第十一話 依頼探しはつらいよ③
今度こそはと腕を振り振り寅二郎が夕闇の街を歩く。
鼻歌交じりで歩く寅二郎、それを微笑みながら後を続くシドやリラ。
そんな三人は、ちょっとした住宅街へと入った。
「ちょっと、そこのアンタ。ほらアンタだよ」
寅二郎が見ると、門の前に大きな荷物の横でドワーフ老婆が立っていた。
「魔力も体力も尽きちまってね。この荷物、中へ運んどくれ」
「はあ?なんで俺が。……あ痛っ」
寅二郎は老婆に脛を蹴られていた。
「いいから運ぶんだよ。若いんだから、ホラ」
そう言うと老婆は門を開け、玄関ドアの鍵を開けに歩き出した。
渋々寅二郎が荷物を抱え、シドやリラが歩き出す。
背中の方で囁き声が聞こえる。
「ああ、今度はあいつらが捕まったか」
「“因業婆マーサ”は怖えからなぁ」
そんな声を聞きながらシドが庭を眺めると、
そこら中に家具や机などが積まれていた。
それなりの広さの庭だが、雑に積まれたそれらで、
まるで倉庫のような有様だった。
「さあ、中へ入った入った」扉を開けたマーサに三人が続いた。
家の中も庭同様、様々な家具でいっぱいだった。人一人が歩くのがやっと、といった狭くなった廊下を抜け、食堂のような部屋へと入った。
ここでいいよ、と言われた寅二郎が荷物を下ろし、
「じゃぁな婆さん。それじゃ俺たち……」と出ようとすると、
「待ちな、泊っていきな。荷物を運んでくれた礼だ」マーサが引き留めた。
「いやいや、俺たちこれから酒場で」
「何だい!私の礼が受け取れないのかい!」
あまりの剣幕で迫るマーサに、
渋々折れた寅二郎たちは結局、夕食を囲んでいた。
マーサの作った夕食はどれも豪快で大量に出てきたが、
皆、口には合った様で、
「おお、美味いな、この肉」
「ああ、酒にも合うな」
「野菜も新鮮でシャキシャキ」
と、三人とも笑顔で食事を楽しんでいた。
そしてグラスを空けると寅二郎が言った。
「婆さん、この家具とかどうにかしないのか?物は良いみたいだけど」
「ああ、せっかくの品がこの状態ではな」
「それにせっかくの広いおうちも、狭くなっちゃって」
三人のセリフに寂し気な表情を浮かべマーサが言った。
「いいんだよ。これらを売る気も、
処分する気も無い。して堪るかよってんだ。
いいからもっとお食べ。ほらほらまだまだあるよ」
はぐらかされた気もしたが、三人はそれ以上何も言わなかった。
三人は、「ごちそうさまでした」と笑顔で言った。
三人の言葉に満足気な笑みを浮かべるマーサ。
誰より平らげた皿を見ながら言った。
「じゃぁ片づけは頼んだよ。
“働かざる者、喰うべからず”ってね」
三人は絶句したが、体勢を立て直したリラが言った。
「そ、そうだね。美味しかったし当然。だよね、さ、やろ」
台所で食器を洗い、片付ける三人を背に、
マーサは鼻を鳴らしワインを呷っていた。
夜も深まり、部屋をあてがわれた三人は話し合っていた。
「何だよ、あの婆さん。とんでもねぇな」
「何か事情はありそうだが……」
「時折寂し気な顔をするよね」
“因業婆”と呼ばれているマーサに思うところはあったが、三人は床へと着いた。
――夜遅く、シドは何か不審な気配を感じ起き出していた。
そこへ、ガシャンとガラスが割れる音。寅二郎たちも飛び起きた。
「ちょっと!それは、それだけは止めとくれ!」
マーサの部屋から悲鳴が聞こえ、寅二郎が真っ先に走り出す。
三人がマーサの部屋へと入ると、窓が割られカーテンが揺れている。
その傍に突き飛ばされたのかマーサが額から血を流し倒れている。
リラが駆け寄るとマーサが叫ぶ。
「あれは、あの金庫は“あの人”の大事なものなんだ!」
マーサはリラの治癒魔法を払いのけ、寅二郎の足に縋りついた。
「取り返しておくれ、お願いだ!」
「待ってな、婆さん。行くぞ、シド!」
寅二郎は縋りつくマーサをリラに預け、走り出した。
寅二郎とシドは割られた窓を飛び越え、街へと消えていった。
