第五話 リ・エスティーネ王国はつらいよ⑧
黒い渦の外では、ようやくシドが立ち上がっていた。
「大丈夫?」リラが寄り添い、呟くように声をかける。
「ああ、大丈夫。悪かったな。情けないところを見せた」
シドは涙を拭い、リラに笑顔を見せる。
「もう泣くだけ泣いた。後は信じて待つだけだ」
シドはリラ、エルザたち王国騎士団、レオニス四世を見回す。
そして目の合ったレオニス四世と頷きあう。
(よくやってくれた。シドよ)
レオニス四世は、密偵であるシドに心の中で感謝した。
そして、
「後は待つだけか。その通りじゃな」
中の様子は分からない、それでも場の空気が柔らかくなっていた。
そこへ、突然。
パキィーン。
鎖がはじける音が“英雄召喚”の間に響いた。
「何だ!」「何が起きた」騎士団から声が上がる。
「心配には及びません……」
そのか細い声に皆が一斉に顔を向けた。
視線の先には、聖母マリアが鎖から解放され、立ち上がろうとしていた。
「マリア様!」
「聖母マリア!」
皆が声を上げ、マリアに駆け寄る。
エルザとリラに肩を支えられ、ようやくマリアが立ち上がる。
レオニス四世に微笑みを向けて、マリアが言った。
「大魔王ノクスが討たれ、術が解けたようです」
マリアの言葉に、皆の表情が明るくなる。
「そ、それは」
「それってつまり……」
「ええ、帰ってきますよ。彼らが……」
次の瞬間、黒い渦から一つの影が飛び出してきた。
「いっちばああん!」それはリルルだった。
満面の笑みを浮かべるリルルの後に、アンナ以下《暁の翼》の面々。
そして、
「ふわぁ、疲れたぜ」寅二郎が顔を見せ、黒い渦から現れた。
「ト、トラジロウ!」リラが叫び、寅二郎に駆け寄る。
皆が歓声を上げアンナたちを囲み、
シドも一歩一歩寅二郎に近づいていく。
「トラジロウ……」
体を震わせるようにしながらも、一歩近づいていく。
「お!」
寅二郎が声を上げた。
シドが顔を上げる。
が。
「マーリアちゅわ~~ん!」
──かつて“新宿のスケベ狙撃手”と呼ばれた男のようなノリで、
あるいは“世界一の三代目大泥棒”ばりの軽やかさで、
寅二郎は空中を平泳ぎしながらマリアへ飛びかかろうとした。
「!?」ぎょっとするシド。
「馬鹿!」アンナに叩き落される寅二郎。
「あ痛ぁ!」頭を抱え立ち上がった寅二郎の後ろには、シドが立っていた。
「この馬鹿!」シドが寅二郎の尻を蹴り上げた!
「あ痛ぁ!」尻を擦りながら笑う寅二郎に、
「お帰り」シドが言い、
「ただいま」寅二郎が答えた。
こうして、寅二郎たちは帰ってきたのだった。




