第二話 冒険者はつらいよ①
寅二郎の「世界樹に礼を言いたい」という方針のもと、
一行はのんびりと乗合馬車で旅を始めた。
そして、ヴァルニス諸都市の辺境と接する検問所。
リ・エスティーネとルゼリアを結ぶ最短交易路の宿場街に泊まることにした。
両国を繋ぐ要衝ということもあり、街はそれなりの規模を誇っていた。
「せっかくだ。世界の雰囲気ってのを肌で感じてみよう」
シドの提案で、街のギルドへと顔を出すことにした。
寅二郎が扉を開くと、ギルドには大勢の声が聞こえる。
「おお、やってる、やってる」
そう言って寅二郎は足を踏み入れたが、首を傾げる。
「人が多いな。昼に近いってのに、依頼はどうした?」
確かにギルド内はたくさんの冒険者たちが座り、話し込んでいる。
しかし、どうにも明るい雰囲気では無かった。
「あの、皆どうしたんですか?」
リラが受付の男に話しかけた。
「あれを見て下さいよ。あの掲示板を」
受付の男が依頼掲示板の方を指差した。
しかし、肝心の依頼掲示板には数枚の依頼しか張り出されていない。
「“スタンビート”以降、
ダンジョンは帝国の“ゴーレム部隊”ってのが居座っててね。
“治安維持”の為とか何とかこっちに仕事を回さないんですよ」
すると、掲示板に立っていた二人の男が、言い争いを始めた。
「おい!これは俺が先に見つけたんだ」
「久しぶりのダンジョン依頼、お前らには渡せん!」
その様子に受付の男が手を広げ、天を仰ぐ。
「この有様ですよ」
胸倉を掴みあう程、緊迫する二人の男に寅二郎が割って入った。
「まぁまぁ、待ちなよ」
「なんだ?てめぇは」二人の男の声が揃う。
「俺たちは“冒険”者だぜ?こんなちゃちな仕事で青筋立てんなよ」
寅二郎は二人の肩を掴み、無理やり引き離すと、
「“冒険”ったら、ロマンだぜ?
このパナデイア大陸の海の先、新大陸探して海に出る!とかよ」
寅二郎のセリフに、二人は、というよりその場は一旦沈黙し、
「ぎゃははは!」
「何言ってんだ?」
「パナデイア大陸?何だそれ?」
爆笑の海が広がった。
シドやリラも困惑し、
場が少し落ち着いたかと思いきや、
「あ!思い出した」一人の男が声を上げる。
「お前!リ・エスティーネ王国を追放された“ステータス0”勇者だろ?
以前、王都エスティアのギルドで見たことあるぜ!」
再び巻き起こる嘲笑の渦に、寅二郎は押し黙っていた。
「もういい、行こうトラジロウ」
「ね、そうしよ」
シドとリラに引きずられるように、寅二郎はギルドを後にした。
宿への道、黙ったままの寅二郎にシドが言った。
「悪いな。お前たち召喚者の知識じゃ、
すぐに世界地図が浮かんだりするのだろうが……、
こっちの俺たちじゃ、まだ“世界”ってのは目の前のココ、なんだ」
前世での学生生活、当たり前の知識、当たり前の前提。
それがここでは違っていた。
「シドが謝る事じゃねぇ。俺が悪かった。
いつの間にか上から物を言っていたな」
寅二郎は黙ったまま、怒っていたわけでは無かった。
反省していたのだ。彼らの目線で考えることをしていなかった。
「それより、トラジロウ」リラが笑顔で尋ねる。
「パナデイア大陸の海の先って何?ヴァルニスで海は見たけど。
その先って何があるの?」
「分からねえ。だから“冒険”するんだろ?
だがな、俺たちの世界はな、球体なんだ」
「球体?」
「ああ、どっかの端から海に出るだろ?
そしたらなんと!反対側の端につくのさ!」
「ええ!何それ」
「ここでも星が大体同じところに出るだろ?
ってことは……」
寅二郎とリラの“冒険”話は酒も交えてずっと続き、夜が更けていく。
しかし、シドは寅二郎の笑顔に安心しつつも、
(“ゴーレム部隊”、“治安維持”。まだまだ一筋縄じゃ行かないのか)
シドの不安はこれから着実に形を成していくのだった。
閑話:神代アンナは思い出す
大魔王ノクス討伐の英雄、カミシロ・アンナはリ・エスティーネ王国国王レオニス四世の執務室にいた。レオニス四世のもとで、帝王学を学び始めたのだ。
「“国や身分を越えた”、“希望の象徴”となる。そのためにはこれらは身に着けておいてもらわねばならん。この国の王になれ、と言っているわけでは無い。お主の正義を示し続けるために必要なのだ」
アンナにも、レオニス四世の言わんとすることは分かる。
「でもまたお勉強、か……」
勉強することが嫌なわけでは無かった。魔王ノクス討伐の時の様に、
皆で強大な敵に挑む。アンナの思い描く勇者像と何かが違う様に感じていた。
そして、大量に積まれた書物の山に、ふと在りし日の映像が浮かぶ。
――
「キャプテン!」アンナが振り返ると、ジャージ姿の小柄な女子が立っていた。
「〇×△さん」顔も朧気、名前も思い出せなかった。しかし、
「三年の私が地区大会のレギュラーって、思い出作り、のためですか!」
彼女は5000メートル走の選手。小柄であるため、体の接触もあり得る5000メートル走には向いているとは言えなかった。それでもアンナは微笑む。
「それも無いとは言えない。だけどそれだけじゃない」
「それって?」
「あなたは最近、頑張って調子を上げてきたじゃない!
キャプテンである私が、いけると踏んで選ばせてもらったの」
「でも……」
下を向く女子生徒にアンナは微笑みながら、
「思い出作りでもいいじゃない!最後まで頑張ってみようよ」
そういって二人は走り始めた。
地区大会までの追い込み、二人で汗を流していると、
「先輩!」「私たちも」そう言って、他の部員も付き合い始めた。
「みんな……」女子生徒は涙を流し、
「さぁ、地区大会、全部出し切ろう!」
アンナが声を上げ、「おお!」みんなの声が一つになった。
そして、地区大会。
彼女の結果は、2位。県大会には進めなかった。
それでも、
「キャプテン、いえアンナ。ありがとう」
女子生徒は泣きながら、アンナに抱き着いてきた。
そして、アンナたちが進んだ県大会の朝、
アンナはトラックにはねられそうな男の子を庇い、こちらへとやって来た――。
(私はまだどこか甘えているのかもしれない。でも……)
“勇者”カミシロ・アンナは自身の在り方を考え続けるのだった。