泣き続けるマーサに治癒魔法をかけながらリラは言った。
「大丈夫だよ。二人に任せておけば」
そして、(おねがいよ。トラジロウ、シド)と、胸の中で祈るのであった。
一方、庭へと降り立ったシドが地面を指差し叫ぶ。
「見ろ、足跡が残っている。あの金庫とやら、やはり相当重いらしい」
「なら、追いつけそうだな。急ごう」
門を抜け左右を見る。
随分遠くだが、シドの眼にはしっかりと大きなものを抱えて走る二人の影が見えていた。
「繁華街の方だ!人込みに入られると面倒だ、急ぐぞ」
二人はまた走り出した。
金庫を抱えた二人組は息を切らせながらも走っていた。
「へへ、“因業婆”。やっぱりこんなの持っていやがったな」
「ああ、とっとと宿屋へ運んで中を見てやろう」
二人が繁華街の入り口辺りに入ったところで、足を引っかけ転んだ。
「痛ぇ」「何だ!」金庫を放り出し盛大に転んだ二人が振り向くと、
寅二郎とシドが立っていた。
「そいつは返してもらうぞ。そいつは婆さんの大事なもんらしくてな」
立ち上がる間も与えず、寅二郎は二人組を殴り蹴り飛ばしていた。
昏倒した二人組を抱え上げ、シドが警備隊の詰め所へと連行した。
金庫を抱え上げた寅二郎とシドが帰ると、玄関にマーサとリラが立っていた。
「おお、ありがとうよ。ありがとう」と涙を流すマーサと共に食堂へと入った。
「“あの人”はね、家具職人だったのさ。
腕はいいのに客を選ぶ偏屈爺でね。
たまにしか売らないから、家もこの有様さ。
そんな“あの人”が急にあの金庫を作り出したのさ」
三人はマーサの視線につられ、金庫を見ていた。
「『マーサ、こいつは俺とお前が生きた証だ。中に大事なもんを入れてくれ』
金庫が出来上がった時“あの人”はそう言った。
私には意味が分からなかったんだけどね」
マーサは昔を懐かしんでいるのか外を眺めた。
「ある時、“あの人”がぽっくり逝っちまってね。医者がポツリと言ったのさ。
『マーサ、あんたには言うなと言われていたんだけどね――』
“あの人”は不治の病だったんだ。病気ってのは魔法でも治らない。
自分の死期を悟ったのかねぇ、最後にあの金庫を作って、逝っちまった」
「!?」
三人は声も出せなかった。リラの頬に涙が伝う。
さてと、とマーサは立ち上がり、金庫の前に立つと金庫の扉を開いた。
中は、空だった。何も入ってはいなかった。
「本当に助かったよ」
そう言いながらマーサは次に無造作に食器棚の引き出しを開け、巾着袋を取り出した。そして、寅二郎に放り投げた。
どさり
受け取った寅二郎は随分な重みを感じ、袋を開けた。
中身に三人は眼を見開いた。
中にはどっさりと金貨が入っていた。
「これは!」三人がマーサを見ると、
「今回の“依頼”の報酬さ」とマーサは微笑んだ。
そこへ、二人のドワーフが走りこんできた。
「母さん、無事か!」「お義母さん、だから一緒に暮らそうって」
二人はマーサの息子夫婦らしい。
マーサは二人の心配そうな様子に戸惑っているようだ。
明け方、マーサと息子夫婦に見送られ三人は玄関に立っていた。
「婆さん、この家具売っちまいなよ」唐突に寅二郎が言った。
「何だい!私ぁ一切売る気は無いよ」マーサやシド、リラも眉を顰める。
「金庫の中身は“空”じゃ無かったろ?
周りをちゃんと見てみろよ」
マーサは庭を、家を見回し、そして息子夫婦の顔を見た。
心配そうにマーサを見つめる彼らを見ていると、マーサの頬に涙が伝った。
「本当にありがとうございました」
涙を流し続けるマーサと息子夫婦に見送られ、三人は歩き出した。
マーサたちの視線を感じながら歩く中、シドが言った。
「今回はどうした?らしくなかったんじゃないか?」
「へっ。今回はたんまりと“報酬”を頂いちまったからな」
「ふふ、そういう事にしときましょ」
三人は賑やかになり始めた街へと歩いていくのだった。




