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異世界はつらいよ~転生勇者放浪記~  作者: 花京
第六章 商業都市国家群ヴァルニス編
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第三話 助平はつらいよ③

“武聖楼”に荷物を預けた寅二郎たちは、

 露天風呂へと向かう坂道を上っていた。

 夕日がそろそろ落ちようかという頃、

 丘の上にある露天風呂前にたどり着いた。


「わあ、水平線近くに夕日が落ちて、すごくいいね」

「ああ、水平線が煌めいてとても綺麗だな」

 リラやシドだけでなく、皆感嘆の声を上げた。


しかし、


「ちょっと先行っててくれ。

 俺とトンペティは少しこの景色を眺めてから行くからよ」

「うむ、せっかくの絶景じゃからな」


 などと言い出す寅二郎とトンペティ。


「分かった。シド、行ってみようよ」

 とリラとシドの二人は、

 先に露天風呂のある施設へと入って行った。


「さて、トンペティ。今度こそ大丈夫なんだろうな」


「まかせい!儂がこんな時のために、

 何度ここへ来たと思っとるんじゃ」


 トンペティの謎の自信に、寅二郎が微笑む。


「期待してるぜ!師匠」


 こうして二人は意気揚々と施設へと入った。


 しかし、男性用の更衣室へと入った寅二郎が言った。


「あれ?シドの奴、来てないじゃないか。どういうことだ?」

「何か他の土産物コーナーでも覗いておるのかのぉ」


 寅二郎にはそう答えつつも、トンペティに不安がよぎる。


(シドの奴め、まさか……)


 そして女性用の更衣室にはリラと、

 そしてシドの姿があった。


「もう、シドったらせっかく水着も買ったのに」


 パーカーとカーゴパンツを籠へとしまいながらシドが言う。


「しかしトラジロウに見せる訳にもな」


 そういったシドは、さらしの上に紺の競泳水着を着ていた。

 ぴったりと密着する紺の水着が、体のラインをすっきりと見せていた。

 さらしと水着も籠へと仕舞うと、タオルを取って湯船へと歩き出す。


「今だって、誰に見られるかもしれないと思うと心臓が痛いくらいだ」


「大丈夫だって。ここは男女別だって言ってたでしょ」


 そして湯桶で体をすすいだ二人は露天風呂の光景に声を上げた。


「とっても綺麗ね。水平線に夕日が沈むよ」

「ああ、湯煙の向こうに見える夕日。とても素敵だな」


 そして湯船につかろうとするリラにシドが言った。


「リラ、とても綺麗だな」


 玉の様に汗が浮くリラの体は、シドには煌めいて見えた。


「ふふ、ありがと。でもシドだって綺麗だよ」


 リラのセリフに、

 湯船につかったシドはそっと腕を湯から上げると、


「駄目だよ、私の体は。ほら傷だらけだ」


 リ・エスティーネ王国の密偵として、過酷な任務に就いていたシド。体のあちらこちらに傷跡が浮いている。腕の傷跡を撫でながら、


「これは私の勲章だ。恥ずかしいとは思わない。しかしな……」


 そう言ったシドの顔からそっと目を移す。


 そして湯気に濡れ夕日を浴び、

 蒼く輝く黒髪を見て、リラは言った。


「そんなことない。綺麗だよシド」


 それきり、しばらくの間二人は沈みゆく夕日を眺めるのだった。


 しかし、そんな静寂を破るひそひそ声が漏れ聞こえてきた。


「おい、トンペティ。こっちで合ってるんだろうな」

「静かにせんか。ここで間違いないわい」

 寅二郎たちは女性用露天風呂の裏側、

 竹で出来た柵の前にやって来ていた。


「おい、この柵、結構高いぞ?よじ登ろうってのか?」

「そこに大きな木箱があるじゃろ。それを動かすのじゃ」

 寅二郎がその木箱に取り付こうとしている。

 しかしトンペティは一歩下がっていた。


(何やら嫌な予感がするのぉ。ここは逃げの一手か?)


