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異世界はつらいよ~転生勇者放浪記~  作者: 花京
第五章 亜人共和国ルゼリア編
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第五話 モテる男はつらいよ④

 その夜、

 シドとリラには明日の決闘に備えて部屋をあてがわれた。

 お互い何も言えず部屋へと入ったが、

 ベッドに腰を下ろすと、リラが言った。


「トラジロウって勇者だったんだね」

「ああ、黙っていて済まない」


 再び沈黙が降りた。そしてまたリラが言った。


「あのトラジロウが勇者?信じられない。

 だってあのデリカシーゼロのもっこり男だよ」


 リラが元気づけようとしてくれているのを感じてシドが返した。


「ああ、ステータスも“0”で追放されたらしい、フフ」


 そうしてようやく二人に笑顔が戻った。


「でも、あの男が、トラジロウがいないと私も寂しい」


 不意に出たリラの本音にシドは歯を食いしばる。

 そしてようやくの態で言葉をひねり出した。


「ああ、明日は勝つさ。絶対に」


 そうして二人は眠れぬ夜を過ごすのだった。


一方、闘技場地下にある牢獄では、

 いまだ縛られたままの寅二郎が転がっていた。


「勇者の力、種族の未来、か」


 珍しく何事か深く考え込む様子で時折もぞもぞ動いていた。


翌日。


 いよいよ、決闘の幕が切って落とされようとしていた。


 観客席では獣人たちが騒めき、舞台の中央にはシドとパトラが立っていた。


 すでにその身に青白い炎を纏い、金の錫杖を突いたパトラが言った。


「決着は降参するか、動けなくなるまで。

 仮に死んでも文句無し。それでいいな?」


「ああ、それで構わない」シドが短剣を抜き構える。


「それではこのコインが地に着いた時を始まりの合図としよう」


 そう言うとパトラは持っていたコインを指で空へと弾いた。

 コインはくるくると回転しながら舞い上がり、そして、


チィン


 と音を立て地面に落ちた。


 瞬間、シドは動いたつもりだった。

 しかし、動けなかった。

「この圧、気迫だけでこれほどか!」シドがパトラを睨む。

 まるで壁に塗り込められたかのような感覚に陥るほど、

 シドは動くことが出来なかった。


「どうした?動かぬならこちらから行くぞ」


 青白い炎を錫杖にまで纏わせたパトラはシドへと突く姿勢をとった。

 ゴキゴキと筋肉が鳴り、ピキっと床が割れた音がしたときには、

 パトラがシドを突いていた。


「ぐえ」と脂汗を垂らしたシドが蹲る。

 そこへ錫杖を振り上げたパトラが言った。


「降参せぬか?」


 床に這いつくばり、それでもパトラを見上げてシドが言った。


「それでもトラジロウは私たちに必要なんだ」


「そうか、お前の覚悟は認めよう」


 そう言うとパトラは錫杖を振り下ろした。


「シドーーーー!」舞台下で見ていたリラが絶叫した。


キィンと床が鳴る。


 しかしパトラの振り下ろした錫杖の先にシドはいなかった。


 パトラが顔を上げると、


「へへ、悪いな」


 そう言い、シドを抱えた寅二郎が立っていた。

 そこへ、兵士が走りこんできた。


「女王様、牢獄を、魔鉱石製の檻を捻じ曲げトラジロウが脱走を――」


「トラジロウ!」とリラが叫び、会場も雄叫びに包まれた。


「どういうことだ!」

「なぜあの男がここにいる」

 様々な声が飛び交う。しかし、


「静まれ!」パトラの一喝で一気に場が凍り付く。


「いろいろ考えてはみたけどよ。

 未来を背負うなら、ちゃんと選びてぇんだよ」


 そう言い、寅二郎は走り出す。


「だから、今の俺は、逃げるしかねぇ」


 リラの手を取り、逃げ出した。


「ふざけるな!」

「者共逃がすな!」

 怒号が響く中、侍従がパトラに問う。


「追いますか?」


「よい、捨ておけ」


 パトラは逃げる寅二郎の背中を見ていた。

(魔鉱石の檻を捻じ曲げ、その上私の圧の中あれだけ動く)

 もう見えなくなった背中を見続けてパトラが言った。


「あれだけの男、今度は本当に手に入れたいものよ」


 所々に続く血の跡を見ながら、

 パトラの笑顔は清々しくもあった。



一方、寅二郎は肩に担いだシドに、

「もういい、ここで下ろせって。早く」

 と頭を殴られていた。


「いっ痛ぇ」と頭を抱える寅二郎の手は血だらけだ。

 息をのむ二人に寅二郎が言った。

「ああ、牢屋出るときにちょっと、な」

「もう、また無茶して」と回復魔法を唱えるリラ。

「本当に良かったのか?」シドが尋ねた。


「ああ、今はまだ魔王退治が最優先。だろ?」


 ほっと息をつく二人になおも寅二郎が言った。


「魔王を退治して、

 マリアちゃんともっこり。

 これは外せないもんな」


「あーあ」「またこの男は」「何だよ!いいだろ!」

 いつもの三人のありふれた会話に安心するシド。


(“今はまだ魔王討伐が最優先”。そうだな)


 シドは今のままがいいなと思い、寅二郎は、


(“勇者”の在り方なんて、やっぱりまだ俺にはわかんねぇな)


 と自らの在り方に問いを重ねるのだった。


閑話:白虎の夜


 闘技場が静まり返った深夜。

 パトラは一人、王城の回廊に立っていた。


 月光に照らされた床石には、まだ乾ききらぬ血の跡が残っている。


「……強すぎる男は、面倒だ」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


 背後に気配があり、侍従長が一歩下がって頭を垂れた。


「女王様。金虎族の長老会より、再度の要請が」

「またか」


 吐息ひとつで、炎がわずかに揺らぐ。


「“白虎族の血が薄れる”“外の血を入れよ”……。

 焦る者ほど、声が大きいものだ」


 侍従長は言葉を選びながら続けた。

「一部の若い戦士たちが、独断で動いているとの報告も」


 パトラは一瞬だけ目を閉じた。


(反乱、か)


 それは裏切りではない。

 恐怖だ。

 老いと衰え、そして未来を失うことへの。


「力がある者ほど、選ばれたがる」

 ふと、あの男の顔が脳裏をよぎる。


 ――未来を背負うなら、ちゃんと選びてぇ。


「……まったく」


 小さく笑う。


「選ばれることから逃げる勇者など、聞いたことがない」


 だが同時に、胸の奥がわずかに軽くなるのを感じた。


「金虎族には、私が向かう。

 血を繋ぐ話は――しばらく凍結だ」


「よろしいのですか?」

「構わぬ」


 パトラは夜空を見上げた。


「あの男は、奪って得るものではない。

 欲しいなら……同じ場所まで登るしかあるまい」


 青白い炎が、静かに消える。


 白虎の女王は、その夜もまた、

 誰にも選ばれず、誰も選ばせず、

 ただ未来を選び続けていた。

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