第二話 一攫千金はつらいよ⑩
「ようこそ、私がサマルクスです。学者をしております」
そういって寅二郎たちが座ったのは、
とある宿屋に隣接する食堂だった。
寅二郎たちに席を勧め、サマルクスが最後に座る。
金髪を無造作に肩まで伸ばし、ポケットのたくさんついたベストの上から白衣を羽織っている。ほっそりした体つきで姿勢よく椅子におさまる。丸眼鏡の奥で目は笑っていなかった。
「“エンダープの環境調査”その護衛依頼と言うことだが?」シドが話始める。
「ええ、あそこは自然豊かな観光島だったのですが、
最近、生態系に異常が見られる、とかなんとか噂が流れてきましてね」
サマルクスの言葉に寅二郎が首を捻る。
「そんなの行ってみれば、すぐ分かるんじゃねえの?」
「ええ、行ってみようかとギルドで話を聞いてみると、
『行方不明者が時折発生している』と言うではないですか。
私は見ての通りのか弱き学者。どうしたものかと迷っていた所でして」
“か弱き”とは言いながら、どっしりと構えるサマルクスの態度。
(額面通りの学者ってわけでは無さそうだ。何かあるな)
シドはサマルクスの事情に考えを巡らせ始めた。
「こっちの事情で悪いんだが」寅二郎が言う。
「エルドって冒険者がその孤島に行っているらしくてね。
俺らも丁度“エンダープ”へ行きたいんだ」
「私たちも行方不明者の噂を聞いて、彼の身が心配で」
リラも、エルドの身を案じている。
そんな寅二郎とリラの姿を見回したサマルクスが言った。
「私もギルドへ依頼は出したが、返事が来なくて困っていた所。
まさに“渡りに船”と言ったところでしょうかね。これは」
そう言って立ち上がると、手を差し出してきた。
その口元は少し笑っているように見えた。
「正式依頼って事でいいんだな?よろしく」
寅二郎が手を取り、“エンダープ”行が決定した。
(エルドの身、エンダープの今、サマルクスの依頼。心配事は尽きないな)
シドはそっとため息を付くのだった。
そして今、寅二郎たちはエンダープ行の馬車に乗っている。
サマルクスが借り切った専用馬車だ。
「おいおい、俺たちまでこんな良い馬車に乗らせてもらっていいのか?」
「ね、座面もふわふわでとっても良い馬車だよ」
恐縮する二人に、サマルクスが言った。
「ええ、護衛依頼ですので。私の傍に居ていただかないと。
それに本番はこれから。港に着いてからになりそうですから」
サマルクスの言葉は、港で早速現実となった。
「エンダープ行の船は、定期便以外に無いだって?」
寅二郎たちは、港の関係者に聞き込みを行っていた。
かすかにエンダープの島影が見える港では幾つも船が見えた。
しかし、どの船もエンダープへは行かないと漁師が言う。
「エンダープはフォルトゥナの管理する島ってことでね。
許可の無い船が行っちまうと、罰せられるんでさぁ」
(エンダープで何が起こっている?)シドの不安は増すばかりだ。
「じゃぁ定期便で行くしか無いのかな」リラが尋ねる。
「定期便もフォルトゥナの管轄だ。関係者しか乗れないねぇ」漁師が言う。
「それに……」と漁師が声を顰める。
「定期便で帰ってくる人間が少なくてなぁ。こえぇこえぇ」
そう首を竦めて漁師は歩いて行った。
寅二郎たちが眉を顰める。
「大分ヤバい状況だな。エルドが心配だ」
「あそこに見えるのに、何だかとっても遠くに感じる」
「島に入る方法が必要だな」
三人が相談していると、
突然サマルクスが言った。
「どうやらここまでのようだな。ここから先は私の仕事だ。
ご苦労だった。君たちは帰ってくれていい」
「何だって?」
「どうしたの?サマルクスさん」
「どういう意味だ?」と、眉を顰める寅二郎。
その寅二郎を見据えるサマルクスの表情は、
どこか決意めいたものを感じさせた。
「どういう意味も何も。エンダープには何かある。
私は一人でも行かなければならない」
「なら、俺たちも行く」寅二郎が、サマルクスを睨みつける。
「それは何故?」サマルクスも一歩も引かない。
「エルドがいるんだよ。あそこにな」寅二郎は遠くに見えるエンダープを指差す。
二人はしばらく睨みあう。
場に緊張が走る。
リラの息を呑む音が聞こえた。
しばらく寅二郎を睨み続けたサマルクスだったが、不意に微笑んだ。
「分かった。こっちだ、ついてきて欲しい」
そう言ってサマルクスが歩き出した。
寅二郎たちが付いていくと、そこは港の外れにある倉庫だった。
サマルクスは難なく扉を開け、中へと入って行った。
シドは一瞬眉をひそめたが、付いて中へと入った。
中は暗いが、広いスペースがあることが感じられた。
サマルクスが明かりを点けた。
どうやらここは、船の修理工場らしい。
奥が岸壁の様になっており、一隻の船が浮かんでいる。
「あれでエンダープへと潜入する」サマルクスが言った。
「あれで?」「それはつまり密航するのか」リラやシドが声を上げる。
「引き返すならここが最後だ」サマルクスが寅二郎を見た。
「行くさ」寅二郎は、まっすぐサマルクスを見つめて言った。
サマルクスは微笑み、「夜には出航する」とだけ言い船へと歩いて行った。
船を動かす準備に動き回るサマルクス。手伝おうと声をかけたが「邪魔だ」と言われ三人はサマルクスの作業をずっと見ていることしか出来なかった。
そしてその夜、一隻の船が港を静かに出航するのだった。