「おお!これだな。トンペティ!」寅二郎は小さくガッツポーズ。

 しかし、トンペティに振り返るとトンペティは困惑顔だ。


「おい、そこじゃ見えないぞ。俺から行っていいんだな?」

 好きにするがええ、と言うトンペティの気も知らず寅二郎が言った。


「へへ!それじゃぁ俺から先に“もっこり”いただくとしよう」

 寅二郎が柵の穴を覗き込む。


 しかし湯煙のためか奥がよく見えない。


「何だ、目の前に何かあるのか?」寅二郎が目を凝らす。


すると、


「おろ?誰かの顔に見えるぞ」焦点が合ったのか、見えたのはシドの顔だった。

「シ、シド!?何で?」次の瞬間、穴から熱湯が噴き出した。


「ぎゃぁぁ!」寅二郎は熱湯の勢いに吹き飛ばされた。


 すかさず逃げようとするトンペティには詠唱する声が聞こえた。


「敵を打ち落とせ!《ライトニング・アロー》!」


 ずぶ濡れの二人に雷の矢が落ちる。


「ほぎゃぁぁ!」


 二人はお互いの骨が透けて見えるほど、雷に打ち据えられた。


「シドに護衛依頼を出していて正解だったね」


 タオル一枚で倒れている寅二郎とトンペティ。

 リラとシドはいつもの装備で二人の傍に立っていた。


「あれだけ騒いでいてはバレバレだぞ。馬鹿ども」シドは呆れ顔で言った。


「爺ぃ、お前逃げようとしてただろ」

「馬鹿もん、不穏も感じ取れんくせによく言うわ」


“武聖楼”への帰り道、“もっこり同盟”は不協和音が響き渡っていたのだった。


閑話:“助平爺ぃ”も、つらいのじゃよ


 その夜、“武聖楼”の道場では寅二郎たちの送別会。

 という名の宴会が開かれていた。


「ぎゃはは!トラジロウ、いける口だな」

「おい、こっちにも来いよ。話聞かせてくれ」

 門下生たちとどんちゃん騒ぎ。リラも楽しそうに笑っている。


 そんな中、シドは「酔い覚ましに風に当たってくる」といって浜辺に来ていた。

 静かに聞こえる波の音、月明かりの下立っていたシドに声がかかった。


「こんな所に一人で、どうした?」声はトンペティだった。


「少し、考え事をしていただけです」

「ふむ、シドよ。いいのか“そのまま”で」

「“そのまま”とは?」

「それは自分の胸に聞いてみるのじゃな。自分の“胸”に」

 トンペティは微笑みながら言った。

 シドは胸がどきりと鳴った。ばれているのか、と口を噤む。


 しかし、次にトンペティの口から出たのは違う言葉だった。

「実はな、国主のマルセロからは『もう一人の“勇者”、その資質を見極めて欲しい』と、そう言われておったのじゃ。そしてわしは奴を、トラジロウを……」

 トンペティが月を見上げ、つられシドも月を見上げる。


「それで、シド、お前はそれでいいのか?」

 シドが言いあぐねていると、続けて言った。


「昼の報酬な、“答え”が欲しいか?」

「!?」シドの体が硬直する。


 漣が、沈黙する二人の間に横たわる。


(私の思いは、トラジロウに対する私の……)


 シドはそっと目を閉じ言った。


「いえ、“答え”はもう少し自分で考えます。私自身で出すべきだと思うので」


 シドの姿は見ずに、月を見上げたままでトンペティは言った。


「あいつは“自由”。それこそが奴の資質、儂はそう見た」


 シドも微笑みを浮かべた。「そう、ですよね」


(国王レオニス四世もそう言った。トラジロウは自由が似合うと)


 シドは震えそうになる体を、自分で抱きしめると、


「俺、いや私も同じ考えなんです。トラジロウには自由が似合う。

 だからあいつには自由でいて欲しい。それは間違いない私の思いです」


 まっすぐ見返すシドの眼を見て、トンペティが微笑んだ。


「ほっほ。どうやらとんだおせっかいだったようじゃな。

 助平爺はこれだから。――夜風は体を冷やす、ほどほどで戻るんじゃぞ」


 シドには目を向けず、トンペティは帰って行った。


 しばらくシドはそのまま月を眺め続けるのだった。

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