第七話 買い物はつらいよ③
ある日の朝、
シドが起きてもまだ寅二郎が部屋に帰っていなかった。
「昨日、トラジロウはだいぶ酔っぱらってて。私たち先帰っちゃったよね」
「ああ、『今夜は寝かせねぇぞ』だか煩くて、ほっぽって来たんだ」
シドやリラが部屋で話していると、扉が開いた。
「おう、今戻ったよ」
シドとリラが振り返ると寅二郎。
と見知らぬ女性が隣に立っていた。
「?」「こちらは?」シドが尋ねると寅二郎が、
「買った」
その瞬間、シドとリラが寅二郎に襲い掛かった!
「ちょ、ちょっと待て」「この馬鹿!」「お前はついにそこまで!」
寅二郎の話す間など与えず、ボコボコ。漫画の様に煙が立ち上る。
そんな地獄絵図の最中、小さく声が聞こえた。
「違うんです……」
「!?」シドとリラの手が止まる。血だらけの寅二郎が倒れる。
「トラジロウは助けてくれたんです」
続けられた言葉にシドとリラが息を呑み、寅二郎は、
「もちっと早く言ってくれ」倒れたままで涙を流した。
女性の名はルールー。
この街で娼婦をしているという。
娼婦と聞いてリラの胸が小さく跳ねる。
「この街の娼館で働いていたんだけど、その店、全員奴隷を使っていたの」
「この街でも奴隷は禁止されているだろう?」シドが言う。
「ええ、だけど私も元奴隷。裏じゃこんな話、よくあるみたいよ」
すっとルールーが視線を落とす。
「それで?」
「ええ、それでその店がお上に見つかっちゃったみたい。
昨日の夜にいきなり兵士が雪崩れ込んできたの。
『この店は取り潰しだ』って」
寅二郎がようやく立ち上がる。
「店の前まで騒ぐから、何かなって覗いたらそんな有様。
『この店潰されたら私たちどうなるの?』『知らん!』
そんな剣幕だったから、『この店ごと俺が買う!』って言ってやったんだ!」
自慢げに鼻の穴を膨らませる寅二郎。
「まぁ事情はわかったけど……」
「そうだな。実際問題、店ごと買うような金は無いぞ?」
リラやシドも心配そうな表情を浮かべたが、
「勢いで『俺が買う!』なんて言っちまったが、
いい考えがあるんだ!」寅二郎は元気いっぱいに出て行った。
寅二郎が向かったのは、
師匠トンペティの拠点である本家“武聖楼”だった。
そしてそこに、絶叫がこだました。
「なんじゃとぉ!娼婦どもを買い取れと!」
とりあえず頭を殴られ、
涙目で頭をさすりながら寅二郎が言った。
「まぁまぁ、悪い話じゃないって、師匠。あれをこうしてな……」
寅二郎の耳打ちに、ふむふむと耳を貸すトンペティ。
数日後、娼館だった場所は改装されていた。
看板には《武聖酒場》。
夕暮れ時、店の中ではルールーを挟み、
寅二郎とトンペティが酒を酌み交わしていた。
「なるほどのぅ。綺麗なおなごと酒や会話を楽しむ場所、か」
「俺の故郷じゃ"キャバクラ"って呼ぶんだ。楽しいだろ?」
「おうおう、酒がすすむのう」
「二人とも、ありがとう。
おかげで私たち何とか生きていけそうよ。
お金だっていつかちゃんと返して見せるわ」
ルールーが笑顔でトンペティに酌をする。
「金? ああ、心配するな。高い授業料じゃったが、
まぁ……命までは取られん。わしゃ毎日通ってしまうかものぉ」
トンペティが笑顔で酒を掲げる。
賑やかな店内、トンペティの門下生たちも楽しそうだ。
「お客様、キャストへのおさわりは厳禁です」
シドに手を叩かれたトンペティが、叫びをあげる。
「あいたぁ!」
(みんな笑ってる……。
あの日、私が欲しかったのも、きっとこんな居場所だった。)
リラはちびりと酒に口をつけた。
こうして《武聖酒場》は賑やかな夜を明かすのだった。
そんな光景を見ながら、寅二郎は苦笑いで言う。
「なかなか、自由ってのも金がかかるな」




