第五話 リ・エスティーネ王国はつらいよ⑥
黒いマナの漂う空間を走り続けた寅二郎たちだったが、
「見えたぞ」ついに辿り着いたのだ、大魔王ノクスの前に。
「来たか」そう声を上げたのは大魔王ノクス。
玉座に肘をつき、顎を手に載せている。
その額と頭には三本の角。
年の頃は初老を思わせる皺が寄り、
目は黒く、
その金色の瞳孔がこちらの心の底まで見透かすような気にさせる。
赤黒い瘴気を全身から漂わせ、
その圧は見ている者に息苦しさを覚えさせた。
「あなたが魔王ノクスね!」アンナの声で皆が構える。
一触即発の雰囲気にも、ノクスは余裕を崩さない。
「いかにも、我が大魔王ノクス。よく来た、女神の駒」
「女神の駒、ですって?」アンナの剣を握る手に力がこもる。
「貴様ら、この世界をどれほど知っている?」
ノクスの問いに、リルルが叫ぶ。
「時間稼ぎなんてさせない!《ファイア・アロー》!」
リルルの放った炎の矢を、左手に纏わせた氷で振り払うノクス。
「まぁ聞け。貴様らは正のマナ、我らは負のマナより生まれた存在」
じりじりと、横へ体をずらし始めたヤスコの前に土の壁が。
(動きが読まれた?)ヤスコはノクスを睨む。
「我らは貴様ら正のマナが揺らぎ生まれるのだ」
「貴様らが襲ってくるのが悪いのだろうが!」
アリアが盾を構え突進するが、突風に押し戻される。
「それもあるな。だが、何故襲うのか、それを考えたことはあるか?」
「襲う理由?確か召喚された際、
“この世界を負で満たさんとする”と聞きました」
ユキナは詠唱しようとしていた手を止めた。
「そうだ。ではなぜ“負で満たしたい”のか」
「なぜなの?」アンナは聞かずにはいられなくなっていた。
「それはな。この世界が間違っておるからよ」
「間違っている?」
「負が生まれるのを嫌い、正が負を滅ぼす。
これを間違っていると言わず何と言うのか」
「だからそれは、あなたたちが襲ってくるから……」
「今の貴様らならそう思おう。
だが、この世界、女神はそうは思っておらん」
「そんな!」
「女神はこの世界を正で満たしたいのよ。
我らはこの世界のバグ。
存在すら認められんのだ、女神は」
アンナたちは皆、息を呑んだ。
「バグである我らを消さんと異世界からまで駒を寄越す。貴様らの様にな」
沈黙するアンナたちを見回し、ノクスは言葉を重ねる。
「だから、女神に見せてやるのだ。負で満たした世界を。
全てが負で満たされた完全なる世界をな――」
アンナたちは、ノクスの言葉に飲まれていた。
彼が見据えているのは、自分たちではない。
その先にいる女神だった。
しかし、
「だから何だ?」白い煙が立ち上る寅二郎が声を上げた。
「お前が女神に言いたいことがあるのは分かった。
だがな、それで泣くのをこらえている女がいるんだよ」
世界に囚われ、それでも微笑を浮かべる聖母マリアを思い浮かべる。
「結局、お前は目の前を見ていない。お前の前にいるのは俺たちだぜ」
白い光を纏った寅二郎が剣をノクスに向ける。
寅二郎の姿勢に、アンナたちも姿勢を正す。
「俺はお前を許さない。女神の文句は死んでから言え」
「くだらん。虫ごときが……」ノクスの纏う瘴気が噴き上がる。
寅二郎たちから立ち上る光の覇気。
ノクスから吹き出す闇の瘴気――。
光と闇の衝突は最終局面へ向かうのだった。




