第七話 継ぐ者はつらいよ④
金虎族の集落を見下ろす位置にある“虎穴”。
その陣の洞窟内にある闘技場。
長老たちや各部隊長たちの任命式等も行われる金虎族の神聖な場所。
そこにパトラと族長たちは立っていた。
金虎族だけでなく獣人族の未来の為、両者は譲れない所まで来てしまった。
「もう一度だけ問おう。
“血”が、“力”が無ければ我らに未来は無いと?」
パトラは金虎族の族長を見据え、問うた。
金虎族の族長は静かに、
しかしまっすぐにパトラを見返して答える。
「違う。“血”を継ぐからこそ“力”となる」
金虎族の長老が吼えるように言った。
「混血の女が、獣人族を名乗るな!人に似た姿で、我らの何が分かる!」
その背後、赤黒い炎を纏わせ、ぬらりと姿を現した影があった。
フードを脱いだ“顧問”の男。細長い肢体、歪んだ角、笑う口。
「獣とは……力だ。血だ。恐怖だ」
魔族だった。
場がざわめく。
だがパトラは一歩も退かなかった。
「……なるほど」
低く、静かな声だった。
「お前が“囁いた声”か」
長老が振り返る。
「何を――」
その瞬間だった。
パトラの足元に、白い紋様が走った。
それは虎の縞。皮膚の下から、光のように浮かび上がる。
「混血だから弱い?
人に近いから、獣でない?」
パトラが両手を握りしめる。
バキリッ!
骨が鳴った。
ぐしゃり、と肉が盛り上がり、腕が太くなる。
爪が伸び、空気を裂く音を立てた。
悲鳴が上がる前に、咆哮が場を震わせた。
「――吼えよ、白虎」
オオオオオオオ!
白い毛が一気に噴き出す。
背が跳ね上がり、骨格が組み替わる。
肩ひもが裂け、胸甲が砕け、落ちる。
人の顔は崩れ、
虎の顎が、牙が、剥き出しとなり光る。
それは獣だった。
だが、ただの獣ではない。
理性を宿した、白虎。
魔族が嗤う。
「ほう……それで?」
次の瞬間、魔族は“消えた”。
いや、噛み砕かれていた。
白虎が一歩踏み込んだだけで、地面が割れる。
跳躍。
牙が、魔族の胴を真横から噛み千切る。
血と闇が宙に舞う暇もない。
白虎はそのまま喉元へ食らいつき――
喰らった。
骨が砕け、断末魔が潰れる音が、闘技場に響いた。
静寂。
白虎は血を滴らせた口で、金虎族を見渡す。その瞳は冷え切っていた。
「これが、獣だ」
重い声が、空気を押し潰す。
「力で従わせるのが獣なら、私はそれを否定しない。
だが――」
白虎の尾が、地面を打った。
「囁きに踊り、同族を売るのは、獣以下だ」
族長は、白虎を見上げていた。そこにあったのは、恐怖ではない。
――安堵だった。
そして金虎族の族長が、膝をついた。
次々と、獣人たちが頭を垂れる。
白虎はゆっくりと息を吐く。
毛が引き、骨が軋み、再び人の形へ戻っていく。
そこに立っていたのは、
血に濡れた、
しかし一歩も揺らがぬ女だった。
「私は獣人族の代表、パトラだ」
その声に、逆らう者はいなかった。
静寂に包まれた闘技場に、寅二郎の声が響いた。
「パトラ!無事か!」汗だくで肩で息をしながらもパトラを見やった。
パトラはちょうど侍女にローブを羽織らさせていた所だったが、
寅二郎を見つけると背を向けた。
その瞬間、パトラの口から血が垂れた。
「!?」侍女たちが慌てて駆け寄るが、
「よい。久しぶりに暴れた“代償”よ。
何よりあの男、トラジロウには知られたくない」
パトラの命に従い、侍女たちはパトラに着替えさせると一歩下がった。
パトラは寅二郎へと振り返ると言った。
「それよりどうした?汗だくではないか」
「ああ、“顧問”ってのが魔族でな。
しかし、終わっていたみたいだな。パトラ、“大丈夫”か?」
「ああ、“大丈夫”さ。この通り、な」
微笑むパトラのそばで、侍女たちがぐっと歯を食いしばる。
パトラの様子にふっと息をつき寅二郎は安堵の表情を浮かべた。
「よかった。これで一件落着だな」
「さて、皆もそろったようだし、宴としようか」
パトラがそう言い、寅二郎たちと闘技場を出て行った。
しかし、族長はじめ金虎族の長老たちは皆、平伏したままであった。




