第五話 “新”世界はつらいよ②
“ギルド制を撤廃する”。
そんな帝国の意向に気を重くする寅二郎たち。
「何だよ。自由に仕事を選ぶことも出来ないのかよ」
未だに納得のいっていない寅二郎。
「その人に合った仕事を斡旋する。
それは間違いではないのかもしれないけど……」
リラもやはり、どこか違和感を感じていたが、
「今はまだ、帝国での話だ。今はまだ、な」
シドはそう言い、指を差した。
「着いたぞ。“技術交流会館”だ」
三階建ての重厚な建物。入口に《技術交流会館》と看板が掛けられている。
中に入ると、そこはいきなり展示室になっていた。
透明なガラスケースが並び、中には建築物の模型や、武器などが飾られている。
「これだけのガラスを作るとは、さすがだな」
「それに、橋や建物、武器防具。種類の多さもすごいね」
シドやリラはルゼリアや帝国の技術力の高さに、舌を巻いている。
「ボルカンのおっさん、口だけじゃなかったんだな」
寅二郎のそんな軽口に、苦笑しながらシドが受付の小人族の男に話しかけた。
「ルゼリアのボルカンさんの紹介で、
帝国との技術交流を勉強させてもらえることになっているのだが」
「ボルカン様の? ああ、少々お待ちください」
そう言って受付は奥へと消え、待つことしばし、
「お待たせしました」
受付は、一人の女性小人族を伴い戻ってきた。
「おい!お前」「あんたは!」「コルンハーグにいた!」
三人は驚きの声を上げる。それもそのはず、
受付に伴われ寅二郎たち三人の前に立ったのは、
「お久しぶりです」そう声を上げたのは、トングだった。
帝国領コルンハーグ、その“魔弾銃研究所”に勤めていた研究員。禁忌の技術とされていた魔弾銃、その研究という帝国の陰謀を探っていた寅二郎たちと出会ったのがトングだった。
「皆さん、“コルダ丘陵”を生きて帰られたそうで。
再びお目にかかることが出来て、嬉しいです」
そう微笑むトングに、
「もらった“魔弾銃”、役には立ったが壊しちまった。すまねぇ」
と、寅二郎は苦笑いを返した。
「いえいえ、あれは無くなった方が良かったものです。お気になさらず」
と、トングが言ったところ、
「だがな、こいつはまだここにあるぜ」
寅二郎はそう言って、左胸を叩いた。
寅二郎の左脇、ホルスターに収まった“ニューナンブ”。
肌身離さず持ち歩く、寅二郎のお守りとなっていた。
そう嬉しそうに笑う寅二郎に、
「それは良かったです」と、トングが言った。
しかし、
「それでは皆さん、こちらにどうぞ」
そう言ってどこかへと歩き出したトング。
その表情が硬い。一気に静まり返り三人は付いて歩く。
その三人の沈黙は、この先トングの話で驚愕へと変わるのだった。
閑話;桐生リルルは思い出す
アンナたち《暁の翼》の面々は、帝国主催の“講習会”に参加していた。
「帝国の治世、そしてこれからの帝国を是非皆様に見て知っていただきたい」
案内役を参謀本部将軍ゴールドールが務め、
アンナたちや諸国の要人たちを、帝国内の各施設へ連れ歩き、
帝国の技術、思想、組織の力を見せつけようという趣向であった。
「まずは芸術文化。
昨日の“記念式典”でも演奏しました、“帝国軍付属音楽隊”。
彼ら帝国中から選び抜かれた“音”の精鋭たち、その登竜門。
“帝国国立音楽院”、こちらへ皆さんをご案内いたします」
帝国式の重厚な建物に入ると、
様々な楽器の音が漏れ聞こえてくる。
アンナたちも今だけは前世の学校、その放課後のような雰囲気に、
顔を綻ばせながら、互いの顔を見合っていた。
「こちらは今ちょうど授業中の様です。
少しお邪魔させていただきましょう」
ゴールドールが戸をノックし、中へ、
アンナたちも教室へと入って行った。
広い教室内、前にピアノが一台置かれ、
ちょうど生徒が一曲弾き終えたところのようだった。
「残念、最後のところ、楽譜通りではありませんでしたね」
俯く生徒に、教師は更に言葉を重ねた。
「それに、あなた。感情を乗せようとしましたね。
いけません、この楽譜はそんなことを望んでいません」
厳しい指導、そんなぴりついた空気。
アンナたちや諸国の要人たちも背筋を正していた。しかし、
漏れ聞こえた演奏に微笑んでいた、桐生リルルが眉を顰める。
「では、最初からもう一度。
今度は楽譜通りに。いいですね」
教師がそう言うのを、
「はーい、私弾いてみたい」
明るい声で、手を上げながらリルルがピアノに近づく。
「おお、《光輪の乙女たち》。
“金の魔導姫”リルル様の演奏、是非聞かせていただきます」
恐縮する生徒に頭を下げ、リルルはピアノの前に座る。
両手を上げ、目を瞑るリルルの頭には父母の顔が浮かんでいた――。
「リルル。なぜオーケストラに指揮者がいるのか、分かるかい?」
「どうしてなの?パパ」
世界的なヴァイオリニストの父、ピアニストの母。
忙しく世界を飛び回る父母との、数少ない思い出。
「それは“指揮者”が、
オーケストラと一緒にその曲を“表現”するためさ」
「曲を“表現”?」
首を傾げる幼いリルル。それを父母は笑顔で眺める。
「ああ、激しい身振り手振りの指揮者、
逆にとても落ち着いた指揮をする人もいるね」
「ええ、とっても面白いよ」
「ああ、彼らは楽譜、その曲に“解釈”を入れて、
オーケストラと共に、自分たちの“音楽”を演奏しているのさ!」
なおも、首を捻るリルルに、父は言った。
「つまり、音楽は“自由”なんだ!」
――そこで、リルルは目を開く。そして、
ガァン!
鍵盤を叩くような勢いで演奏を始めた。
目を見開く教師など目に入らない勢いで、演奏を続けるリルル。
目にもとまらぬ超絶技巧。
笑顔で鍵盤を叩き続けるリルル。
どんどんと加速していくテンポ、一歩間違えばただの雑音。
しかし、素人のアンナたちでもこみあげてくるものがある。
それは、“怒り”だった。
凄まじい勢いで叩き続けられる鍵盤、しかし突然。
鍵盤の端から端まで滑らかに指を滑らせ、曲が終わった。
先程までの叩きつけられるような音の乱舞、そのすぐ後の静寂。
リルルはそっと立ち上がると、
アンナたちに近づき言った。舌を出しながら。
「てへ、これじゃ帝国では演奏出来ないね」
アンナたちは苦笑しながら、リルルと共に教室を出た。
残されたのは、沈黙する教師と、
少しでも長く余韻を楽しみたい、そんな表情を浮かべる要人たちだった。
興奮した声を上げるアンナたちの後ろで、
(パパ、ママ。私の“今”、表現できたかな?)
突然の飛行機事故でこちらへとやって来たリルルは、
変わらぬ父母への愛を確かめるのだった。




