第十二話 英雄譚はつらいよ
ヴァルナと別れ、寅二郎たちは酒場へとやって来ていた。
エルフやドワーフ、獣人たちが入り混じり、
笑い声や怒鳴り声まで賑やかな声が響いている。
適当な席に着き、寅二郎たちが話し出した。
「何だか、やっと来れたって気がするぜ」
「そうね、何だかここ最近、いろいろあったしね」
「ああ、バタバタといろいろ続いたな」
席に酒や料理が運ばれ、寅二郎たちが杯を重ねる。
「ま、とりあえず乾杯、だな」
寅二郎たちが酒や料理に舌鼓を打つ中、ひとりの吟遊詩人が舞台の上に立った。背には古びたリュート、衣は旅塵にまみれ、けれどその瞳はどこか澄んでいた。
「――聞けよ、旅人たち。
今宵は遠き異界より来たりし五つの光の物語を」
リュートの弦が、やさしく鳴る。
酒場の空気に、音が溶けていくように徐々にざわめきが落ち着いていく。
「紅は炎、勇気の刃。
蒼は盾、静けき誓い。
金は知恵、空を裂く光。
黒は影、真実を覗く瞳。
白は祈り、死を癒す雪。」
次第にざわめきが収まり、皆の視線が吟遊詩人へと向かっていた。
リラがうっとりと聞き入り、寅二郎とシドが顔を見合わせる。
「この詩、これはもしや……」
「ああ、あいつらの、アンナたちの事だな」
小声で話し合う。
「五つの魂、光輪を成して天にかかる。
王国はそれを“奇跡”と呼び、
人々はそれを“希望”と呼んだ――」
寅二郎は自然とアンナたち《暁の翼》の事を思い出していた。聖母マリアたち聖ローマン教の“英雄召喚”で喚び出されたあの時。三魔将ベルゼにリ・エスティーゼ王国を急襲された時、必死の表情で戦う彼女たちの顔を思い浮かべ、酒を呷った。
詩人は最後の一節を歌い上げる。
「いまも彼女らは旅の果てにあり、夜の空に虹をかけるという。」
しばらくの静寂のあと、酒場に拍手が広がった。
リラやシドも拍手に交じり、寅二郎はそっと呟く。
「アンナたち、みんな頑張っているんだな」
吟遊詩人は舞台を降りると、そっと辺りを見回した。
シドやリラ、そして寅二郎に目を留めるとこちらへと歩いてきた。
拍手や歓声に囲まれながらも寅二郎の前に立ち、言った。
「相席させてもらっても?」
リラは感動しているらしくすぐに席を勧めた。
吟遊詩人は席に座ると言った。
「私は“リュート”と呼ばれています。各地を旅し詩を謳っています」
男はエルフのようで、
横に伸びた耳を触りながら背中のリュートを席に立てかけた。
「素晴らしい詩だった」
そう言ってシドが酒を勧める。
笑顔で「いただきます」と酒を呷ったリュートに寅二郎が言った。
「なぜ、ここに来た?」
「トラジロウ、それは私が」
リラが寅二郎の言い方に慌てる。
しかしシドは口を噤む。
(確かに。リュートはトラジロウを見つけてここへ歩いてきた……)
寅二郎の視線をまっすぐ見つめていたリュートだったが、
ふと、
「ふふ、そんな大層な理由では無いのですよ。言うなれば“直感”。
《光輪の乙女たち》と同じ“匂い”を感じた。といったところですよ」
そんなセリフと共に微笑んだ。
「同じ匂い、ねぇ。まぁいいや。詩は堪能させてもらったしな」
寅二郎はそう言って、リュートの杯に酒を注いだ。
「嬉しいセリフですね。いただきます」
そう言ってリュートは酒を呷った。
そして、杯を置くと言った。
「こんな商売をしているとね。いろいろな“匂い”を感じるのですよ。
海の匂い、山の匂い、草原をそよぐ風の匂い。出会う人々の匂い、
それに――“国の匂い”とかね」
「国の匂い?」「ほう、そんなことが」リラやシドは感心している。
「それで?この国はどうだ?」寅二郎が尋ねた。
「この国はいいですね。私自身の生まれ故郷ということもありますが、
“あそこ”と違って匂いが流れ続けていると言いますか」
「あそこ?」
「ああ、つい最近までヴァルニスに居たのですよ」
「へぇ、ヴァルニスに。それがなぜここに?」
「ヴァルニスの“匂い”が籠っている。
そんな感じがして出てきてしまったのです」
ふうんとリラは特別気に留めず、
他の国、旅の話を尋ね始めた。
寅二郎も何も言わず酒を呷っている。
しかし、シドは確信に近いものを感じていた。
(やはり、ヴァルニスには何かあるようだな)
「楽しい時間を過ごさせていただきました。ではまたどこかで」
そう言い、リュートは席を立つと酒場を出て行った。
「何か不思議な人だったね」リラは満足そうな笑顔。
「そうだな。詩も良かったしな」
寅二郎も感じるものが合った様で微笑んだ。
しかし、シドは一人何も言わずに思った。
(そろそろ、動き出す頃かもな。次はヴァルニス、だな)
酒場を出て空を見上げる。ここからでも見える“世界樹”。
いよいよその包まれるような“匂い”から旅立つ時が来ていた。




