~第705夜~「箱の中の世界(その5)」
「さて、行こうか」と、もらったばかりの記念品を自分のプライベートボックスにしまってから、プリオが言いました。
この時代、物の出し入れは簡単に行えます。
別の次元に自分専用の領域を誰もが持っていて、手に入れた物はその領域にしまっておけるのです。
空中に扉やドアを呼び出し、それを開けて物を中に入れるだけ。
もちろん、それらは全て電子情報に過ぎません。
この世界に存在するあらゆる物質…当然ながら、動物や人も、単なるデータに過ぎないのです。
ただし、住んでいる人たちはそうは思ってはいません。現実の世界と同じように、手で触れ、風を感じ、味わうことができるのですから。
それは“進化”と呼んでも構わないでしょう。
人が電子の情報に変わり、感情や記憶さえも膨大なデータと計算にもとづいて維持されている世界。
いわば“精神生命体”の一種。人は、肉体を捨て精神だけの存在へと進化したのです。
「行くって、次はどこに?」
ポステリがたずねます。
「そうだなぁ…世界中、旅してみよう。みんなが作った遺跡やら建造物やらを見に」
「またバスを使って?」
「バスも使うし、飛行機も使う。自動車だって、船だって」
こうして、プリオとポステリは、さらに旅を続けます。
世界中に人類が生み出した街や建物や文明が存在していて、それらを見学して回ろうというのです。
もちろん、望めば一瞬にして目的地に到着しますが、それでは意味はありません。
2人は“楽がしたい”わけではなく、“苦労したい”のですから。
なので、近くの街までの地図を手に入れては、バスや電車や自動車を生み出して、わざわざそれらに乗って移動しました。
時には、飛行機に乗るために巨大な飛行場まで作り出して。
なんだか、逆説的な生き方ですね。
だって、人類は「楽をしよう!楽をしよう!」と文明を発展させてきたわけですから。
なのに、わざわざ苦労するために、古代の乗り物をデータベースで調べては作り出すだなんて。
ちょっとおかしなお話です。
*
プリオとポステリの2人は、世界中を旅して回りました。
たとえば、ニューヨークの自由の女神だとか、バルセロナのサグラダ・ファミリアだとか。京都の神社仏閣を巡って歩いたこともありますし、南国でスキューバダイビングに興じたこともあります。
電子世界には、かつて現実に存在していた遺跡や建物の多くが、そのまんま再現されていました。
それらに加えて、住民たちが新たに作り出した建造物も。そのほとんどの創造主は、すでにこの世界には存在していません。生きるコトに飽きて、みずから消滅を選んだからです。
それでも、彼らの創り出した建築や芸術品やエンターテインメント作品は、いまだ残り続けています。
時に、2人は苦労するために、自分たちで作物を育ててみました。
麦やお米や野菜の種を地面にまいたり、苗を植えたり。肥料をまき、水をやり、雑草を抜き、害虫を駆除し。
そうやって、育てた作物を収穫し、ご飯を炊いたり、小麦粉を引いてパンを焼いたり。そうそう、ソバの実を育てて、ソバを打って食べたこともあります。
もちろん、彼らは電子生命体ですので、必ずしも食事をする必要はありません。
ただ、“味わう”ためだけに。それも、苦労して作物を育て、料理をし、味わうためだけに、そうしているのです。
生きる意味を求めて…
「どう?少しは“生きる”って何かわかってきた?」と、ポステリがたずねます。
「そうだね。ちょっとは退屈がまぎれたかも。ウン…あえて苦労するって、悪くないかも?」
「そうね。私も、そう思う。それに、物事の仕組みがわかってきた気がする。今の私たちの生活も、昔の人たちがこんな風に苦労して成り立たせてきたのね」
プリオとポステリの生き方は、少しずつ世界へと浸透していきました。
“あえて苦労してみる”
その生き方は、何もかもが瞬時にかなってしまう世界で、人々に生きる希望と意味を与えていきます。
電子の世界に自動車や飛行機や新幹線が復活し、交通網が整備されていきました。
今や“旅”は、この世界の住民たちにとって、かけがえのない趣味の1つとなっています。
電車に揺られながらゆっくりと思索し、訪れた土地の思い出にひたる。
そうやって、人々は退屈をまぎらわせ、同時に思考レベルを上げていくのでした。
あえて、紙と絵の具を使って絵を描いている人がいます。
陶器に色づけをし、窯で焼いている人もいます。
手編みのマフラーやセーターをプレゼントしている人もいれば、自作のドローンを空き地で飛ばして遊んでいる人も。
これまで人類が築いてきた様々な文化を融合させ、アナログとデジタルが手を取り合ってダンスを踊り、古くて新しい文化が次々と生まれていきました。
もちろん、この世界自体はデジタルで作られています。それでも、デジタル世界の中にアナログの文化を取り入れることで、うまくバランスが取れるようになったのです。
さて、この続きは、また明日の夜に語るといたしましょう。




