ」

 シドが肩を竦め、

「ごめん。私にはこの技術、怖い」

 リラは自分の肩を抱いて震えていた。


 そして寅二郎は、

「しかし、ゴーレム、か。これは一度帰るべきかもな」

 そう言って無意識に左脇に手を添えていた。


 シドやリラの頷く顔を眺める寅二郎。

 その目には、なにやら光が宿っているのだった。




閑話:汐宮ユキナは思い出す


 アンナたち《光輪の乙女たち》、そして諸国の要人に向け、帝国の“講習会”は連日行われていた。帝国の思想、技術、そしてその威光に皆、圧倒されている。


「それでは、今日は流通の要、

 “帝国中央卸売市場”へとご案内いたします。

 昼食には、皆さまのお国から届いた新鮮な素材を用い、

 豪華絢爛なお料理をふるまう趣向。ご期待ください」


 案内役の参謀本部将軍ゴールドールの声に歓声が上がる。


 しかし、


「あの……」と、小さな声が上がった。


「何でしょう?《光輪の乙女たち》、シオミヤ・ユキナ様」

 と、ゴールドールが声の主、汐宮ユキナに顔を向ける。


 おずおずと一歩前に出たユキナは言った。


「あの、私は聖ローマン教の大聖堂に行きたいのですが……」


 そのユキナの声に苦笑いを浮かべ、

「まずは、皆様に帝国の今をよく知っていただきたいところ。

 ですが、……」

 ゴールドールは、ため息をついた。


「さすがは、聖女様。そのお気持ちは分かります。

 それでは、今日は別行動と言うことでも構いませんか?」

 

「ユキナ?」アンナの心配そうな声。

 そのアンナの顔に微笑みを向け、

「ええ、それで構いません」とユキナは言った。

 ざわめく一同。そして、どこからか別の“ゴーレム部隊”がやって来た。

 

「では、ユキナ様には、

 シルバージル将軍の部隊に護衛についてもらいましょう」

 そうゴールドールに紹介され、シルバージルが頭を下げる。

「帝国参謀本部将軍、シルバージルと申します。

 聖女、ユキナ様のご案内を務めさせていただきます」

「こちらこそ、無理を聞いていただきありがとうございます」


 そう挨拶を交わしたユキナたちは、聖ローマン教の大聖堂へと向かった。


 レギオンブルク行政区の隅に造られた大聖堂。

 街の影に隠れるように、ひっそりと佇む大聖堂にユキナは入った。


 ユキナが中に入ったその正面上方、ステンドグラスから昼の光が差し込んで輝いている。その下に講義を行うための台。その前で大司祭マーリンが子供たちと何やら話し込んでいる。


「あの、あの子たちは?」ユキナのセリフに、シルバージルが答えた。

「恐らく新しくこちらに所属することになった子供たちかと」


 ユキナはその子たちを見て、眉を顰める。

 みるからに痩せている。髪も手入れされておらずボサボサだ。


「帝国では5歳で適性検査が行われます。

 そこで適性を見出せなかった者は、こちらで祈りを捧げることに……」


 シルバージルの言葉に、ユキナは身を固くする。

 シルバージルは、言い訳のように言葉を重ねる。


「帝国は全ての者を見捨てることは致しません。

 ただ、役割が違うだけです。

 あの子たちも、帝国の未来に祈りを捧げる職に就くのです」


「そうですか。……」そう呟き、ユキナは歩き出す。

 子供たちの背を見ながら、在りし日の自分を思い出していた――




 前世、汐宮ユキナは裕福な家庭に生まれた。

 しかし、彼女自身は病弱で、ずっと入退院を繰り返していた。

 不治の病を患い、担当医からは、


「10歳まで生きられるかどうか……」


 そう言われ、愕然とする両親の顔をユキナは忘れられない。


 それでも、両親は諦めなかった。次々と病院を変え、「学校にいつでも戻れるように」と病室に家庭教師を呼んだ。そして10を越えた頃、ユキナは歩くこともままならなくなっていた。病院を移ることも出来ず、病院が終の棲家。周りの者はそう思い涙を流した。


 そんなユキナに両親は本を買ってきた。小説や漫画、絵本など。面会の時間になると、何かしら書物を持ってユキナに会いに来る。


 ユキナは物語の世界に生きた。


 貪るように、次々と本を読んだ。そしてその話を面会に来てくれた両親にするのだ。悪い魔王を倒す勇者。想像もつかない世界を旅する冒険者。時には悲しいお話もあるけれど、ユキナは嬉しそうに話をする。


「囚われた姫の為、無理を承知で旅をする王子。

 とてもロマンチックね、お母さん。……ゴホッ」

 咳込みながら、それでも笑顔で話すユキナに、

「よかったわね。ユキナ」

 ユキナの背を擦りながら、母は泣き笑いの顔を浮かべる。


 その母の表情に、ユキナは、思う。


(違う)


 そして背を擦る母の腕に、自分の手をそっと添える。


(お母さん、そんな顔をしないで)


(私は幸せだよ)


(たくさんの本を、たくさんの“世界”を見せてくれた。

 お父さんもお母さんも私に生きる“希望”をくれた!)


 母の腕に添えた、ユキナの手に力がこもり、


ピイィーーーー!


「病状悪化!汐宮さんの病室だ!」

 生命維持装置の警報音が鳴り響き、ユキナの病室が騒然となる。


 母の顔も、立っていた父の顔も涙でぐちゃぐちゃになっている。


(ごめんなさい。お父さん、お母さん。

 こんなに愛してくれたのに。私はここまでのようです)


 薄れゆく意識の中で、ユキナも涙を流す。


(でも!次があるなら……)


(次は物語の“主人公”に!なってみせるよ)


(だって二人が見せてくれたのだから……)




――ユキナは子供たちの後ろに立っていた。


「ねぇねぇ、何をお祈りしていたの?」

 ユキナのそんな言葉に、子供たちが振り返る。

 そして、慌てる子供たちに代り大司祭マーリンが言う。

「おお、聖女ユキナ様。

 今、子供たちに女神様に祈ることを教えていたのです」


 ユキナはマーリンに頭を下げ、

 しゃがみ込み、子供たちと視線を合わせる。


「“みんなの平和”のために祈る。

 とっても大事なことだね。――だけど今は」


「みんなのやりたい事を教えてくれないかな?このお姉ちゃんに」


 ユキナが笑顔で一人の子に顔を向けた。


「……僕は冒険者」小さく声を上げ、

「私はお花屋さん」隣の女の子が言った。

「僕は軍人になりたかった」もう一人の男の子が言う。


「そう。――ならそれを女神さまに伝えてみよう。

 僕は、私は、“こうなります!見ててください”!って。

 そういう風に女神さまに、私と一緒に祈願してみよう!」


 ユキナの言葉に、マーリンが、シルバージルが目を見開く。


「私たちは皆それぞれが“主人公”!

 女神様!私たちの頑張り、見ていてね!そう宣言しよう!」


 そう言ってユキナが立ち上がり、手を広げた。


 その姿を見た子供たちが一心に祈り始める。


(聖女様!)(ユキナよ。君は……)


 マーリンも、シルバージルも身を震わせていた。

 身分も立場も越え、大人たちが立ちすくみ、

 子供たちは熱心に“未来”を希う――。


夕暮れの日差しがステンドグラス越しに降り注ぎ、

聖女ユキナと、“立ち上がる”子供たちを輝きで飾るのだった。

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