第十話 研究馬鹿はつらいよ⑤
ブ――――っと、虫の羽音のような耳障りな音が辺りに響いた。
「何だ!」
寅二郎たちが周りを見回すと、
イェルクの作った“歩く炉”が小刻みに揺れている。
「そんな馬鹿な」とイェルクは“歩く炉”に近づくと、
「魔力を無理やり吸収しているのか!?」
と叫びコアの根元へと走り、コンソールを必死に叩きだす。
その姿をフジコは獲物を見つけた獣の笑みで見ていた。
(あれが帝国の欲しがっていた技術、その“核”ね!)
そのうち、“歩く炉”からバキと音がして本体に傷が入った。
そしてダンジョンの壁に、
ついにはダンジョンコアに亀裂が走る。
「ここをこうすれば止まるはずなんだ」
必死で入力し続けるイェルク。
その後ろ姿に寅二郎が叫ぶ。
「おい、イェルクヤバいぞ。逃げよう!」
しかし、イェルクが叫び返す。
「まだだ。ここで止めたら!
俺がここまで捨てたもんが全部無駄になる」
その瞬間、イェルクの頭上、天井部分が崩落した。
イェルクに迫る岩石に寅二郎たちが駆け寄る。
しかし、岩石が落下。
土煙が上がる。
「イェルク!」寅二郎が叫ぶ。
息を呑むシドやリラ。
土煙が収まると、
砕けた岩陰にイェルクと、
コンソールを抱えたフジコが立っていた。
「フジコ、何のつもりだ」シドが叫び身構える。
「私が欲しかったのは完成品じゃない。この“核”だけで十分」
ひらひらとコンソールを振るフジコ。
「イェルクを放せ!」と寅二郎たちがフジコたちに向け走り出す。
次の瞬間、また天井が崩落し巨大な岩がフジコやイェルクに迫る。迫る寅二郎たちに微笑みかけたフジコはイェルクを突き飛ばし、寅二郎にぶつけた。
「フジコ!」
寅二郎が叫びイェルクを受け止めると、フジコとの間に巨岩が落下。床が割れるほどの衝撃と盛大な土煙が上がった。
「ではコレは私がありがたく頂戴するわ。またいずれ、どこかでね」
と言うフジコの声と共に土煙が消えていく。
あちこちで崩落が続くダンジョン内にイェルクの呟きが聞こえる。
「あれが、完成さえすれば……」
「まだ言っているのか、イェルク。脱出するぞ!」
イェルクの袖を引く寅二郎。
しかし、それを跳ねのけイェルクが叫ぶ。
「まだ完成していないんだ!」
その叫びを聞いた途端、
崩落の事を忘れたかのような佇まいで、
寅二郎がイェルクを睨み言った。
「違う、イェルク。これはもう“失敗”だ」
イェルクは体を硬直させた。
「トラジロウ!」
シドが叫び、寅二郎は落ちてくる瓦礫をよけながらイェルクの肩を掴む。
「死んだら終わりだ。失敗は、生きてりゃ取り返せる」
寅二郎のまっすぐな視線を向けられていたイェルクの頬に涙が伝った。
そして、床にへたり込み大声で泣き出した。
寅二郎はその姿をずっと見ていた。ただ見ていた。
それでもダンジョンの崩落は止まらない。
「トラジロウ、まずいぞ。本格的に崩落が始まっている」
「ここって10階層もあるんでしょ?今からでも、もう……」
シドやリラが動揺し、寅二郎を見つめる。
「それでも、帰るしかないだろ?行くぞ!」
天井は次々崩落し、床にはひび割れが走る。
寅二郎がすすり泣くイェルクに近づこうとすると、イェルクが言った。
「待ってくれ」イェルクは鼻をすすり、
「帰るなら奥だ。
ダンジョンコアのこの部屋の奥に入口へ続く抜け道がある。
誰にも使わせんつもりだったがな」
(ダンジョンの“踏破報酬”か!)シドが一人納得した。
まだまだ続く崩落に、衝突音やひび割れる音が鳴り響いている。イェルクに伴われ寅二郎たちは奥へと歩き、大きな扉の前に立っていた。扉の前に大きな南京錠が転がっていた。
(フジコはここまで“知っていた”というのか)シドは驚愕する。
「ここは使うことは無い、と思っていたんだがな」
イェルクはフジコが外したと思われる南京錠を跨ぎ、扉を開いた。
ずっと続く階段の上の方に光が見える。
不思議とここは崩落が一つも無い。
「この通路は地脈から切り離されている」
イェルクは光を見上げ言った。
「なら、帰るか」寅二郎は皆に笑顔を向けた。
寅二郎たちは光の先、ダンジョンの上だろう叢に立っていた。最後に出てきたリラが振り返ると、光が消えた。リラが触れてみてもそこにはもう何もない。
丘の上に流れる風に吹かれ、イェルクはまた泣き始めたのだった。




