第五話 リ・エスティーネ王国はつらいよ④
ルゼリア、その世界樹のもとから馬車を急がせ、寅二郎は帰ってきた。
リ・エスティーネ王国首都エスティアへ。
王宮へ辿り着くなり、馬車を駆け下り、寅二郎が走り出す。
「行くぞ!“英雄召喚”の祭壇はこっちだ!」
シドやリラも、後を追って走る。
寅二郎の目の前に門番の兵士。
寅二郎を見つけると、
「急げ!向こうだ」
「聖母マリアを頼んだぞ!」
制止するどころか、神殿を指差す。
(事態はそこまで差し迫っているのか!)
後を走るシドに戦慄が走る。
「分かった。ありがとう」
寅二郎は声をかけ、さらに速度を上げる。
もはやシドやリラの事も構わず走る寅二郎。
神殿へと入り、「見えてきたぞ」と叫んだ。
ついに寅二郎が、“英雄召喚”の間へと辿り着いたのだ。
「これは!?」
寅二郎の目に飛び込んできたのは、
国王レオニス四世、王国騎士団。
そして《暁の翼》の面々。
祭壇の前には、祈りを捧げるマリア、傍に侍るアンナが見えた。
「マリア!」黒い鎖に縛られたマリアに駆け寄る。
「来てくれ、……ましたね」
マリアの声はあまりにか細い。
「どうなってんだ!?アンナ!」寅二郎が叫び、
「それが……」と、アンナが立ち上がる。
そこへ、肩で息をするシドやリラが追い付いた。
「揃った様じゃな。……儂が説明しよう」
そう言ってレオニス四世が、寅二郎たちに事情を説明した。
――魔王ノクスの魔法により、世界規模のマナ異常が起きていること。その震源がこの“英雄召喚”の祭壇の間、その奥の黒い渦。濃い負のマナに満たされたその先に魔王がいること。その余波でマリアが世界に囚われていることを。
「要はあの奥に魔王がいるんだな!
ぶっ殺せばマリアは解放されるんだな!」
寅二郎の体に白い光が立ち上る。
そして、寅二郎は黒い渦の前へと立った。
ふう、と短く息を吐いた。
次の瞬間、躊躇もなく、黒い渦へと身を投げた。
「馬鹿!聞いていなかったのか、そこは」
シドが叫ぶが、
「何だってんだ、これくらい。行けるじゃねえか!」
寅二郎は渦から出てきた。
「そんな!?」アンナたちに衝撃が走る。
(トラジロウ、あなた……)
アンナは拳を握りしめる。
「いいから、来てみろって」寅二郎に手招きされ、
アンナたち《暁の翼》の面々が渦へと挑む。
アンナたちは顔を見合わせ、一斉に渦へと身を入れた。
「行ける!? さっきまでの不快さが、薄れてる?」
アンナたちの顔に希望の光が灯る。
「これなら!」
アンナたちは手を開閉させ、体の具合を確かめる。
「行けるな?」寅二郎の言葉に頷くアンナたち《暁の翼》。
そして、シドやリラも渦の前に立つ。
「行くぞ!」寅二郎の声と共に皆、黒い渦へと飛び込んでいく。
寅二郎、アンナたち、そして――。
「ぐっ」
シドが渦へと身を入れた途端、
シドに負のマナが押し寄せる。
「トラジロウ!」アンナが叫び、寅二郎が振り返ると、
シドがのどを押さえ、苦しみ動けない様子。
「どうするの?」アンナの言葉に、
寅二郎がシドへと歩み寄る。
シドは苦しみに顔を歪め、額には脂汗が滲んでいる。
それでも渦から出ようとはせず、必死にその場に踏みとどまっていた。
その姿を見つめる寅二郎の目に、
一瞬だけ、迷いが宿った。
しかし寅二郎は、
「後は任せろ!」とシドを渦の外へと突き飛ばした。
「!?」シドは渦の外へと転がり出ると、大きくえずいた。
「ぐは」四つん這いになり、胃液を吐き出す。
額からは流れるような汗が噴き出す。
全身から吹き出した汗が水たまりを作り出す程だ。
「シド!?」
今まさに渦へ飛び込もうとしていたリラがシドへと駆け寄る。
リラの回復魔法を浴びながら、シドは拳を床に叩きつけた。
ドン!
「何故だ!ここまで来て……」シドの目には涙が溢れた。
「ここまで来て。
ここまで来て私は……お前の隣に立てないのか!」
シドは天を仰ぎ、叫んでいた。流れる涙もそのままに。
「うわあああああ!」
“英雄召喚”の間に響き渡る慟哭に、
誰も声を掛けられる者はいなかった。
長く旅を共にしてきたリラですら、
自らの涙を拭う事も出来ず、シドの姿を見ている他無かったのだった。




