【幕間】フジコは裏から世界を見る②
――小さいフジコが声を上げる。
「お母さん!」
そんなフジコに微笑みかける母、マーガレット・オハラ。
少しやつれた表情ながら、駆け寄ってきたフジコを優しく抱きとめる。
「ふふ、フジコはいつも元気ね」
マーガレットは皇帝レギウス三世付きの侍女の一人だった。フジコと同じ豊かな赤い髪の女性で、肉感的な体つき、そして明るい笑顔が侍女の間でも人気の女性だった。
だが、
「朕の創る世界に“世継ぎ”はいらん」
そう宣言するレギウス三世の下、侍女たちは人知れず堕胎させられていた。
それでも、マーガレットはフジコを生み、育てた。侍女たちからも距離を取られ、針の筵に座るような生活の中、懸命に日々を生きていた。
そんなフジコ、五歳の誕生日。
「来い、皇帝陛下がお呼びだ」
黒の全身鎧の男が、フジコをどこかへと連れ去る。
「お母さん!」「フジコ!」
泣き叫ぶ母娘を引き裂き、
フジコが連れてこられたのは皇帝レギウス三世の御前。
「ふん、これがマーガレットの娘か」
フジコを見下ろし、レギウス三世が鼻を鳴らす。
「朕の野望、帝国の悲願、その思想を再現できるか。
そなたで試してみることとする。――連れていけ」
その声に、誰一人、逆らう者はいなかった。
そして、フジコは帝国の影に引き込まれてしまった。
密偵としての修行の日々。
人を欺くことを当たり前とし、殺すことも厭わない。
心に潜り込み、徹底的に利用する。
そんな生き様が体に染み込んだ頃、
「成績優秀、密偵として素晴らしい逸材となりました」
諜報部、指導役の男の声を跪いたまま聞くフジコ。
彼女の頭上で、レギウス三世の声が響く。
「そうか。では早速、使うとしよう――」
その一声で、フジコは密偵としての日々を歩き出す。
多少の自由を得られた彼女は、とある場所に来ていた。
「お母さん」
フジコが呟くその先にあるのは、お墓だった。
銘は“マーガレット・オハラここに眠る”――。
ひたすら涙が零れ、止まらなかった。
握り拳から血を滴らせたフジコは、
(女性を性の捌け口としてしか、見ない獣。
そして私を“帝国野望の為の実験”?
いいじゃない、見せてあげるわ。
あなたの言う“完成した帝国”。
そして見るがいいわ。
完成した帝国が音を立てて崩れるその様を――)
そう言って、マーガレットの墓に背を向け歩き出すフジコ。
彼女の顔にはもう、涙の跡すら残っては無かったのだった――。
「フジコ?」
シルバージルの言葉で、フジコは我に返った。
「大丈夫か?心ここにあらずって感じだったが……」
心配するシルバージルにフジコは微笑んだ。
「大丈夫よ。ちょっと飲みすぎたのかも。
もしくは、あなたの家族自慢で胸焼けしたかもね」
そう言って舌を出す、フジコ。
「何だい、それは。ひどいじゃないか」
二人は微笑みを交わし、
「ごちそうさま」
そう言って別れた。
シルバージルは明るく照らされた大通りを。
そしてフジコは光も差さない路地裏へと。
その影に入る瞬間のフジコの顔には、
もう、どんな表情も浮かんではいなかった――。




