第十話 研究馬鹿はつらいよ④
不思議な谷を渡り切り、階段を降りる。
寅二郎たち三人は最深部、第10階層へと足を踏み入れた。
今までと同じような通路ながら今まで無かった“管”が何本も壁に走っていた。
「こりゃまた何なんだ?」寅二郎がまた不思議そうに声を上げた。
「地図によるとこのまままっすぐ行けばコアのある部屋だ。
この管もどうやらそこへ向かって伸びているようだな」
シドが地図を片手に方向を確認していた。
あちこち走る管を見上げながら三人が進むと、大きな部屋に出た。中央には管の行きつく先、ダンジョンコアが見え、その周りにドワーフ族の男と、ゴーレムのようなものが見えた。
灰色がかった茶髪は整えられておらずぼさぼさ。白衣も薄汚れて用をなしていない。その上せわしなく何事か作業しては、時折頭をかきむしる。そんなドワーフ、イェルクに寅二郎が声をかける。
しかし、聞こえていないのか返事すらしない。
そんなイェルクの肩を掴み寅二郎が言う。
「おいったら、あんたイェルクさんだろ?」
そこでようやく気づいたらしくイェルクが振り返った。
「な、何だお前ら。いつの間に」
魔力焼けした肌、片方だけに保護眼鏡。
そんなイェルクの眼はせわしなく寅二郎たちを観察し始めた。
すっと寅二郎の隣に立ち、シドが言った。
「失礼、私はシド、そして彼らはトラジロウにリラ。
実は、ボルカンさんの依頼で……」
ボルカンの名前に素早く反応し、イェルクが叫ぶ。
「帰ってくれ!俺はまだ研究中だ」
「研究中?イェルクさん、一体何を研究しているというのです?」
シドが問いイェルクが口を開いたところで、
後ろから声がかかった。
「あら、そのお話、私も興味あるわ」
皆が振り返ると、そこには帝国の女スパイ、フジコが立っていた。
「おまえ、フジコじゃないか!どうしてここに」シドが叫ぶ。
「おほぉやっぱりいつみても、もっこり美女。フジコ久しぶりだな」
「うふふ、また会えてうれしいわ。トラジロウ」
「おい、今回は何を企んでいる!」
「あら冷たいじゃない?シド。
あなた達に会いに来たって言うのに。
ってのは冗談よ」
フジコは微笑を浮かべながら近づいてくる。
「実を言うとね、今回はダンジョンの調査よ、調査。
ここのダンジョンに異変があるって噂があって、
帝国から真相を究明してくるように頼まれているの」
そこで遠慮がちにシドの袖を引きリラが尋ねた。
「ねぇあの女の人、誰?」
シドは腕を組み鼻を鳴らす。
「さっき、カルナードの話で出ただろう?」
「ああ、お宝を盗んでいったって言う」
そのセリフにフジコが反応した。
「あら、盗んだなんて人聞きの悪い。
あれは一人で鑑定に出していただけ。
ほら、分け前なら今渡せるわよ」
そう言い、腰に付けた巾着袋をジャラジャラと鳴らした。
「こういうことを真顔で言える女だ。油断ならん」
シドとリラは顔を見合わせ、警戒した。
「あら、新入りちゃんには嫌われちゃったかしら。おねぇさん、悲しいわ」
と、フジコはわざとらしく涙をぬぐう真似までして見せた。
そんなフジコに寅二郎が叫ぶ。
「金なんか要らねぇ!フジコ、もっこりで返しやがれ!」
そして、寅二郎はおなじみ“パン一空中平泳ぎ”でフジコに飛び掛かるも、
「そんなことより……」と身を躱され一人地面にダイブしていた。
「あなたがイェルクさんね?一体何を研究しているの?」
完全にフジコのペースだったが、寅二郎たちは何も言わなかった。
「それはな、こいつだ」とイェルクが隣を指差す。
隣には先程ゴーレムの様に見えた物体。しかしよく見ると四足で歩く机のようなフォルム。何やら自分でダンジョンコアから伸びる管を自分に接続しているように見える。
「こいつが地脈駆動型・自律構造体。通称“歩く炉”だ」
「自立構造体?」「歩く炉?」「なんだそりゃ?」皆から驚きの声が上がる。
「こいつはな、ダンジョンの地脈を動力に自律判断で採掘や精錬、建築まで行う巨大構造体、その試験機。こいつがあれば、ドワーフは危険な坑道に入らなくて済むようになるんだ」
「!?」フジコやシドが息を呑む。
「それって普通のゴーレムと何が違うんだ?」寅二郎が尋ねた。
「こいつの肝はな、エネルギーを効率よく、最適化して動く事なんだ。
無駄に馬鹿力で何でも壊しちまう“兵器”なんかじゃないんだよ」
そう言うとイェルクはダンジョンコアの根元辺りで何やら入力し始めた。
「まだまだ、俺が自ら調整してやらんと、いかんがね」
そんなイェルクの背中にフジコが言った。
「危険な作業を代わりにやってくれるなんてすばらしい道具ね」
そんなフジコの言葉にイェルクが答える。
「そうだろう?こいつが完成した暁には、皆が幸せになれるんだ」
一心不乱に何やら打ち込むイェルクに、
寅二郎は言い知れぬ不安を感じ言った。
「でもよ、何かこのダンジョン、変じゃねぇか?
異音つうのかそんなのが聞こえる」
次の瞬間、寅二郎の不安は一気に的中することになるのだった。




