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異世界はつらいよ~転生勇者放浪記~  作者: 花京
第五章 亜人共和国ルゼリア編
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第六話 解放はつらいよ③

 ファルディーンに会うため世界樹の下へと降り立った寅二郎一行。


 そこはとても静かな場所だった。時折風に揺れる草の音と、自らの足が踏みしめる音しか聞こえない。その雰囲気に誰も口に出すことさえ忘れてただ歩いていた。


しかし、


「あちらがファルディーン卿です」


 案内してくれたエルフ兵はそう言い手を向けると、

「それでは」と言い残し帰って行った。


「あの人が」リラはその不思議な感覚に声を漏らし、

「圧とも違うこの雰囲気は……」シドもその感覚に戸惑っていた。


 深緑のとんがり帽子と法衣に身を包み、世界樹の下で胡坐をかいて座っている。横に伸びた耳。白く長い顎髭や髪はその胡坐にまで伸び広がっている。鋭いその視線は、三人がその前に立つまでずっと寅二郎の手を見続けている。


「あんたがファルディーン卿だね?

 俺は寅二郎。実はお願いがあって……」


「おい、失礼だぞ」寅二郎の物言いに慌てるシドとリラ、

 それらを無視するようにファルディーンは言った。


「その手は、……解放を望むのかね?」


 いきなりのファルディーンの問いに寅二郎が口を閉じた。


「今のままでも“勇者”として力を振るえる。

 ……それでも、解放を望むのかね」


 寅二郎は開閉させた自分の手を見ながら考え込んでいた。


「俺は……」


 そう言ったきり黙り込む。誰も何も言わず、ただ風の流れる音が聞こえる。


そして、


「分からねぇ」と寅二郎がポツリと言った。


「分からぬ、と?」ファルディーンの瞳が寅二郎の瞳を見据える。


「“勇者の在り方”?そういうのはまだ分からねぇ。だけど――」


 寅二郎がファルディーンの瞳をまっすぐ見返す。


「だけど、俺は目に映る奴らを“守りたい”。

 そのためには、この手が、必要なんだ」


 拳を強く握りしめ、血の滴るままにファルディーンに向けた。


 そしてまた睨みあう二人。


 風が草花を揺らす音がしばらく鳴り、


「では、世界樹に触れてみよ」ファルディーンが言った。


 寅二郎は言われるままに世界樹へと近づき、その幹に触れた。


 そっと目を閉じる。


 何かが流れている。自分だけでなく周りの全てが。

 上か下かもわからない感覚に陥る。

 それでも流れの中にいることが感じられた。


しかし、


 その流れが避けている。

 いや停まっている部分がある。

 それは両手だった。


 初めてこちらの世界でスライムと対峙したとき。数々の魔物や魔族と戦った瞬間。魔弾銃を放ち光の柱が貫いたこと、ベルゼと斬りあったあの時。それらが頭を駆け巡った。


 それだけでは無かった。マリアやアンナ、シドにリラ。こちらの世界で知り合った人々。それらの顔が浮かび、最後には前世のあの瞬間、走ってくるトラックから突き飛ばした女性の顔が浮かび――(俺は!)


「トラジロウ!」シドの声で目を開いた寅二郎。


見ると、寅二郎のその両手は傷だらけのままだ。


しかし、分かった。空間魔法、《キープ》が解けていることが。


「保存されたものが解けても、保存された“事実”までは消えん」


 ファルディーンは静かに言った。

 しかし、その顔は少し、目元だけだが笑って見えた。


 シドはその手を見て、息を呑んだ。

 治っていない――そう理解した瞬間、胸の奥が冷えた。


(代償、か……)


 解放された。それだけで十分だと、頭では分かっている。

 それでも、その傷が“戻らないもの”であることを悟ってしまった。


 そして、リラは一歩、寅二郎に近づきかけて、止まった。

 触れてはいけないものを見ている気がした。


 治った、と言えなかった。

 代わりに、唇を強く噛みしめる。


 そんな二人の姿を見つめ、寅二郎を見つめ直してファルディーンが言った。


「その痕が疼く時、君は“守る理由”を選ばねばならんだろう」


そして、皆、自然と世界樹を見上げていたのだった。

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